命のムスビメ

最早無白

命のムスビメ

 ──もう何も見たくない。


 『11 yr.』、『32 yr.』、『65 yr.』……あたしの視界には、無数の文字列が漂っている。生まれつきこうなのだ。

 もちろんお医者さんにも診てもらった。「おじさんの数字は何かな?」と猫撫で声で聞かれ、正直に『3 d.』と返した。すると三日後、お医者さんは本当に交通事故でこの世を去ってしまった。


 それからかな、『20 yr.父さん』と『35 yr.母さん』の当たりが強くなったのは。そんなこんなで、あたしには心を休められる場所がない。

 もちろん学校でも一人ぼっちだ。とはいっても、家とはまた違う理由で一人でいるのだけど。二年前に、こんなことがあったから……。


「それでさ~!」


 ……『4 hr.』。つまりこの人はあと四時間で死ぬ。しかし彼女は今、携帯をいじりながら友達との話に花を咲かせているだけだ。どこにも死ぬ要素なんて……。もしも三階のこの教室から落ちたとしたら……もって四時間だろう。


「あの……窓、閉めませんか……?」


「は? 寒いの?」


「なんでアンタみたいな陰キャの言うこと、聞かなきゃいけないわけ?」


「えっと、それは……」


 死ぬから、なんて当然言えるわけもなく。あたしは折れてしまう。


「あ~あ、なんか萎えたわ。んぁ……」


 彼女は軽く伸びをして気を紛らわせようとした。その拍子に、携帯が手から離れる。


「おっとと。セー……ひゃあああああ!」


 悲鳴が遠ざかっていく。数秒の時間差で、教室中が悲鳴に包まれる。葬儀の後、当然あたしはいじめられた。『あの時にもっと止めろ』って。聞くはずないのに。あたしだって心苦しかった。一応同じクラスメイトで、関わりがないわけじゃなかった。彼女の死が辛かった。だけどそれよりも残された人達からの仕打ちの方が、痛覚を感じる分より辛かった。


 あたしは誰かと出会った時点で、別れのタイミングを知らされる。だからあたしは人と関わることを避けるようになった。苗字の『結目むすびめ』も、なんだか皮肉めいていて嫌いだ。


「はい席について、今日から新しい仲間が増えるぞ!」


 先生の声を聞き、クラス内の人流は激しくなる。新しい仲間……転校生か。あたしはいつも通り、誰とも関わらないようにするだけだ。


満島みちしまキョウジです。よろしく!」


 申し訳程度の拍手をする。とても明るい人、といった印象だ。あたしのような捻くれていて暗い奴とは決して交わらないだろう。とにかく、この人とは関わらずに済みそうだ。案の定、クラス内の陽キャグループともう打ち解けている。

 よし、次の時間の準備を……。


「よっ!」


「えっ、いきなりなんですか……?」


 なんであたしなんかに話しかけてきたんだ? 楽しくなんかないのに……。


「タメなのに敬語って! フツーに話してくれよ」


「いや、ほんとそういうの、いいんで……」


「え~? 寂しいなぁ。俺は、え~っと……」


「あ、結目マリカ、です……」


「マリカね! 俺はマリカとも仲良くしたいんだよ! どうせこのクラスで中学卒業するんだから、できるだけ多くの人と友達になっておきたいんだよな」


 寂しい? まさかこんな反応が返ってくるとは思わなかった。満島くんはあたしとではなく、あたしと仲良くしたいのだ。満島くんの人生を彩る草花の一輪にすぎないし、そもそも枯れている。違う意味で摘んでほしい。


「まあいきなりってのはムリだよな! これから一年間、マリカと絶対友達になってやるからな、じゃあ俺も次の準備してくるわ!」


 クラス内全域に聞こえる声で、満島くんは高らかに宣言する。でも……。


 滲んで見えた『3 mon.』の文字列から逃げるように、あたしは手で顔を覆うことしかできなかった。

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命のムスビメ 最早無白 @MohayaMushiro

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