オーバーライト

高野ザンク

思い出の場所

 トラウマになっている場所がいくつかある。


 理由はさまざまではあるが、とにかく自分にとって嫌な思い出が残っている場所がそうだ。別れた彼女とよく行った場所もその中に入る。楽しい思い出であればあるほど、逆にトラウマになってしまうのだろう。


 今、僕がバスに揺られて向かっている森林公園も、その例に当てはまっている。

 花と緑に囲まれ、天気のいい休日には多くの人が集まり、地元民の格好のデートスポットになっているからか、僕は付き合った相手と必ずここに来ている。最後に別れた彼女との思い出が濃すぎて以降、行く機会が全くなくなってしまった。

 一番幸せだった頃、プロポーズまがいの言葉を言ったのもその公園だ。その時の思いは確かに嘘ではなかったはずなのに、結果的には嘘になってしまった。別れてから2年経ったが、今ではそんな自分の好きだの愛しているだのという感情自体にも自信がない。


 その原因のひとつになっている場所に、今僕は向かっている。……って、なんだ。なぜそんな痛い人を見る目で僕を見る。


「だから、そういう場所は新しい思い出で上書きすればいいって言ってるでしょ」


 隣の席で藤原がそう言った。彼女は、今日僕を連れ出した張本人で、歳は下だがボランティアの先輩でもある。

 僕がトラウマ話をしたところ、担当している老人ホームの団体がちょうど森林公園に遠足に行くので、一緒に来いと無理やり連れ出されたのだ。


「だってそうでもしないと小泉はずっと過去に縛られちゃうんだよ」


 そういう人生は楽しくない、と彼女は言う。そんな彼女を少し単純すぎると思うけれど、その単純さがありがたくもある。

 デートなどではない分、確かに公園に行くモヤモヤ感はない。むしろ、上手く仕事をこなせるのかということで緊張していた。


「出会いと別れは上書きできなくても、思い出は上書きできるはずでしょ」


 ミルクティーのペットボトルを飲みながら、藤原は言う。


「小泉、他にトラウマの場所ってどこ?」


 他にあること前提の尋ね方にやや腹が立つが、悔しいかな、僕はそういう場所が人より多いほうなのだろう。


「うーん、県営水族館とか、プラネタリウムとか……あ、身近なとこだと駅前のサーティワンかな」


 彼女は眉根を寄せて、僕の顔をじっと見る。なんだか値踏みされている気分になった。


「よし、じゃあそこ、片っ端から行こうか」


 藤原はそう言うとひとり頷いて、窓の外を見始めた。



 ん?それってつまり、そういうことなのか?

 僕はこの展開に淡い期待を持ってしまうが、それを素直に受け止められるほど単純な人間でもないのだ。


「ドタキャンだけはしないでくれよ。その思い出がトラウマになるからさ」


 少し間をおいて、ようやくそんな言葉を投げかけた。


「自分から言いだしてそんなことしないよ。そんな奴に見える?ねえ」


 彼女はぶっきらぼうに答えたが、声に照れくささを感じて、僕は急に別の緊張に襲われてしまった。ボランティアとしてちゃんと仕事をこなせばならないのにモヤモヤ感が同居する。ただ、それは決して悪い心持ちではないけれど。


 人生は出会いと別れの連続だ。そして何が起きるかわからない。思い出は思い出と割り切って、未来を向いて生きていったほうがいいんじゃないかな。


 藤原のおかげで少し前向きになったところで、バスは目的地に到着した。


(了)

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