16 これから一揆の予定です2
「クリフ様はこうやって顔を隠して着物もこちらのものを着てると、ぱっと名を聞かれたときに本名を名乗るとおかしく思われないですかね」
歩きながら清六に偽名を提案される。
日避け布を被って更に笠を目深に被っているので、髪も目も隠れている状態である。
千佐も布つきの笠を被っていた。こちらの女性は旅に出るときは顔を隠すものらしい。薄い布なので、千佐の視界は遮られてない。
「こちら風の名前を名乗るのか」
そう言われても、すぐには思い付かない。
「元の名前に近い方が、違和感なく名乗れますよね」
清六は懐から紙と小さな筆を取り出す。筆を入れていた筒には墨が入っていたらしく、どこでも書けるようになっている。
進化した筆記具だ!とクリフォードは感動する。
「遠いところからいらっしゃってるから、
千佐が提案し、清六が書き留める。クリフォードはその字の意味や読み方を教えてもらう。
知的好奇心が刺激され、さらに変身願望を満たすような不思議な気分を感じて、少し楽しくなってくる。
「九里、ふ……ふ?」
「ふと読める漢字はこんなもんですかね」
千佐が思い付かないでいる間に清六が二、布、不、付、歩、夫、といくつか書き連ねていく。
「どれか気に入ったものあります?」
「じゃあ、これ」
クリフォードはなんとなくで布の字を指差す。
「
「こちらの名前として不自然さはない?」
「……九里と言う名字なら聞いたことはありますが」
多少、不自然さは残るらしい。
「でも今さらクリ様とは呼びにくいです」
「もう少し考えましょう」
千佐の要望を受けてさらに続けて考えることになった。
「クリフ様はガウェインと名乗ることもあるんですよね。ここから考えていきましょうか」
千佐の叔父達に自分の名前を書いて見せたときに紙と筆を用意してくれたのが清六だったので、覚えていたらしい。
「ガウェインとはすごく私たちには呼びづらい発音なんでもっと単純化させてください」
清六は紙にひらがなで「がえん」「がいん」と書く。
「が……あまり思い付かないですね」
画、我、賀、雅と書き連ねる。なんだかどれも難しく感じる。
「えん、こっちの方が出てきやすいですね」
円、縁、炎、園、苑、煙、演、遠、と並べていく。それぞれ意味を教えてもらって、とりあえず選んでみる。
「どうでしょうか」
「これ人の名前に見える?」
「……まあ、変わった名字はいくらでもありますし」
結局よくわからないままに、この話は終わった。この偽名を活用する日はくるのだろうか。
「二人の名前はどんな字書くんだ?」
何気に聞いてみる。
「清六は清いに六番目の六です。
数字の六と聞いて、他の数字もどんな字を書くのか知りたくなる。
「私の名は響きに漢字を当てはめただけなので、意味などないのですが」
「でも、漢字はあるんだよね」
「はあ、ちは
「千のたくさんの助け……」
聞いて、口に出してみる。
「いいね。千佐にぴったりだ」
言って笑いかけると、千佐は笠の中で目を大きく開いて瞬かせる。
一言も返さずにいる千佐をクリフォードの向こうから清六がうっすら笑っている。
千佐は気づいてにらみ返したが、顔を明後日に向けられた。
「クリフ様の名前にはどんな意味がおありで?」
清六が話をそらす。
「先祖の名前をそのままもらったみたいだ」
「ああ、そういうお定まりで」
直訳すれば浅瀬の崖だがと考えて、崖上に城が建っている離宮があったなと思った。
道端に男女が寄り添う像が安置してある。素朴で愛らしさを感じる顔立ちをしている像だ。
千佐がその像に向かい手を合わせる。
「道祖神です。旅の安全や、縁結びの神様ですね」
「へえ」
こういう自分の国にはない風習や文化を知れるのは、なかなか面白いことだと感じる。
しばらく歩いていくと、急に周囲の空気が重く生暖かくなったような、目に見えない分厚い布を被せられたような、妙な苦しさを感じ出す。
体を動かすのに支障があるわけではないが、一度気にするととにかく不快である。
「どうしたんです?」
清六が二人の様子がおかしいことに気づいて尋ねてくる。言われて、横を向けば千佐も眉をひそめて嫌そうな顔をしているのが垣間見える。
「なんか、あの像を通り過ぎた後から気分が悪いような……」
「道祖神が祟るとか聞いたことありませんよ」
二人と違ってなにも感じていない清六は元気そうだ。
「道祖神は大体村と村の境界辺りに置いてあるものです。村に悪いものが入ってこようとするのを防ぐ意味も持っているんです。だから、あの像と似たようなものがこの辺りにもあるはずなんです」
千佐の説明を聞いて、辺りを見回す。
確かにそれはあった。
「あっ、壊れてる」
「罰当たりな……」
首の辺りで真っ二つに分断されていた。これから先は神に守られていないと、露骨に教えてくれている。
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