22 とわずがたりと夢1
「千佐様はもう一人兄上がいたんですよ」
「へえ」
「もう亡くなりましたがね。小さい頃はその上の兄上に大変なついておられましてね。英心様は誰よりも千佐様を溺愛してたんですが、千佐様は上の兄上が大好きだから、完全に片想いみたいになってておもしろかったんですよ」
それをおもしろがるのは、気の毒な気がする。
「でも上の兄上は千佐様より弟の英心様のことを気にかけるから、ここでもすれ違ってて余計に千佐様に煙たがられてて、中々気の毒でしたね」
完全に笑いながら言ってる。
「……まあ、もう亡くなったんですがね」
「そうか……」
「この話は聞き流してもらっていいんですが」
清六が静かに話し出した。
千佐様の兄上が亡くなったとき、私は直前までそこにいたんですよ。
あのとき早川家を襲ったのは化け物、クリフ様が言うところの魔物だと思うんです。
夜、それが現れて、私には正体がよく見えなかったんですが、二人やられたところで奥様とお子様を逃がして助けを呼びに行くことになったんです。
奥様は家の者と一緒にすぐにお逃げになったんですが、嫡男の
しかし、まだ12才の少年です。対抗しようなどと思わず逃げて欲しかったんです。あまりに強くおっしゃるので、二人の兄上
恐らくは、途中で逃がすおつもりだったんでしょう。
私は、急いで村中を駆け回って郎党に声をかけました。最初に私の兄に声をかけて、手分けして郎党全員に助けを呼ぶと、急いで屋敷に戻りました。
屋敷の中は物音一つしませんでした。栄達様と竜丸様の他、数人が残っていたはずなんですが、人の気配が一切なかったのです。
屋敷を
信じられなくて、その部屋を出て他の部屋を急いで見て回ったんですが、誰の姿も見つかりませんでした。
床板を外したり天井も見たりしたんですが、どこにも人の姿がないんです。端から見れば、私の行動は相当おかしかったんでしょう。後から来た兄に羽交い締めされて止められました。
私が見た血溜まりと目玉の話をしたんですが、そんなものはなかったと言うのです。もう一度その部屋に戻ったときには、確かにそこにはわずかな血痕しか残っていませんでした。
集まった郎党は山かどこかに避難したのだろうと結論付けて、山を捜索することにしました。しかし、栄達様竜丸様他屋敷にいた数人、誰も見つけることができませんでした。それ以来、行方知れずになってしまったのです。
私は、
私は、あなたがわざわざどこかからこちらへお渡りになって、魔物退治しに来てくれたことが嬉しいのですよ。
暗い話ですいません。もう、寝ます。
クリフォードは夢を見ていた。早川家の景色だが、庭木の感じが違うのでクリフォードの知らない時代の早川家の様子だ。
これは誰かの夢かもしれない。思っていると、背後から勢いよく誰かの足音が聞こえてくる。
「清六!」
呼び掛けられて、これは清六の夢だとわかった。振り替えると、弓を片手に持った少年が立っている。少年は、何となく千佐や早川に似ていた。
「ちょっと来て! 俺、すげえうまくなったから」
少年は腕をとって引っ張っていく。的場につくと、
「見てて!」
と言って、弓を射だした。少年は何発も的確に射抜いていく。
「どうや!」
満面の笑みで得意気に発するのに応えて、手を叩く。
「上達されましたな」
「おうよ! 今度こそ叔母上、ぜってー泣かす!」
剣呑な発言に思わず吹き出す。少年
「泣かすとは穏やかじゃないなぁ」
「父上!」
苦笑しながらやって来たのは、竜丸の父、
栄達の身長はクリフォードより少し低いくらいで、この国の人の平均よりは大きめであった。今は、清六の視点で見ているので彼を見上げることになる。
「叔父上っていつ帰ってくんの?全然会ってないんだけど」
「わからんなあ。そもそもどこに居るかもわからん」
問われて栄達は顎を撫でる。
「俺、叔母上より叔父上の方に会いたいんだけどなー。寺が焼けたんなら、家に帰ってくれば良いのに」
竜丸の発言に、栄達と清六は顔を見合わせる。
大人達は寺が焼けた事情を正確に知っていた。竜丸は単なる火事だと思っているが、実際は焼き討ちにあったのだった。
兵糧攻めされた城を援助していたために、敵方の兵士に火を放たれ攻撃されたのである。
僧兵から、僧侶、稚児に至るまで皆殺しにされたと聞いていた。
その中を無事に逃げおおせたと便りがあって、早川家の面々は大いに安堵したのだった。
「帰ってくるかと思ったんだがなあ」
英心はその後、山伏に転身した。身を隠すためかと思っていれば、そのまま修験の道に進んだらしい。
拠点としている山はわかっているが、修行のためか各地の山をうろついていて中々捕まらない。
こちらからの便りも渡しづらい状況である。
「叔父上にも見て欲しいなあ」
竜丸の言葉に清六は目を細めて見る。竜丸の元服まで数年、その頃には立派な武者に成長しているだろう。
清六はその姿を見ることを心から待ち望んでいたのだった。
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