出会いと別れ。そして新たな……。

友坂 悠

長い夢のその先で。

 カプセルが開いて、あたしはゆっくりと起き上がった。

 身体のあちらこちらから悲鳴が上がっていたけれど、特にダメなところはないようだ。

 あれからどれくらいの月日が経ったのだろう。

 周囲にはいっぱいのカプセルが並んでいる。その大半がもうすでに機能を停止しているのか薄暗いフードは明かりもなく埃をかぶっている。

 あたしのカプセルのようにランプがついているものはごくわずか。

 役目を終え中の人間が無事に出ていった後ならいいんだけどな。そんなことが頭をよぎる。


 長い、長い夢を見ていた。

 あれは多分、人類が一番幸せだった頃。

 戦争も、疫病も他人事で。

 どこか遠くの世界のように感じていられた時代。

 21世紀になったばかりの日本。


 そんな世界であたしは普通の小さな会社の事務員をして。

 彼氏ができ、デートをして。

 映画を観て、ポップコーンを二人で食べた。

 そんな些細なことがとっても幸せに感じて。


 猫を飼いたいね。

 あたしはそう、彼に言ったのだ。


 今のアパートじゃ難しいよ。

 そう彼は言った。


 小さくてもいいから自分達のおうちが欲しいな。

 あたしは、そんなふうに彼に甘えたのだった。




 ああ。

 あれは、やっぱり夢。ただの夢だったの?

 だめだ。まだ記憶が混乱してる。




 激しい戦争と、追い討ちをかけるように猛威を振るう自然の脅威に人類は追い詰められた。

 汚染された大地。

 そして襲いくる疫病。

 食糧不足。


 もはや、人類はその存亡を未来に託すことしかできなかった。


 そんな中、あたしは運良くこのコールドスリープシェルターに入ることができた。

 程よく口減らしのための政策だったのかもしれない。

 冷凍睡眠から再び目覚める保証なんて、どこにもなかったんだもの。

 

 事前に聞いた説明では、コールドスリープ中でも意識だけはコンピュータの世界で過ごすことができるのだということだった。

 眉唾だ、そんなことができるわけがない。そういう人も多かった。


 確か、コールドスリープの技術的な問題はほぼ解決されているとあたしも聞いていた。それは短い期間ではうまく成功したのだ。数日間であれば。

 ただそれ以上となると、個人差があって確かな数字は判らないものの、ほとんどの者が、二度と目覚めぬ植物状態になってしまったのだと。

 そう。問題は心にあった。

 人間の身体は、精神の入れ物だった、ということが、はからずも証明された形となった。もちろん精神だけで生きていけるわけではなく、コールドスリープにはいるときの一時的な仮死状態は、たとえあとで再生して、生きているときそのままに戻したとしても、心まで取り戻すことができなかったのだ


 レクチャーによると、この冷凍睡眠装置では脳の一部をコンピューターにリンクして、そのコンピューターのつくりだす仮想現実のなかで心を、魂を、生かしておくと。そうすることによって人は未来のその先まで辿り着くことができるはずだ、と。

 未だ実験段階ではあるが、と、お偉いさんは言った。

 でも。

 あたしたちにはそれを拒否する選択肢は与えられていなかったのだ。




 カプセルの中で両手を伸ばしてみる。

 まだ立つのは怖い。ゆっくりと身体をほぐしながら記憶の整理をして。


 でも。

 成功したんだ。

 あたし、ちゃんと生きてる。






 あの人と出会ったのはインターネットの黎明期。

 友人のHPのチャットルームだった。


 読書が趣味だったあたしは自分でもおはなしを書くようになっていて、それを自分のHPに載せたりして。

 おんなじ趣味の人と交流をするようになっていた。

 近くの人、遠くの人、いろんな人がそこにいて。

 個人サイトの掲示板やチャットルームで集まり、いろんなことを話したっけ。


 そうこうするうちに、ある時。

「今度君の地元に行くことになったんだけど、どこかで会えない?」

 仲良くしてくれていた人からのそんな誘い。

 チャットとか掲示板では色々と話をしてたし人となりはわかっていたつもりだったけど、いきなりのそんな誘いに尻込みをしてしまったあたし。

 でも。

 その会話をきっかけに、気のあう人たち数人が集まることとなり。

 あっという間にオフ会の開催が決まり。


 楽しかった。

 ネットの中ではなくって実際に人と会って触れ合うことに臆病になっていたあたし。

 そんなあたしにも、優しく話しかけてくれた彼。



 ああ。

 だめだ。

 どこまでが現実で、どこまでが夢なのかがわからなくなっている。


 ただ、あたしがカプセルに入るときに覗き込んでくれた彼の悲しそうな顔。

 それだけは間違いなく現実なのだと。

 あたしはあの人ともう二度と会えないのだと。


 それが、悲しかった。

 悲しくて、悲しくて。頬を涙が伝っていったのがわかった。




「誰か! 誰か居ないの!?」

 カーンと声が反響する。

 コールドスリープのカプセルたちはドーム状の部屋の中空に設置されていた。

 全体的に薄暗い室内。

 これで完全に明かりが無いとかだと気が狂うところだったけれど。なんて呟いてカプセルから起き上がり外に出たあたし。

 ここまで完全に体機能が戻っているとは思わなかった。

 若干の筋肉の衰えは感じるけれど、歩けないほどでも無い。

 手すりを伝ってなんとか細い階段を降り、床まで降りたところで底が水に浸かっているのがわかった。

 薄いワンピースのような服をかぶっているだけのあたし。

 どうしようこのままじゃせっかく起きたのに。


 電気系統が完全に死んでいるわけじゃ無いのはまだ生きているカプセルがあることからもわかるしあたしを蘇生する段階でそれなりにちゃんとプログラムが働いてないと無理だったろうということもわかる。

 なのに。


 ここにはあたし以外に生きた人間はいないの?

