9.親睦会
ナイフのおかげかキンジくんのおかげか、いつもよりたくさん採取できたな。
「イヒトさんと一緒に薬草採取できて、すごく参考になりました!」
本当かい? 俺は普通にやってただけだから、どこが参考になったのかわからないんだが……?
参考になった部分を逆に教えて欲しいくらいだ。
「そういえばキンジくんとサトナカ亭のツン……じゃなかった、女の子は知り合いなの?」
危ない危ない。いつも心の中でツン子って呼んでたから、危うく出ちゃうとこだった。
「セイラですか? セイラとは同い年で家も近所なので小さい頃から遊んでて、幼馴染みみたいな感じですかね。セイラがどうかしたんですか?」
あの子はセイラという名前なのか。
というか俺はいつも女性の名前をキンジくんから聞き出してないか? ライチさんの時もそうだし。
いや、オリーブさんは自分で聞いたからな、そんなことないよな。うん。
「そうか、幼馴染みなのか。いや、ちょっとそのセイラって子がキンジくんのこと気にしてるみたいだったから、俺も気になってね。もしかしてキンジくんとセイラさんは、その、なんというか男女のアレなのかね?」
自分で聞いておいてなんだけど、俺気持ち悪過ぎるだろ。
どこのセクハラおやじだよ。
「あはは! 何言ってるんですか、イヒトさん。セイラとはただの幼馴染みですよ。昔は結構仲が良かったんですけど、最近はツンツンしててどちらかというと嫌われてるんじゃないですかね」
うわ、これ鈍感主人公がヒロインからの好意に気付いてないパターンなんじゃないの?
だからセイラさん機嫌悪くなっちゃってるんじゃないの?
おじさんが下手に仲を取り持とうとすると、余計に拗れそうで怖いから何もしないけど、早く気付いてあげて!
―◇◇◇―
キンジくんと楽しく会話しながら村へ戻り、薬草を換金してからサトナカ亭へと向かった。
「どうも、今日も宿泊お願いします」
「ふんっ、朝食はどうするの?」
ツン子……じゃなかった、セイラさんは今日も絶好調だな。
「今日はちゃんと2食付きでお願いします」
「へー。ようやくまともに稼げるようになったんだ」
俺の陰に隠れていたキンジくんが顔を出す。
「もー、イヒトさんに対してもそんな態度取ってるの?」
「な、な、な、キンジ!? なんであんたがここにいるのよ!?」
「イヒトさんと親睦を深めるために、一緒に食事をしようってことになったんだ。ダメ……だったかな?」
いや、その小首を傾げてちょっと上目遣いでおねだりする感じ、完全に小悪魔ですよ。
セイラさんも小悪魔に魂持ってかれちゃってますよ。
「べ、別にダメなんて言ってないじゃない! 早く席に座りなさいよ。キンジの料理もこいつと一緒のでいいわよね?」
「うん、それでよろしく!」
セイラさんは料理を取りに厨房の方へと消えていく。
「イヒトさん、すみません。セイラが失礼な態度を取ってしまって」
「いやいや、俺は気にしてないよ。本当はやさしい子だと思うし」
「本当にどうしてあんな態度を取ってくるのか……」
……間違いなくキンジくん、キミのせいだよ。
少ししてセイラさんが料理を持って戻ってくる。
いつもと違い、少しギクシャクしながら配膳するセイラさん。
めちゃくちゃ意識してるな。
「ありがとう、セイラ」
「きゃっ!」
キンジくんの言葉に、セイラさんは驚いて飲み物をこぼしてしまう
「き、キンジが変なこと言うからこぼれちゃったじゃない!」
「ご、ごめん! そんなにビックリするとは思わなくて」
「あんたなんかにビックリさせられるわけないでしょ! もう知らない!」
顔を真っ赤にしたセイラさんは厨房の方に去っていく。
「こんな感じでいつも怒らせちゃうんですよ。やっぱり嫌われてるんですかね」
これはセイラさんもツンツンしちゃうよ。
好き過ぎて逆に突き放しちゃう。そういうことってあるのよ。
おじさんもそういう経験……ないな。女性とほぼ接点なかったな。幼馴染み羨ましい……
「イヒトさん、なにうつむいてるんですか? 乾杯しましょう!」
「そうだね。それじゃあ、俺達のますますの活躍を祈願して、乾杯!」
「乾杯!」
キンジくんはまだ未成年だからノンアルコール、俺は金が無いからノンアルコール……
今日の夕飯は何かなー?
白米、みそ汁、メインにとんかつだ!
ホカホカの湯気に黄金色の衣。食べなくてもうまいのがわかるね。
俺はとんかつの一切れにソースをかける。
初めに全体にかけてしまうとソースが衣に染み込んで、サクサク感が損なわれてしまいそうで俺は一切れずつかけるようにしている。
さくっ
軽いっ! 衣が全然油っこくなくて、サクサクだ!
軽いファーストインプレッションの後に、濃厚で甘い豚の脂が波のように押し寄せてくる!
その脂の甘さとソースの甘さが出会い、舌の上でウエディングが始まる。
白米をかき込み、2人にライスシャワーを浴びせてやる。
幸せになれよ……
俺の中で幸福感が爆発した。
「ふふっ。イヒトさん、すごくおいしそうに食べますね。僕まで笑顔になっちゃいますよ!」
「ご、ごめん! キンジくんがいるのにご飯に夢中になってしまった」
尊い。
キンジくんの笑顔ならこの世界を救えるよ。
この世界に脅威が迫ってるのか、全然知らないけど。
その後、俺達は冒険者について熱く語り合い親睦を深めた。
「今日はありがとうございました! とっても楽しかったです! また一緒にご飯食べましょうね!」
「あぁ、俺も楽しかったよ。絶対また一緒に食べよう。絶対な」
「そんなに念押ししなくても大丈夫ですよ。それじゃあ、また!」
「おう。気を付けて帰れよー」
はぁ〜、楽しかったなぁ。
こういう平和な時間が1番幸せだったりするんだよなぁ。
また一緒にご飯が食べられるように、いや今度は年上として奢ってあげられるように、これからも精進しなければ。
俺は決意を新たにし、部屋へと向かうため振り返る。
「うわぁ! びっくりした!」
振り返ると目の前にセイラさんが立っていた。
「ちょっと、大きい声出さないでよ。うるさいわね。それで、どうして今日はキンジがウチに来たのよ」
「えぇ? 一緒にご飯を食べるのに、キンジくんの家も近くてちょうどいいという話になりまして」
「ふーん、そうなんだ」
ぼそっ(私に会いに来たわけじゃないんだ……)
「え? 何か言いました?」
俺の耳は何故かこういうことを聞き逃さないようにできているが、からかうのも可哀想なので聞こえなかったフリをする。
「な、なんでもないわよ! もう早く寝なさいよ!」
セイラさんは顔を真っ赤に染めて、走り去っていった。
うーむ、眼福。
この歳になると若人の青春を垣間見て、疑似的に青春を感じるのが数少ない楽しみになってくる。
これからも2人のことを見守ろうと思う。
決して面白がっている訳ではない。そう、決して…………面白くなってきたー!
俺は部屋に戻り、幸福感に包まれながら眠りについた。
おやすみ……
―◇◇◇―
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます