第8話 旅のしおり シェルロン国編

 お茶を飲んで少し心が落ち着いた私は、副所長の視線から逃げる様にデイジーからの手紙と本を手に取る。



 本にはメモが貼られている。


"良さそうなお店に印を付けておいたから、久しぶりの帰国を楽しんでね!貴方の親友 デイジーより♡"


 デイジーらしいメモと、可愛い絵が書かれているのを見て笑顔が溢れる。


 折り目が付けられているページを見ると、一つ一つにデイジーのおすすめポイントが書かれていた。



「何が書かれてるんだ?」


「久しぶりに帰国した私に、デイジーが気を利かせてお店を教えくれました」


 そう言って副所長に本を見せると、「ふーん」と本をめくる。



 論文や学術書を読んでいる副所長はよく見るけど、大衆本を読んでる副所長ははじめて見るかも。


 本のタイトルには"旅のしおり シェルロン国編"と書かれているけど、流石は美男子。何を読んでても様になるのね。



 本を読んでいた副所長は、あるページで手を止める。 


「丁度良かった。僕も友人に手土産を持って行こうと思っていたんだ」


 副所長に見せられたページには、"ここのスイーツが美味しいって有名だから、お土産によろしくね♡"と書かれている。


 デイジー!わざわざおすすめのお店を教えてくれるなんて…と感動してたのに!


 デイジーのメモに呆れていると、副所長が問いかけてくる。


「行かないのか?」


「行くって何処にですか?」


「そのお店に」


 副所長が長く綺麗な指で指す。

 そのページはあるパティスリー特集のページだった。


 副所長の言葉に私は首を傾げる。


「誰と誰がですか?」


「僕とシャーロットが」


「……どうして?」



 私はデイジーにお土産を頼まれたから分かるけど、副所長と一緒に行く意味が分からない。



「訪問先への手土産にと思ってね」


「お1人で行かれたらどうですか?」


「後悔しないか?」


「私がですか?」


 副所長の言葉に、後悔する理由が分からないと笑っていると、副所長の次の言葉で私は笑えなくなる。


「アドニス ・マーティン。今から会いに行く人の名前だ。会いたくないのか?」



 アドニス・マーティン。勿論私は知っている。誰であろう、私の尊敬する魔法使いであり、留学する事がなかったら彼の元で研究したいと思っていた人だ。


 そんな尊敬する人に会えるなんて…でも……



「マーティン様には…お会いしたいです。ですが、私は一応婚約者がいる身ですし、男女が2人で買い物するのは、少し…」



 そう、今朝エドワードに婚約破棄を告げに行ったが、書類上はまだ私はエドワードの婚約者なのだ。


 エドワードに『自分の行動に自覚を持つべきよ。未婚の男女が勘違いされるような場所で会うのは控えないと』と言った以上、私も気を付けなければいけない。


 私をじっと見つめてくる副所長の目を見つめ返す。


 私の気持ちを理解したのか、副所長はため息を吐く。



「じゃあ、これが仕事ならどうだ?」


「仕事、ですか?」


 副所長の言葉に私は再び首を傾げた。





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