神崎美加に花束を贈ろう
オーバエージ
離れていても、二人の距離はゼロライン--------------
1
幼稚園から高校までずっと一緒だった美加ちゃんが引っ越し、つまり卒業すると人づてに聞いた私はショックで思わず持っていたバッグを地面に落としてしまった。
何とか喋らなきゃと思い、震えながら、
「それって…確かな情報なの?」
「本人が言ってたから間違いないよ」
そう言ってクラスメイトは学校の階段を下っていった。
全身に雷が落ちた、この感じ。
本人から実際に事の真相を聞きたくて、私は急いで教室に走った。50代の先生から
「廊下で走るなよ」
と言われた事も耳に入らずそのまま先生の横を駆け抜けていく。
息切れしながら教室の扉を開けると、次の授業直前で数十名のクラスメイトが固まっていて美加が見えない。
先生が教室に入ると、
「全員着席!」
の一喝で、全員が座った時にやっと美加ちゃんの後ろ姿が目に入ってきた。
隣の生徒と楽しそうにはしゃいでる姿を見てると、涙が出そうになる。
早く2時間目の授業が終わって欲しい。そうしたら美加ちゃんと話せるのに。
1時間がとても長く感じた。教科書を立てながらスマホをずっと見ていた。先生に名前を言われなくて本当に良かった。
先生が教室から出ると直で美加ちゃんの机まで走った。
「美加ちゃん‼」
「どしたの雪」
「引っ越すって本当?」
問いにさばさばした感じで
「そう、北海道札幌。この学校からは卒業」
とあっさり言われたので、とうとう涙が溢れ出てきた。
「大学も一緒に行こうって言ったじゃない!」
他のクラスメイトも私が泣いているのを見て集まってきた様子を見て美加がだるそうに言った。
「周りから注目されるから泣かないでくれる?」
私は言われるがままに私の机にふらつきながら戻り、そのまま突っ伏した。
そして考えた。最近美加の様子がどうもおかしいってことに。
冷たかったり、よそよそしかったり、とにかくここ何か月かは、そんな態度だった。
そこにきて引っ越し話である。本当どうしちゃったんだろう。
お昼前の4時限が終わり、意を決して美加ちゃんに訊ねた。
「屋上で…話したい。いい?」
美加ちゃんは明らかに面倒臭い様子で
「早く終わらしてよね」
屋上に行くと爽やかな風が迎えてくれた。屋上に2人。美加ちゃんは言った。
「そんで何?」
「なんでそんな遠い所行くの?ここ鳥取だよ?どうして…」
そう言うと美加ちゃんはボソリとつぶやくように言った。
「うちの親父って会社で虐められてるんだよね。だから北にわざと飛ばしたわけ」
「え…」
私は軽口を言った事に気づいて
「ご、ごめんね…でも寂しいよ…」
やはり涙が溢れそうになる。
「ま、そういう事だから」
帰ろうとする美加ちゃんに私は、
「美加ちゃんは、私と離れることに何とも思ってないんだね」
美加ちゃんは無言で応えた。
屋上に一人、涙をこぼしてる私だけが存在していた。
次の日、私は学校を休んだ。
どういう気持ちでいるかは、色んな思いが交錯して答えが見つからなかったからだ。
学校では美加が後ろを振り向いて、東雲雪が休んでいると分かると、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ悲しい顔をしたが、強面な顔に戻るのだった。
お昼の休憩時間に、美加からケータイメッセージが来ていた。学校行ってる?とかいつ帰るの?とかどうでも良いメッセージだったので既読スルーした。
その次の日も雪が休んだので美加はさすがに沈鬱な表情を隠せなくなっていた。
美加はお昼休みに、こちらからケータイメッセージを送った。
『明日13:30の電車4番線で引っ越す』
読んでくれるかどうかは分からないが、既読のメッセージが続いてるし大丈夫かなと思い午後の授業に戻った。
今日最後のホームルームで、引っ越す旨の最後の挨拶をすると幾人かが泣きはじめる。つらい時間だった。
次の日、13時。昨日泣いていた数名がお別れに来ていた。美加はもらったお菓子に埋もれそうになったが、その視界の中に雪は見えなかった。
(やっぱり見てくれなかったのかな…)
そろそろ発車時刻が迫ってくる中、4番線入り口から一つの影が見えた。
「美加ちゃーんッ」
片手を隠し、もう片方の腕を振り回せて。
もうこれ以上は隠しきれないと美加ちゃんは涙を流した。2人は抱きしめあった。
美加は泣きながら言った。
「ごめんね…無視しないと別れられなくなるからって…わざと…」
私もさらに涙を流し、うんうんとうなずいた。
隠してた片手。
サヨナラがはじけ飛ぶように。
神崎美加に花束を贈ろう。
私からの絆として。
花束を贈ろう。
卒業する美加ちゃんに、そう思いながら隠していた片手を、前に出した。
神崎美加に花束を贈ろう オーバエージ @ed777
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