雪と桜

花見川港

雪と桜

 『俺』と『そいつ』が顔を合わせるのは、二年に一度、あるかないかくらいの頻度で、今年はその一度だったようだ。


 鼻先を真っ赤にしたそいつは、頭に雪を被りながら、きょとんと子どものようにあどけない表情をしている。


 正しく起きたときのそいつは気高く美しく、国中の人々を魅了するらしいが、寝惚け眼で首を傾げているのを見ているととても想像できない。


 そいつは枝の上にいる俺を見上げて、ほにゃりと笑う。


「やあ雪君、初めまして・・・・・。今年も居残りかい? 俺に会いに来てくれたの?」


「アホか。お前がタイミング間違えただけだろ。今日の気温はマイナスだぞ」


「ええ? 一昨日くらい暖かかった気がするんだけどなあ」


 この時期の寒暖は上下に激しく揺れるから、もっと気をつけなければならないというのに、そいつは呑気に伸びをして、着物の袖を揺らす。


 白く染まった地面にしゃがみ込んでなにやらもぞもぞしてると思えば、ふわりと隣に飛び上がってきた。長生きしてるだけあって背が高い。


「見て見て、うさぎ」


 半円に丸めた雪玉に二枚の落ち葉を耳、小石二つを目に見立てた、言われてみればそれはうさぎだ。


「去年、雪君に教えてもらったんだよ」


「ふーん……ってお前、去年も『俺』と会ったのか」


 うん、と頷くそいつに呆れた。種族的に若々しく見えるだけで相当な年寄りなはず。そんな風に時期をずらし続けたらいつか不調をきたすだろう。


「本当は南天の実がいいらしんだけどね」


「目か……」


「雪君?」


 枝から飛び降り、公園を出る。


 南天ならこの辺りにもあるが、あそこから動けないあいつでは手が届かない。


 道に積もった雪は何度も踏みしめられて固くなっていた。


 旬が少し過ぎているので残っていない可能性もあったが、赤い実はまだ少しあった。二粒頂いて戻ると、あいつは木の下に立って俺を待っていた。ひどく眠たそうな顔が俺を見るなりハッと目を開ける。


「おかえり」


「ああ」


 そいつの手にあった雪うさぎの小石を実とすり替える。


「摘んできてくれたんだ! ありがとう雪君」


 そっと雪うさぎを目線の高さにある枝の分かれ目のところに置く。雪うさぎを挟んで枝の上でしばらく話をした。大抵がそいつと『俺』との思い出話だった。こいつ、もしかして『俺』以外に知り合いがいないのか。


 夜になり空には月が見えた。雲はすっかりなくなっていて、俺の体も足元から消えかかっている。


「もう行ってしまうんだね」


 温暖なこの地での顕現は二日で限界だったようだ。


「雪君ちょっとこっち」


 別に歩けなくなったわけではないのに、そいつは俺を抱えて木の下に降りる。


「なんだ急に」


「見てて」


 風もないのに枝が揺れる出す。蕾が開き、薄桃色の花が広げた枝先から一斉に開花した。美しく尊く咲き誇る、決して俺は見ることはないだろう思っていた姿。それなのにどうして。


 雪のように舞う花びらが俺の頬を掠める。


「毎年がんばって早起きしたかいがあったよ」


「まさか、わざと時期をズラしてたのか! なんで」


「雪君に見せたかったんだ」


 根を張りそこに在り続けるこいつと違って、俺は流れて消えてしまう存在だ。また現れるだろう『俺』は、姿は同じでもこの光景を知らない覚えていない。そんなモノの為にこいつは——。


「またね雪君」


「ッ、さよならだアホ!」




 手のひらに残った水滴を、彼は一つ残らず吸い取った。

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