第43話:未来の明晰夢とカレーライス

 ぐっすり眠れた方が夢を見るのか。それとも眠りが浅い方が夢を見るのか。俺は知らない。 

 その時の精神状態が夢に影響するのかは、フロイト先生かユング先生にお任せしておこう。


 俺の夢は、また明晰夢めいせきむだった。


 自分でこれが夢だと気づいている夢。それならば空を飛んだり、ビルを破壊したり、日常ではできないことをしたらいいはず。

 ところが、俺の意思とは関係なく俺が生活をしている。夢の中の俺の生活を俺が見せられているようなそんな感じ。


 俺はどこかの何もない部屋で花音と話している。



「嫌よ。私は将尚と結婚しなくてもいいわ」



 どうやら夢の中の俺は花音に振られているらしい。

 振られると言っても、高2の時のあの場面ではないみたい。花音は今よりも少し大人びている。美人の要素が加味されて美しい容姿になっている。



「なんで?」



 夢の中の俺は、理由を聞いたらしい。大体振られる時の理由なんて聞いても、その後返事が真逆になることはないのだから、悪あがきもいいとこだろう。無駄なことだ。



「結婚したら苗字が変わるのよ?運転免許からクレジットカード、銀行口座も名義変更が必要になるわ。その手間がもったいない。私は元々結婚にはそれほど興味がなかったわ」


「じゃあ……どうしたらいいの?」


「恭子と結婚したら?恭子はアラサーだし、ご両親を安心させるためにも、友達にドヤるためにも結婚した方がいいんじゃないの?」



 夢の中でも無茶言いやがる。



「え?お姉さんでいいの?そりゃあ……結婚にはそれなりに憧れはあるし、もう、いい年齢だし……」



 恭子さんもいたよ!どんなシチュエーションなんだよ!?



「半年ごとに二人と結婚したら平等じゃないかな?」


「そのたびに、名義変更するのは嫌だと言ってるじゃない」



 んん!?どういうこと!?二人と結婚!?



「将尚と恭子が結婚して、私は内縁でいいわよ?」


「じゃあさ、重婚ができる国で結婚するのはどうかな?」


「コートジボワールとかに行っても日本人は重婚できないわよ?」


「そうなの?」



 いやいやいや!さっきから何の話をしているの!?重婚!?二人と結婚!?願望にしても斜め上すぎるだろ明晰夢!



「じゃあ、式は?結婚式」


「やろう!」



 結婚するなら、結婚式はしたいな。両親や友だちに祝福されたいし。



「それは、お姉さん的にも嬉しいけど2回もするの?」


「まとめて1回でいいんじゃないの?」


「いやいやいや!そんな3人の結婚式とか受けてる式場ないから!」



 花音は効率重視。アイデアが斬新!



「じゃあ、指輪は?三人一緒?」


「それぞれの好みでいいんじゃないかしら?恭子とか指輪のデザインにこだわりたいんじゃないの?」


「うーん、毎日つけるものだから、可愛いデザインがいいなぁ」


「俺、恭子さんのと花音のと2個付けてると、スーツ着てても私生活ラッパーです、みたいな頭がおかしい人に見えない?」


「ふふふ、そこは諦めなさい」



 ぎゃー!花音さんのその頭脳でなんとか解決策を見つけてくれ!俺、会社でいじめられるかも。



「とにかく、俺が働くから、二人を養うという事で……」


「将尚の稼ぎだけじゃ、3人住むには狭くなるわ。私が広いマンションを買うから、将尚は食費を稼いできて。恭子は家事をしたらいいんじゃない?」


「え?お姉さん主婦でいいの!?もう働かなくていいの!?」


「恭子、あなたは会社が絶望的に合ってないわ。家事をしていた時の方が100倍優秀よ。恭子の家事は十分プロ級」


「あ、俺も恭子さんのご飯が食べられると思ったら、仕事頑張れる気がする」


「ホント!?確かにお姉さんお料理大好きだし、掃除も嫌いじゃないわ」



 はあ!?夢の中では俺は働いているらしい。それで二人を養うって……非現実的すぎる。完全に一夫多妻制じゃないか。日本の法律に適合していない。



「花音、広いマンションを買うってそのかねはどこから出てくるんだよ!?」


「以前言った、株と仮想通貨が好調なのよ。既に将尚の生涯賃金くらいは稼いだわ」



 ええ!?俺の生涯賃金いくらなんだよ!?



「ほら」



 スマホを見せる花音。



「あ!すごっ!カツくんの生涯賃金どころか、お姉さんのを足しても追いつけない!」



 いやいやいや!いくら稼いだの!?



