第4話 鏡の中の自分

「アレックス、お目覚めでしょうか」

翌朝、いつもと変わらぬロバートに起こされた。

「あぁ」


 アレキサンダーは、昨日のことを思い出した。謝らなければと思ったが、これまで通りのロバートに拍子抜けした。

「御着替えはこちらに用意してございます」

一礼すると、ロバートは出て行った。普段と何ら変わらなかった。


 アリアが死んだのは夢だったのかと思いたくなるくらい、ロバートはいつも通りだった。


 謝りそびれてしまった。


 アレキサンダーは己の不甲斐なさ、意志の弱さ、昨夜決意したことすら実行できなかったことをひたすらに反省していた。ロバートが用意した服に袖を通しながら、鏡の中の自分をアレキサンダーは見た。鏡の中のアレキサンダーも、いつもと変わりなかった。アリアが死んだ悲しさも、ロバートを詰ってしまった後悔も、謝罪しそびれた罰の悪さも、鏡に映ってはいなかった。いつも通りの顔をして、服を着ているだけだ。唯一違うのは、髪の毛を結ぶリボンが喪を表す黒であることだろうか。


 ロバートも黒いリボンで髪を結わえていた。


 いつも通りの朝のようだが、アリアが死んだのは事実なのだ。

「大丈夫だ。アリア。あとでちゃんとロバートには、謝る」

誰も聞いていないことを承知で、アレキサンダーは鏡に向かってしゃべった。小さなころ、ロバートと沢山喧嘩をした。いたずらもした。そのたびにアリアに言われた。


「ごめんなさいと、ありがとうは、とても大切な言葉ですよ。謝るときはきちんと謝りましょうね。お礼も言わなければ相手に伝わりませんよ」


 大人になっても忘れてはいけませんと、アリアは繰り返し言った。

「大丈夫だ。ちゃんと謝る。ロバートが許してくれるかはわからない。でも、悪かったのは私だ。お茶の時間に謝るよ」

 

 どこにもいないアリアにアレキサンダーは言った。多分、いつもどおり微笑んでくれたと思う。アリアは優しい。優しいアリアは、アレキサンダーとロバートの仲たがいなど望まない。優しいアリアも、ロバートも、アレキサンダーは大好きだ。家族でないことは分かっている。だが、家族同様の大切な人たちだ。

「酷いことを言った私が悪かった。だから、ちゃんとロバートに謝る」


 だが、結局、アレキサンダーは謝罪する機会を失うことになった。

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