星花女子学園投資研究会~株から始まる百合物語~
朝乃 永遠
第1話 ここは投資研究会の部室です!
それはお昼休みのこと。
今日はプチ贅沢のつもりで、好物であるぶどうジュースを買いに自販機のところへむかっていた。
しかし珍しく今日は先客がいて、私はさっと足を止めて身を隠す。
せっかく人があまり来ないところの自販機を狙ってきたのに残念。
まあこんな日もあるよね。
そろそろ行ったかな?
そう思ってちょいっと顔を出すと、ちょうどその人は自販機から離れていくところだった。
「あ、あの人は……」
それは風早ふわりと言うお嬢様。
なかなか目立つ人なので、あまり人と関わらない私でも名前を知っていた。
それはもう性格があれらしく、しかもまわりには彼女に踏まれて喜ぶような変人たちが取り巻いている。
とりあえず関わるとめんどくさそうなので、見つからずに済んでよかったと思う。
それはそうと、そのお嬢様の手には私が買おうとしたぶどうジュースが握られていた。
あんな人でもぶどうジュースなんて飲むんだ……。
あれかな、ワインに似てるとか?
私と同じものを飲んでると思うとちょっと親近感がわく。
なんて思いながら自販機の前に行くと、なんとぶどうジュースが売り切れていた。
「あう~」
週一回の楽しみが……。
仕方ない、今日は桃にしておこうかな。
そう思ってボタンに手を伸ばそうとした時だった。
「ちょっと貴女」
「ひぃいいい!!」
急に声をかけられ、驚いた私の手は自販機の別のボタンを押した後、さらに大きく逸れていく。
そしてあろうことか、というかどうしてこうなったのか、私の指はとあるふたつのふくらみのボタンを押していた。
当然そこから飲み物は出てこないのである。
「ちょっと何をしているのかしら」
「すいません、すいません!」
とりあえず謝ってなんども頭を下げると、その間にぶどうジュースが目に入った。
もしやこの人は……。
顔をあげるとそこにいたのは、さきほど去ったはずのお嬢様だった。
ぎゃああああああ!!
「それより貴女、取らないんですの?」
「え? ああ」
私は自販機から飲み物を取り出す。
お汁粉だった……。
別に嫌いじゃないけど、好きだけど、今じゃない感。
「あら、いいもの買ったのね。ふわりも気が変わってそれが飲みたくなって戻ってきたの」
「あ、そうなんだ」
私はむしろその手に握られているぶどうジュースが飲みたいんだけど……。
「とりあえずどいてくださる?」
「ああ、うん……」
なんだ、思ってたより変な人じゃないのかも……。
とにかくこれ以上何もされないうちにこの場を去ろう。
そう思った時だった。
「なっ……」
お嬢様から妙な声が漏れてきて振り返る。
そして見たくはないものが見えてしまった。
なんとお汁粉のボタンに点灯する売り切れの文字。
ぎゃああああああ!!
絶賛嫌な予感がして、私は物音をたてないようにその場を去ろうとする。
しかし。
「ちょっとそこの貴女」
「ひぃいい!」
正直泣きそうになりながら振り返る。
もうやめて、私は人が苦手なの。
これ以上はライフがゼロになっちゃう。
「貴女、特別にそのお汁粉とこのぶどうジュースを交換してあげるわ。感謝しなさい」
「え、いいの?」
やった~!
なんだかよくわからないけど、私って運がいい?
思えば株でも私が売ると下がるし、買うと上がることって多いんだよね。
SNSではみんな逆になるみたいだけど。
それにしても交換か。
ぶんどられるかと思ったから意外だ。
やっぱり悪い人ではないのかもしれない。
「どうぞ」
「あら、聞きわけがいいのね。特別にふわりの奴隷にしてあげるわ。感謝しなさい」
うわっ、めんどくさいこと言い始めた……。
「あ、大丈夫です……」
そう言った瞬間、お嬢様の目が鋭くなる。
「貴女、ふわりの好意を拒むというの?」
「ひぃっ」
これはまずい。
やらかしたかもしれない。
ここはとりあえずあれだ。
「ごめんなさ~い」
「あ、ちょっと待ちなさい!」
これは投資の世界でも同じだ。
逃げるが勝ち。
負けないことが大事なのである。
私は、どうやら学年でも上位に入るくらい速いらしい足を使ってその場から逃走する。
そして私はとある部屋に駆け込んだ。
ここはお姉ちゃんがどうやったのか知らないけど用意してくれた私だけの部屋。
狭いけど、それがまたいい。
不要なものはいらない。
パソコンとタブレット、それからちょっとした生活家電とお布団があるだけ。
学園での素晴らしき私だけの聖域。
さて、そろそろ後場も始まるし、午後の授業が始まる前にちょっと株価を見ておこうかな。
そう思った時だった。
「失礼するわ」
「ひぃいいい!!」
突然部屋のドアが開かれ、そこに立っていたのはさっきのお嬢様だった。
ああ、グッバイ、私の聖域……。
「あ、あの、私、奴隷にはなりません!」
「はぁ? そんなことよりもそれよ!」
「それ?」
お嬢様の指さす先には、さきほど買ってしまった紙パックのお汁粉が。
え、これ?
「早くしなさい、休み時間が終わってしまうでしょう?」
「あ、どうぞ……」
「まったく手間をかけさせるんだから。はい、これ」
「あ、どうも……」
お汁粉を渡すと、代わりにちゃんとぶどうジュースのパックを渡してくれた。
なんだろう、交換なんだから当たり前のことのはずなのに嬉しく感じる。
これはずるいと思う。
映画の時だけやさしいあの人みたいだ。
ふだんから真面目に生きてる人に失礼である。
それよりなぜ私たちは隣に並んでジュースを飲んでいるのだろうか。
まあ、あちらはお汁粉だけど。
甘いものが好きなのだろうか、ちょっと幸せそうな顔をしている。
お嬢様とは言っても同じ中学生、かわいいところもあるということか。
……はっ。
何ちょっと心を許しちゃってるの?
これはあれか、さっき追いかけまわされたからドキドキしていて吊り橋効果が発動しているのかもしれない。
そうでなければ私が初対面の人とこんなにちゃんと話せるわけが……。
「それより何なのこの部屋は」
「え?」
いつの間にかお汁粉を飲み終えたお嬢様があまり興味なさそうに聞いてくる。
あちらは興味なさそうだが、私は久しぶりに家族以外とおしゃべり出来てちょっと嬉しいので、ついいらないことまで語ってしまった。
「ここは投資研究会の部室です!」
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