第6話 遺った者の来訪

 墓参りをさせてほしい。そういって、男に伴われた少年がやってきたのは、一人息子のジャックが死んだという知らせをうけとって一週間か十日を過ぎたころだった。


 息子は、奉公先の屋敷で、他の小姓たちと一緒に毒殺された。毒の影響があるかもしれないから死体には触れてはいけない。そう告げられた棺には厳重に釘が打たれていた。顔を見て、最期の別れをすることすらできなかった。


 あの日以来、妻は臥せってしまった。

 

 身なりの良い、背の高い少年だった。断りたかったが、必死なまなざしに渋々案内した。村の教会の墓地にある、まだ新しい墓の墓標を見て、それをなぞった少年はその場に膝をついた。その頬に、涙が伝った。

「どうして、ちゃんと、吐かせたのに、一番近くにいたから、ジャック、君だけは吐かせたのに。今度休みに帰るっていってたのに」


 吐かせた。近くにいた。少年の言葉が耳にひっかかった。

「納得したか。もういいだろう。帰るぞ」

付き添いの男に促され、涙を拭った少年は、ふらつきながらも立ち上がった。

「ご子息のことは、ご愁傷さまでした。お見苦しいところを、お見せして申し訳ありません。ありがとうございました」

涙をこらえて、こちらを見る少年と目があった。顔色が悪い。血の気がない。おかしいとおもった。


 屋敷からこの村は大した距離ではない。元気な盛りの少年がふらつくほど消耗するわけがない。毒殺された息子の近くにいたならば、この子はどうだったのだ。


「いや、せっかくだから、何もありませんが、家で休憩なさってからお帰りになってはいかがでしょうか。お疲れでしょうし」

「いえ」

「ありがたい。休憩させてもらおう」

遠慮しようとした少年を遮り、男はそういって、少年を伴い、ついてきた。


 臥せっていた妻に、来客を告げると、身づくろいをして出てきた。おそらく息子の最期を知るらしい人物だといわれたら、気になるだろう。


 出せるものといっても何もない。飼っている山羊の乳くらいだ。


「何もなくて、申し訳ないのですが」

そういって卓の上に絞ったばかりの山羊の乳をいれた椀を置いた。少年は見つめるばかりで手を出さなかった。


「ありがたい。懐かしいな。俺の生まれた家も山羊がいた」

男のほうは、嬉しそうにそういうと、飲み干した。

「うまいぞ。飲んでみろ」

促された少年は、ゆっくりと椀を手に取ると一口飲んだ。付き添いの男は少年の様子を真剣な目で見ていた。


「な、うまいだろ」

ゆっくりとうなずくと、少年はそれを飲み干した。男が安心したかのように、大きく息をついた。

「ありがとうございました」

礼をいった少年の口に、山羊の乳がついている。

「あらあら。口元についているわ」

妻はおかしそうに笑うと、それをエプロンの端で拭いてやった。

「すみません」

「いいえ」

妻が笑うのは、あの日以来だ。


「あなたは、ジャックのお母様ですか」

「お母様なんて。そんな大したものではないけれど、母親よ」

妻の言葉に、少年が跪いた。

「申し訳ありません。あの日、私は、隣にいたのに、ジャックを助けられなかった」

「お前のせいじゃない」

妻が何か言う前に、男が言った。

「でも、もっと早くに気づいたら、みんなを止められました。ジャックは隣にいました。ちゃんと、教わった通り、吐かせたのに、それなのに」

男の言葉に少年は叫んだ。


「お前のせいじゃない。子供のお前に何ができる。うぬぼれるな。お前だって危なかったろうが。気づいて、周囲に知らせた、大人にも知らせた。隣にいたものが助かるように最善を尽くした。責められるべきは、毒を盛ったやつだ。お前じゃない」


 男が少年の肩をつかみ引きずるようにして無理やり立たせた。

「ジャックは、本当はあの日、休みでした。予定通りの休暇をとっていたら、いないはずでした。私のせい」

「お前のせいじゃない。お前の母親の葬式だろうが。そんなもの、だれにもどうしようもない。偶然だ、お前のせいじゃない。自分を責めるな」

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