8 背中は魂の出入る場所
兵士が寝泊まりしている一室の内の一つをあてがわれた。着るものとして渡された服を前に、早川は困っていた。
「着方が分からないんですか?」
声をかけたのは、面倒を見るようにと命じられた兵士だ。早川が剣を奪った男である。
「この服に背縫いがない。針と糸はあるか?」
「針と糸?持ってないですけど」
「どこに行けばあるんだ」
言いながら、服を持って部屋を出る。男が追いかけてくる。
「ちょっと待ってください!案内しますから!」
「早くしろ」
言いつつ、置いていく勢いで歩いていく。
結局、適当に捕まえた侍女に案内をしてもらう。案内された部屋で借りて、服に針を刺していく。
「何をしてるんですか?」
「背守りを作っている。針目には魔を跳ね返す力がある。俺の国の服は、2枚の布を背中のところで縫い合わせるので、縫い目がある。だが、子供の服は、小さいので縫い目がない。そんな子供を守るために作るのが、背守りだ」
「背中を守るんですか?」
「魂が出入りする場所が背中だと言われている。……郷に入っては郷に従えとは言うが、精神的なものはさすがに譲れない」
言いながら縫い目を作っていく早川を、兵士は手持ち無沙汰になりながら眺めている。侍女数人も一緒になってそれを見ている。
「男の人が縫い物をしてるとこを見るの、初めてです」
年嵩の侍女は恐れを知らずに話しかける。
「向こうでも普通は女の仕事だな。俺も初めてやる」
「図案には意味があるんです?」
「この星の形は、有名な陰陽師……こちらで言う魔導師だな、彼の紋をあやかって使うことで魔除けにしている。こっちの9本の線からなる格子模様は道満、その星の紋の男と対になるほどの実力者の紋だ。で、こっちは矢羽根。魔を跳ね返す意味を持つ」
兵士よりも侍女の方が積極的に話を聞いている。
「図案は他にもあるんですか?」
「元々は子供のためのものだから、成長を願ったものが多い。まっすぐ育つようにと麻の葉紋様を縫ったり、長寿を願って亀の甲の紋を縫ったりもする。あとは縁起にいいとされる植物を図案化したものとか、色々ある」
「おもしろいですねえ。私もやってみようかしら」
「貴族の方が刺繍の入った服をお召しになってるのも、意味があるのかしらね」
縫い終わり、出来映えを見る。初めての針仕事、それも急いで縫ったのでひどい出来である。だが、これで一先ずの安心を得ることができた。
背守りを見ていると、3枚の産着を思い出す。母が縫っていた千佐の産着、兄に抱かれていた甥の産着、もう一枚は……
部屋を出て自分の部屋へ帰る途中、前から歩いてくる侍女の様子が気になったので、呼び止めた。
顔色は悪くうつむきがちで、声をかけても返事はない。
手に霊力を込めると、みぞおちを殴った。
「ええええええ!?」
ついてきていた兵士が動揺する。
殴られた侍女は口から黒い塊を吐いた。
こぼれ落ちたそれは、床を這って逃げようとする。すかさず足で踏み潰すと霧散していった。
「死、死んで!? 殺したんですか!」
「殺されてたんだ。中から食われていたんだよ」
死んだ侍女を横たえて、目を閉じてやった。
「南無阿弥陀仏」
手を合わせて念仏を唱える。
「その言葉はどんな意味が……」
「苦しみから逃れますようにとか、幸せになってくださいとか、そういう言葉だ。死者を弔うときなんかに使う」
極楽や浄土などの用語を省くと、そんな説明になってしまった。
「お祈りの言葉ですか」
兵士は納得したのか、自分でも手を組んで目を閉じて祈る。
そうこうしている内に、他の人間に見つかり大騒ぎになった。
場を収めるために駆り出されたナルミスがやって来る。怒りの表情が隠せていない。
「どうして殺した?」
「もう死んでた。魔物に中から食われてたんだよ」
「中から、黒いものが出てきてました!」
兵士も見たままを主張する。
「倒した魔物は跡形も残らないはずだが」
「中から出てきたやつはそうだな。ここにある死体は言わば食べ残しだろう」
「食べ残し?」
「前から疑問に思ってたんだ。倒したときに死体が残るときと残らないときがあった。あいつらは柔らかい中身から食べるんだろう。魂を食べて、内臓を食べて、最後に外側を食べる。完全に食いきるとあいつらと一体化するから倒したときに死体が残らない」
「何を根拠に……」
「抱えてみろ、成人の重さではないぞ」
死体を持つように促す。ナルミスはそれに従って、抱えてみる。
はっと目を見開く。
「異様に軽いだろう。腹を割いてみればどれだけ食われたかわかるはずだ」
早川の言葉に、周囲で見ていた人々がなんと野蛮ななどと口にしている。
確かに野蛮だな、と早川は認める。
百年、戦をしている国から来たのだ。ここにいる人間たちとは、どうしたって考え方が違う。
「今度からは、いきなりこんな行動をする前に、報告をして欲しい」
「承知しかねる」
即答で拒否した早川にナルミス始め人々の目付きが変わる。
「何故だ!?」
「魔物は見つけ次第倒したい。あいつらは食えば食うほど育つ」
答えながら、早川はこの国の人々の生温さ、悠長さに呆れる。
今正に侵略されている最中だろうに、報告してから倒せなどと呑気なことだと思う。
口惜しそうに黙って次の反論を探している男に早川は言ってやった。
「別に俺を追い出したっていいんじゃないか? どうせ失敗してるんだ。無理に利用しようとしないで、今度こそ聖女召喚とやらを成功させればいい」
「正気か!?」
早川は、必要とあらば将軍でも大名でも切るのが当たり前な国から来たので、この国の人々が何とかして早川を使おうと苦心しているのが、いまいち理解できないでいた。
もちろん、ただで追い出されてやるつもりはないし、再度の聖女召喚で千佐が連れて来られたならば、さらって逃げようとも思う。
そして、二人で魔物討伐を完遂してさっさと国に帰るのだ。
「王子がその身を捧げて連れて来られたのが、お前なんだ。そんなことはできない」
「義に厚いねえ、お前」
心から感心して言ったのに、ナルミスにはにらまれてしまった。
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