 ひとりぼっちは嫌だ。でも。

 寝ている人たちを起こそうにも、装置の力を借りなければまともに蘇生なんかできないよ。

「誰か、いないの……?」

 泣き出しそうな声でそう呟いて。

「なんで! なんであたしだけ起こすのよ! こんなんだったらもっと寝ていればよかったのに!」

 そうヒステリックに叫んだ。


 どこかに。

 どこかに食糧庫や生活必需品の置いてある場所がないか。

 探し回って歩き回るけれどそれらしい部屋が見当たらない。もしかしたら本当はそういう部屋もあったのかもしれないけどそれもう埋まってしまったのか?

 洞窟のように、壁が岩のようになった通路を彷徨って既にどれくらい経っただろう。

 所々発光する壁を頼りに歩くけれど、もうだめ。限界。

 歩き疲れ絶望ししゃがみ込んで倒れたところで。

 前方からカツカツという足音のようなものが地面を伝って聞こえてきた。


 助かった? 人が、居たの!?

「ねえ! 誰かいるの!? 助けて!」

 あたしはなんとか身体を起こし両手をあげ、残る力を振り絞りそう叫んだ。




 ⭐︎⭐︎⭐︎



「ん? 魔獣?」

「なんだろう、魔獣にしては弱々しい叫び声じゃない?」

「未発掘だったダンジョンの最深部だぞ。普通の生命体がいるわけはないんじゃないか?」


 男女四名で構成されたパーティのリーダー、リーザ・アジャンは仲間達を制して。

「あたしが見てくる。みんなはここで待機。アマリエは万が一の牽制用に攻撃魔法を用意しておいて」

「そんな、リーダーだけじゃ危険だ」

「はは。ジル。こんな場所でまず身体をはるのがリーダーとしての役目だろう?」

「わたしも行きます! 補助魔法は必要になるかもしれません!」

「ありがとうマリア。じゃぁジルはアマリエを護って。マリアはバフをかけながらあたしについてきて」


 薄暗い洞窟の中、所々光苔のような光源はあるものの視界は心もとない。

 マリアのバフ身体強化のおかげで夜目はきくものの、遠距離にあるものの判別はつきにくかった。


「※※※※!」


 弱々しく身体を揺らし何かを叫んでいる。

 あれは、古語!?

 不思議なアクセントの言語に反応したのはマリアだった。

「あれは、人、です。助けを求めています。急ぎましょう」

 走り出すマリアの後をついて急ぐアジャン。

 マリアがかけた一声に安心したかのように気を失ったその女性を抱き上げ、アジャンたちはダンジョンの探索をここで取りやめ退くことにした。

 栄養が行き届いていないのかかなり痩せほそってしまっているそんな彼女を抱えたままこのさき奥まで行くことはできない。

 それがメンバーの総意でもあった。



 ####################



 あたしが意識をとり戻した時。


 ベッドの脇であたしの顔を覗き込むようにしていた金髪碧眼の少女マリアは、

「ようこそ。こちらの世界へ」

 と、日本語で語りかけてくれた。


 確か意識を失う直前にも彼女の声が聞こえていた。「もう大丈夫よ」って。


 窓から見える青空。

 広がる緑。

 気持ちのいいそよかぜ。


 広がる田園風景に素朴な煉瓦造りの建物。


 まるで懐かしのアニメ劇場でみたような西洋風な景色がそこにはあった。

 中世? 近世? そんな西洋風ファンタジーな世界。


 彼女マリアは前世が日本人だったと言った。

 だからあたしの言葉がわかったのだという。


 ということは、何?

 ここは未来の地球、ではなくて、異世界だってこと?


 それこそ眉唾だ。信じられない。


 あたしがいた洞窟の奥は塞がっていたらしい。地殻の変動か何かで埋まってしまったの? そんなの……。


「ねえ、ハルカ。一緒にこのご本を読まない?」


 考え込んで、落ち込んでしまっているあたしのこと励ましてくれようとしたのかな?

 お世話になっている教会の子、カリナがそう話しかけてくれた。

 マリアやこのカリナ、教会の方達のおかげでこちらの言葉にも随分と慣れた。


「ありがとうカリナちゃん。かわいい絵本ね」

「えへへ。そうだ、今度一緒に魔法の練習もしようね」





 あたしは未だ、この世界すらもしかしたら仮想世界なのではないかという疑いがはれずにいる。

 そもそも目覚めたというのすら、夢だったのじゃないかって。


 でも。もしそうだとしても。

 こうして新たな世界、新たな出会い。

 そして新しい生活。

 それをちゃんと楽しまなきゃ、損だ。

 そう思うことにした。

 生きているって、それだけで。


 きっと。


              FIN

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出会いと別れ。そして新たな……。 友坂 悠 @tomoneko299

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