1 天空大地のハイエルフ兄妹

 悲報、俺の妹がいかれたレズリアンの女特務大佐殿だった。




 突然これでは意味が分からないだろうから、説明していこう。


 まず、俺の名前はヴァンフィールド・クラインベルクという。

 黒い髪に、翡翠エメラルドを髣髴とさせる緑の瞳をした、”黒のハイエルフ”だ。


 “黒のハイエルフ”と言っても、別に銀髪に浅黒い肌をしたダークエルフの事ではない。

 単に髪の色が黒いハイエルフのことを、黒のハイエルフと呼ぶ。



 俺はこの世界に転生して189年になる。

 ラノベでよくある展開で、元日本人の異世界転生者だ。


 死んだら黒のハイエルフ種として、異世界転生していた。


 前世は普通の日本人で……189年も前の事なので、もはや前世の日本での生活なんて、ほとんど記憶の彼方で忘れてしまった。


 そこ!俺の事をボケた爺さん扱いしない!


 俺はこれでもハイエルフとしては、ガキだ。

 寿命が2千年から3千年もある黒のハイエルフ種なので、ガキとしか言いようのない年齢だ。



 さて、そんな俺は特に異世界チートをするでもなく、日々を過ごしている。


 家族は、爺さんと両親が昔はいたが、現在では3人とも鬼籍に入っている。

 ただ1人残っている家族は、妹のミーシャ・クラインベルクだけ。


 当然、妹も黒のハイエルフ種だが、

「黒髪はイヤ、金髪がいい」

 という我儘を、昔爺さんに言ったのが原因で、今は金髪になっている。


 地毛の色を変えるなんて、黒のハイエルフ種の技術を持ってすれば簡単にできること。

 科学を用いることで、魔法的なパワーでなく、髪のDNA情報を物理的に書き換えてしまった。


 それで髪の色が金髪にしてしまった。

 染めたわけではないので、以後は常に金の髪が生えてくる。


 言いたいことは色々あるが、そういうことができるのが、黒のハイエルフ種の技術力だ。



 そんなわけで、今の妹は金髪に、紅玉ルビーを連想させる紅の瞳をしている。


 外見は幼女にしか見えないが、年齢は107歳になる。

 ただのロリババだろって突っ込みたくなるが、黒のハイエルフ種としては、ロリで十分通じる年齢だ。

 寿命が長すぎるので、そういう扱いになってしまう。



 そんな妹も、俺と同じく前世持ちの異世界転生者。


 ただし、その正体は、

「わたしは天空女王なのよ!」

 と、偉そうに叫ぶ、頭の残念な子だ。


 いや、前世の話を聞いたら、いかれたレズリアンの元特務大佐殿だった。



 てか、その話知ってるんだけど。

 前世で見た、某アニメ映画の内容に似すぎてる。

 ただしあのアニメでは、特務大佐殿は男で、レズでもなかった。


 大佐の性別が変わるだけで、ここまでひどい話になってしまうとは……


 妹の前世を聞かされて、いろいろと複雑な気分になってしまう。




「ねえ、兄さん」


「なんだ、ミーシャ?」


 そんな元大佐殿の妹が、鋭い視線で俺を見てくる。


「これ、どう思う?」


「どうって、何もないぞ……グハッ!」


 ミーシャが、まっ平らな胸板を手でさすっていたが、意味が分からない。

 そしてなぜか、グーパンを喰らう羽目になる俺。


 理不尽だ、なぜ突然暴力を振るう。


「クッ、前世の私であれば、ここには山があったのに。

 肩こりに悩まされる重たいだけの肉の塊としか思っていなかったのに、なくなってから初めて悲しみを覚えるわ」


 どうやら、胸のことを言っているらしい。

 ミーシャの話では、前世の彼女は豊満な肉の塊が2山存在していたという。


 でも今のミーシャには、そんなものはまったく存在しない。

 ただの薄っぺらな胸板があるだけ。


「エルフもハイエルフも、胸は真っ平らってのがお約束……ヘブッ」


 またしても、グーパンされた。

 俺の何が悪いんだよ!