「200~300平米のマンションを買うわ。そこに3人住みましょう」


「そんな広い部屋のマンションは存在しない!」


「じゃあ、建てるしかないわね」


「富豪か!」



 夢の中でも花音は常識から飛びぬけている。



「そんな事より、問題は寝室よ。私は絶対恭子と一緒に寝ないわよ!」


「それさ、一回ちゃんと聞こうと思ったんだけど、なんで花音ちゃん、お姉さんと同じベッドじゃ嫌なの!?」



 俺は思い当たる節があるけど、ノーコメントで。夢の中の俺も黙秘を決め込んだようだ。



「あなた寝てる間に自分がなにしてるか知ってるの!?」


「……何してるの?」


「もういいわ。私は将尚と一緒に寝られるキングサイズのベッドを買うわ」


「それじゃあ、お姉さんが一人寝で寂しいじゃない!」


「恭子にもキングサイズを買ってあげるから」


「それなら、三人で寝たらベッド一個で解決じゃない!そんな家の中にキングサイズのベッドが2つも3つもある家なんてないわよ!そんなにベッドばかりで、どこに寝るのよ!?」



 夢の中でも恭子さんは楽しい人だ。家中ベッドだったら、どこにでも寝られるだろうに。



「私は嫌よ、恭子と3Pなんて」


「むしろ、お姉さんが花音ちゃんを抱くわ!」


「やめてよ。冗談でも」



 あぁ……夢の中とはいえ、なんて会話をしているんだ。モラルとかそういう概念はどこかに捨てて来たのか。



「だいたい、カツくんベッドの上では野獣だから!ケダモノだから!花音ちゃんなんて簡単に壊されちゃうからね!?」



 酷いこと言うなよ、恭子さん。



「……それは一理あるわね」



 あるんかーい!



「でも、私は見られながらするのも、しているのを見るのも嫌よ」


「一度試してみたら、新しい扉が開くかもしれないし……」


「そんな扉開かなくていいわ。かんぬきかけて釘で2度と開かないように打ち付けてやるわ」



 恭子さんはどこを目指しているのか!?一度しっかり話し合う必要がありそうだ。


 

「とりあえず、『えっちぃことは無し』という事で、三人一緒に寝てみたらどうかな?真ん中がカツくん」


「まあ、将尚を乗り越えてこないなら……」



 それでいいのか!?夢の中の花音!俺的にはハーレムだよ!?両手に華だよ!?



「じゃあ、普段お買い物とかは?二人で行く?三人?」


「三人でしょ」


「近所の人に変に思われないかな?」


「変に思う人は変に思っていたらいいわ」


「花音、男前すぎるだろ!」



 やっと夢の中の俺が発言した。



「でも、そんなに深く付き合う人なんてそうそういないと思うわ」


「それはそうかも」



 なにこの、三人のラブラブ・ハッピーライフみたいなの。夢の中では、日ごろの生活をどうするのか話し合っている状態?



「ところで、お腹空かない?夕飯なににする?」


「カレーなら私、自信あるわよ?」


「花音ちゃんのカレー!美味しいよねぇ」


「まあ、カレーしか作れないのだけど」


「あれだけ美味しかったら十分じゃない!?美人の作ったカレーってことで売れるわ!お姉さんなら1杯1万円までなら出せる!」



 課金すんなよ。恭子さんはどうも課金の気がある。



「あ、でも、ジャガイモがもうなかった。カレールーも半分くらいしかない」



 夢の中でも恭子さんの食材ストック把握能力は高い。瞬時になにがあり、なにが足りないのか分かるみたいだ。もう、主婦だろこれ!



「じゃあ、買いに行きますか」


「そうね」



 三人で買い物に出ることになったらしい。左手に恭子さん、右手に花音、両方手をつないででかけるのか。三人で歩くと歩道に横いっぱいだし良いのかそれ!?

 ……夢の中までそんなことを気にする俺の方がどうかしているのか!?


 スーパーでは、俺がカートを押していた。花音は後ろから俺の上着の裾を摘まんでついてくる。

 恭子さんは、アグレッシブに食材を選んでカートに持ってくる。それぞれ性格が出てるなぁ。


 ただ、周囲の客からすごく注目されてる。二人は容姿的にすごく目立つからだろう。


 その二人が楽しそうに買い物しているのだ。周囲の男性客もほわほわと癒された顔をしている。一方で俺に対する目が厳しい!この夢、俺にやたら厳しくないですか!?


 色々話し合っていたようだけど、所詮は夢。何一つ決まっていないようだった。


 以前の夢が衝撃的すぎて、また同じような夢を見てしまっただけだろう。大体、以前の夢で見た俺が住んでいた家は物凄く広かった。


 俺ではあんな家を買うことも借りることも不可能だろう。夢だから、その辺りは花音がなんとかした感じかな?実にご都合主義だ。


 花音が株や仮想通貨をしているなんて話は聞いたことがない。


「彼女ならなんかできそう」という漠然としたイメージが夢に反映したのか。



「あ、カツくん!」



 恭子さんが肉を選びながらクルリとこちらを向いて話しかけてきた。カレーの肉は、牛肉か豚肉かという話だろうか。



「そろそろ起きないと、夏休み最終日だよ?」


「は?夏休み!?」


「私はもうひと働きしないといけないんだったわ。やれやれだわ」



 夢の中の俺は働いているんじゃなかったのか!?俺の意識は夢の中で薄れていくのだった。


『チリーン』


どこかで鈴の音が聞こえた気がした。見てはいないけれど、俺はそれがあの「地獄蒸しプリン・キーホルダー」の鈴の音だと理解していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る