第34話:花音の心配と天丼
健郎&明日香と委員長、花音と俺の5人でカラオケに行った帰り、花音から時間は無いかと誘われた。
なんでも花音はすごくかわいい表情をしていたという事だったが、俺だけそれが見れなかった。クラスではクールビューティーで通っている花音だから、普段はあまり感情を表情に出さない。
それは彼女の本質ではないと思っていたけれど、そのかわいい顔というのが花音の素の顔ならば是非見てみたい。そして、クラス内でそう言った表情が出せるようになるのならば、俺としてはどこか嬉しい気持ちもあった。
花音がクラスに溶け込んだという表れでもあるのだから。少し残念な気持ちもあるけれど、これは俺が狭量だからだろう。
ちょくちょく誘ってくる花音に俺は言わないといけないことがある。俺は旅行に行って、恭子さんにプロポーズまでした男だ。ここでフラフラするのはよくない。恭子さんと花音の両方に失礼になる。ここで全てを話して、恭子さん一筋で行くことを伝えようと思った。
向かった先はファストフード。1階から5階まで1つのお店で、注文は1階。2階から5階はイートインスペースになっているタイプのお店だった。平日夕方の微妙な時間だったため、5階の窓際のカウンター席は完全に空いていて誰も座っていなかった。テーブル席は10席ほどあったが、2席しか埋まっていないようだ。
5階のカウンターは全面がガラス張りで、見下ろすと下には街を歩く人がたくさんいた。
俺はカフェオレ、花音は紅茶を注文した。テーブルの上にはトレイ1つとそれぞれの飲み物が目の前に置かれていた。
「……」
「……」
なんとなく無言。俺は熱すぎて飲めないカフェオレのふたを開けて、早めに冷やすことを考えていた。
「自動車ね。恭子も考えたものね」
「ん?」
「顔を向き合わないで、個室で、込み入った話ができる場所。私だと
俺が恭子さんに色々話した場所のことを言っているのか。確かに高校生の俺たちにとって、車で移動中に相談事を話すなんて発想は出てこない。仮にタクシーなどを考えたとしても、車と言えば必ず運転手がいるわけだから。
仮に思い付いても実行することができる可能性が低いことだってあるだろう。
花音は有能だが万能ではない。こういったところが「出来ないこと」なのかもしれない。
「将尚、多分お盆休みくらいまでには恭子が何とかなると思うから、もう少し頑張りなさい」
若干また期間が「夏休み中」から「お盆休みくらい」になってるような気がするけど、ここはツッコんだら負けなのか?帰ったら恭子さんに教えてもらうか。
「夏休み中は模試もあるのよ?そっちでも勝負してみる?」
冗談じゃない。中間、期末テストは過去問があるので8割くらいは問題が分かってる。それでも花音に勝つには全力でやっても20点も30点も手加減してもらわないと勝てないのに、模試とかなったら範囲が広すぎて勝てる訳がない。
「俺が花音に勝てるわけないだろ」
両手をすしざんまいして降参のポーズをした。
「あら、じゃあ。今度の模試で私の志望校のC判定を出したら、2学期中間の勝負をしなくてもいいようにしてあげるけど?」
「ホントか!?」
「しかも、今回の模試は、範囲のメインがこの間の期末テストと近いから手も足も出ないってことはないはずよ」
A判定とか、B判定なら無理でも、C判定くらいなら……正直、2学期中間でまた花音に勝てる気はしない。
ところが、C判定を取ればいいだけとなれば、ハードルは下がった気がする。
「時期的にもお盆休み直前くらいにあるテストだし、ちょうどいいんじゃないかしら?」
「そうか。いや、ちょっと待て。何をどう勉強したらいいんだ!?」
「ふぅ、全く将尚は……これまで受験勉強って全くやってこなかったんでしょ?」
「まあな」
家から出ることしか考えていなかった。将来を考え始めたのは恭子さんとのことを考え始めてからだ。
「これを飲んだら、下の本屋でちょうどいい問題集を教えてあげるから、それを夏休み中やったらどうかしら」
「うーん、俺にできるかな……」
今まで問題集を1冊やり上げたことってないんだよなぁ。そんな熱意はなかったし。恭子さんのためにも大学に行くって決めたけど、なにをどう頑張ればいいのかは先送りになっていた。
「受験範囲が10日間で復習できるものだから、将尚でも頑張れるんじゃない?」
「10日間!」
確かに10日間くらいなら頑張れそうだ。
■■■
花音に言われて下のフロアにあった広い本屋さんに来た。
参考書・問題集コーナーで花音は迷わず1冊を手に取った。
どうして初めてきた本屋で、問題集コーナーに迷わず来れて、本棚から1冊を選べるんだ!