 ファンタジー物のお約束で、エルフってのは貧乳だぞ。

 たまに例外もあるが、ミーシャにお色気担当のエロフは無理だ。


「私は、一般常識が聞きたいわけじゃないの。ここにないのよ!」


 胸板をさするミーシャ。


「……ミ、ミーシャはまだ子供だから、成長すれば少しくらいは膨ら……ヘボッ」


 またしても殴られた。

 理不尽すぎる。


「少しじゃダメなの!」


 ウワー、ミーシャの目が据わっている。

 恨めしそうな目で、俺を見ないでもらいたい。


 俺はミーシャの前世の姿を知らない。

 実は話を盛っているだけじゃないのか?

 本当は、前世も真っ平らだったのでは?

 だから、胸に拘っているのでは?


「兄さん、私の体を弄ってくれないかしら?」


「弄るって、DNAをか?」


「もちろん、私のパーフェクトボディーを取り戻すために、喜んで協力してくれるわよね」


 当人は協力というが、強制としか言えない圧力がある。



 だけどな。


「すまんが無理だぞ。髪の色を弄るくらいなら簡単にできるが、体は流石に無理だ。

 それにDNA弄ろうにも、医療用培養槽が壊れたからもうできない」


 俺は正当な理由を口にした。

 DNAを弄るためには、科学の産物である医療用培養槽が必要になるのだが、何十年も前に壊れてしまった。

 修理のめどが立たないので、壊れたまま放置している。


「役立たず!」


 理不尽な妹に、罵られてしまった。




 さて、我が黒のハイエルフは進んだ科学を有する種族だ。

 と言っても、現在の人口はたったの2名。


 俺とミーシャの2人しかいない。

 そして俺たちが住んでいる家の外に、同胞が存在しているかは不明。


 なぜなら俺たちが住んでいるのは、空飛ぶ大地の上だから。



 ミーシャの前世に存在した天空城そのままではないが、空に浮かぶ大地の上に、俺たちは住んでいる。

 なお、家はあっても城は建ってないのであしからず。

 巨大すぎる木も存在しない。


 昔は、地上と行き来するためのシャトルが存在していた。

 シャトルは、空飛ぶバスみたいなものだ。


 もっとも、過去には5台あったものの、そのうちの3台は、ある時地上に行ったきり帰ってこなくなって行方不明。

 何か事故にでも遭ったのか、はたまた乗っていた黒のハイエルフが、そのまま地上へ逃げ出したのかは分からない。

 いずれにしても、今では行方知れずだ。


 そして残る2台だが、どっちも故障してしまって、現在では使い物にならない。

 2台とも故障した際、1台を分解して、残ったもう1台を修理するために部品を取り出した。

 そうして、無理やり使用していた時期もあるらしい。


 といっても、何千年も前の話だ。

 今じゃ分解されて残骸すら残っていないシャトルと、もう1台も完全に壊れてしまい、使い物にならなくなって放置されている。


 俺とミーシャが生まれてくる以前の、遥か昔といっていい時代の出来事だ。



 そんな訳で、俺たちは空飛ぶ大地の外に出る手段を持っていない。

 シャトルを自作しようにも、材料がないので出来ない。


 俺たちの住んでいる天空大地に、地上からシャトルかやってくるなんてこともない。


 ここ場所以外のことなんて、何も分からないのだ。



 そんな天空大地での生活を、俺とミーシャは生まれた時からずっとしている。


 より正確には、俺たちのご先祖様の時代から、ずっと天空大地に住み着いている。

 そして両親が生まれる前から、地上との往来は完全になくなっているそうだ。


 生前の両親の年齢を考えると、千年以上も前から、天空大地は孤立していることになる。



 ボッチでないだけましだが、俺たち兄妹は、そんな凄まじい環境で生活している。

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