第4話 残された者

 ロバートの目には、月は眩しすぎた。二つも見えるせいだ。


地面に倒れたせいだろうか。耳に足音が伝わってくる。きっと遠ざかっていく足音はアレキサンダーのはずだ。子供の頃、何もない広いだけの庭を、二人で走り回っていた。いたずらをしては、逃げ回っていた頃が懐かしい。


「どうしてお前達は逃げ足だけは速いんだ」

大人達によく説教された。彼らも手を焼くくらいだったのだ。きっとアレキサンダーは逃げ切ってくれる。伯爵の手先などに、アレキサンダーが捕まることはないだろう。もし捕まったら、それこそ殴ってやる。


 先ほどのアレキサンダーと同じことを考えた自分に、ロバートは笑った。可笑しかった。口の中は鉄と土の味がした。


 どうせもう、そんな日は来ないのだ。


 月が二つ見える。三つかもしれない。頭を強く打ちすぎたらそうなると教えられていた。アレキサンダーを抱えていたとはいえ、着地に失敗したのが情けない。師匠に知られたら、呆れられるに決まっている。だが、ロバートが死んだら、師匠は一族をどうするつもりなのだろうか。あらかじめ、相談しておくべきだった。あの子達はまだ小さいのだ。

 

 アレキサンダーのものではありえない騒々しい足音がして、無理やり引きずり起こされた。見知らぬ男が何か喚いている。耳がぼんやりして何を言っているかわからない。


 死ぬのだろうなと思った。殺されるのだ。痛いのは嫌だが、もうどうしようもない。


 死んだら、母の墓の隣に葬って欲しい。あの屋敷の墓地がいい。だが、今の季節、昼間は暖かい。死体はすぐに痛んでしまうだろう。わざわざあの田舎の王領まで運んでくれるだろうか。この死体が無理なら、髪の毛や爪だけでもいい。母と同じ墓で休みたい。一族を守る、アレキサンダーを守ると言う役目を途中で降りた自分を、先代の長でもある母は許してくれるだろうか。それでも、同じ墓地がいい。隣は空けておいてくれるように頼んでおいた。屋敷に住む彼らは、約束を守ってくれているだろうか。


 喚く男の顔がゆがんだ。不思議なもので、何もかもが二重に見えるのに、表情はわかる。ロバートが聞き取れていないことなどわかっていないのだろう。お目出度いことだ。こんなお目出度い男達の手にかかって果てるなど、本当に不本意だ。だが、人は自分の死に方など選べない。痛いのは嫌だけれども。


 伯父と母は死ぬとき何を考えていたのだろう。


 喚く男の声が耳元で聞こえる。遠くかもしれない。煩い。聞き取れないだけに騒音でしかない。ロバートは目を閉じた。男たちが必死になっているということは、アレキサンダーは捕まってはいない。せいぜい喚くがいい。お前達の負けだ。カイラー伯爵家も終わりだ。


 できれば、影達が証拠を掴んでいてくれて、カイラー伯爵家に唆されていた貴族達を一網打尽にできるといい。彼らは仕事を果たせたのだろうか。本来、仕事の成果を確認すべき立場だが、もうそれを知ることができないと思うと残念だ。

 

 アレキサンダーは、私を、母の墓の隣に葬ってくれるだろうか。母はお役目の途中で命を終えた自分を、受け入れてくれるだろうか。あんなに眩しかった月が、霞んで、何もかもが白い霧に包まれ始めていた。

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