言われるがままに問題集を受け取った。確かに薄い。全部で20~30ページくらいしかない問題集。それは「国語」と書かれていた。
「3年間の総復習が10日間でできるのだから便利でしょう?」
確かに。これなら一気にやれば数日で終えられるかもしれない。しかも、家には恭子さんがいる。分からない問題は彼女に聞けばいい。
「とりあえず、国語と数学Ⅰと物理だけやれば今度の模試には十分だから。気に入ったら他の教科をお盆休み以降でやればいいでしょ?」
「たしかに!」
なんかやれる気になっている。今すぐ帰って問題集を始めたい気になっている。
「大丈夫みたいね。じゃあ、お礼にこの間のコンビニまで送ってちょうだい」
まだそんなに暗くないけど、お礼だもんな。良い問題集を教えてもらった。花音の太鼓判が押された問題集なら、真剣に取り組んで無駄ってことはないはずだ。
■
いつかのコンビニの駐車場にきた。以前、花音にキスされた場所だ。少し思い出してちょっとテレる。今、横を歩いている超絶美少女が俺にキスを……花音の横顔を見ると、唇が気になった。
「あ、将尚、言い忘れたことが2つあったわ」
「なに?」
花音の唇を見ているのがバレたのかと思って、ちょっとびっくりしてしまった。
それにしても、花音がなにか言い忘れるなんて珍しい。しかも2つも。
「1つは模試の件、一応勝負なのだから、私が勝ったら1日デートして頂戴」
「は!?」
そう言えば、俺がC判定取れなかったときの罰ゲームもないし、この勝負そもそも花音にメリットがない!
「どこに行くかは私が決めるわ。拒否権はないので覚悟しておくことね」
なんか壊滅的にヤバいところに連れて行かれそう。ホテルとかだったらもう終わりだ。
「あともう一つは?」
「夏休み前後で、もし何かあった時は、絶対に自暴自棄にならないで。必ず私に電話してきなさい。あと、その時は絶対に電車に乗らないで」
なにそれ。模試で負けた時の伏線的なやつをここで張っておいたってこと?
よーし、絶対C判定だして花音に吠えずらかかせてやろうじゃないか。
俺だってやればできるという事が、前回の期末テストで分かったんだ。
「あ、あと、これはついでだけど、首の後ろのところ。今日ずっとタグが出ていたわ」
「え!?嘘!?」
そういうことはもっと早く言ってよ!俺は首を下げて、後ろの方を向き
次の瞬間、首回りが柔らかいものに包まれた。
……花音がクビに抱き着いていたのだ。やわらかいし、すごくいいにおい。俺は本能的に止まってしまった。
やられた!2度目だ!しかも同じ場所!自分のダメさを痛感した。
普通なら俺の方が背が高いから、花音がいくら抱き着こうとしても届かない。
でも、今は花音に言われるがまま俺はしゃがんでるし、花音が抱き着くのがギリギリまで分からないようにご丁寧に自ら後ろを向こうとしている。花音の有能さが凄まじいのか、俺の気づかないぶりが終わってるのか……
「今日は楽しかったわ。次のデートも楽しみにしてるわね」
花音が耳元で言ったかと思ったら、すっと離れた。
「おまっ…」
「この方法、あと2回くらい使える自信があるわ」
そう言いながら、少し微笑んで花音が手を振りつつ家の方に去って行った。
「俺、ダメすぎだろ……」
完全に俺の負けだった。花音さんに俺が勝てるわけがないのだ。
しかも、別れ際の頬を赤らめてほほ笑んだ笑顔。俺の心にグッサリ刺さってやがる。
でも、良い問題集も教えてもらったし、これを頑張れば2学期中間の勝負もチャラにできるし、何より今度の相手は花音じゃない。
これはメリットばっかりじゃないか~!?
■■■
マンションに戻ったら、玄関の入門一番に恭子さんに抱き着かれた。
「カツくんから……花音ちゃんのにおいがガッツリする!しかも、メスの花音ちゃんのにおいが!」
恭子さんが驚愕の顔をしていた。しかも、メスとか言ってやるなよ……
「ごめんごめん。本当に健郎と明日香に誘われてカラオケに行ったんだよ」
あれ?それがどうして花音と…?俺自身疑問に感じ始めてきた。
「きー!カラオケ行って、お茶飲んで、本屋に行って、家まで送って!完全にデートじゃない!しかも、最後抱き合っちゃってー!!ラブラブじゃない!」
「ああ!ホントだ!」
「花音ちゃんめー!」
恭子さんがまたタオルを歯で引っ張って地団駄踏んで悔しがってる。
俺は結局、花音とデートしたってことなのか!?完全な浮気男じゃないか!どこでこうなった!?
「恭子さんごめん。あと、恭子さんがお盆休みくらいまでには問題を解決できるだろうって花音が言ってたんだけど、どういう意味かな?」
「あの子…どこまで分かって……いや、どこまで
なんか、恭子さんが驚いてる。俺は何を伝えたんだ!?このパターン怖い。俺はメッセンジャーにされてるけど、何を運んでいるのか分からないパターン。
「むむむむむ、カツくんを
恭子さんは今日も通常運転だった。
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