第33話:健郎&明日香のお誘い

 久しぶりに家に帰って、おみやげだけ渡して帰るというわけの分からない行動をした日に健郎たけろうからLINEがきてた。



『明日ひま?久々にカラオケ行こうぜ』



 確かに、健郎と明日香とは何度かカラオケに行ったことがあった。俺はあんまり歌わないのだけれど、あの二人とならカラオケも悪くない。

 明日香の「時の流れに身をまかせ」は十八番おはこらしく毎回歌うので、俺も気に入っていた。明日香の歌唱力では、時の流れを気持ち任せきれないところも含めて好きだった。


 ちょっと待てよ。あいつら部活の試合はどうなったんだ?夏にはインハイインターハイがあるって言ってただろう。



『俺も明日香もすぐ負けた』



 負けたんかーい!

 普通なら、3年の夏に試合に負けたらそのまま引退だろう。慌てて受験勉強を始めるところだろうが、おおらかな性格の健郎のことだ、「夏休みは遊ぶ!」とか考えたのだろう。


 明日香も「1日くらいは大丈夫」とか甘いことを考えたのかもしれない。俺も厳しく考えているようだが、夏休みに入ってから、恭子さんと花音と一緒に遊園地で遊んだり、恭子さんと温泉旅行に行ったり、全然受験生の夏休みじゃなかった。


 俺が辛い時に彼らの存在はとても大きかった。その二人からカラオケに行こうと言われたら俺は断れない。別に俺の意志が弱いからではない。人情だからだ。



「カツくん、誰かに一生懸命言い訳している時の顔をしているよ?」



 スマホを握りしめて真剣に考えていた時、コーヒーを飲んでいた恭子さんにツッコまれた。

 花音の時と同じパターンだ!やっぱり俺は色々顔に出やすいのか!?それともこの二人は特殊能力を持っていて?!…馬鹿なことは考えないようにしよう。



「恭子さん、明日、健郎たちとカラオケに行くんだけど、一緒にどう?」


「えー?DK男子高校生JK女子高生の集まりでしょ~!?お姉さんやめとく」


「え?なんで?一緒に行こうよ」


「今日は運転で疲れたし、高校生のエネルギーについて行けないと思う」



 振られてしまった。運転で疲れたのは本当だろう。後で調べてみたら、二日で300kmくらい走っていた。俺は免許がないから分からないけど、大変かな?

 まあ全ての交友関係を共有しなくてもいいか。高校のメンバーの時は高校のメンバーで集まり、恭子さんと出かける時は恭子さんと出かければいいだけだ。



「じゃあ、明日、俺ちょっと行ってくるよ」


「元気ね~。いってら~」



 ■■■



 それで翌日、待ち合わせ時間にカラオケに直行していきなり事件だよ。



 健郎からの「605にいる」ってメッセージを見て、カラオケボックスの605号室に直行したら、部屋に思ったよりいっぱい人がいた。健郎&明日香はもちろん、委員長がいて、さらに……



 花音かのんまでいた。



 先日、送って行った時にキスされたから……ちょっと気まずいんだよなぁ。

 大体、俺含めて5人じゃん!その時は5人で行くって知らせてくれよ!帰ったら恭子さんに怒られるわぁ。

 部屋は15人は楽に入りそうなゆったり広い部屋。夏休みとはいえ、平日の朝だ。そうそうカラオケ屋が混み合うとは思えない。余裕のある部屋をチョイスできたのだろう。


 部屋の中央には長テーブルが2つ付けて置かれていて、それを取り囲むようにソファ状の椅子が設置されていた。

 部屋の半分くらいは空きスペースでステージこそないが、そこで立って歌うことができるようになっていて、そこから見える壁には大画面のモニターが設置されていた。



「よ!将尚かつひさ来たな!」



 健郎はグレイのパーカーに紺のジャケット、カーキのチノパン。なんかかっこいい。背が高いから何を着ても似合う感じ。



「おはよ~、ご飯食べた?」


「まあ、一応……」



 店のオープンが10時だったので、朝ごはんは食べてきた。

 なぜ明日香は、着く早々ご飯の話を!?そんな明日香は、ブラウン系の凄くダボダボした服を着ていた。掌は半分くらい袖で隠れていて、これはこれで可愛い感じ。

 襟首辺りも余裕があるデザインで、ショートカットという事もあり、うなじの辺りがごっそり見えて結構ドキドキする。

 ダボダボシャツからは直接脚が見えるので、多分ショートパンツなどを履いているのだと思うけれど、何となくなにも履いていないように見えてエロい。



「将尚おはよう」


「おはよう」



 花音はクールビューティー・モードらしい。前髪はピンで留めてある。ちょっと印象が変わって新鮮。白っぽいワンピースでノースリーブ。ワンピースは生地がすごく薄くて下に着ている黒い服が透けて見ていた。鞄とサンダルも黒系でコーディネートされていた。


 単なるシースルーだと思っても、なんかエロいよな。つい見てしまうんだけど……めちゃくちゃ可愛い……こいつ、絶対自分の可愛さを知っていて、最大限に攻撃力がある服を選んできたに違いない。



「武田くん……おはよ」


「おはよ」



 委員長はちょっと控えめ?まだ少し申し訳なさを醸し出している。俺がいるって知っていただろうに、よく来たなその感じで。


 黒系のシャツにブルーのジャケット、タイトジーンズのパンツでいつもの髪留めはなく、その代わりにオレンジのカチューシャが頭に付けられていた。なんかピッシリしていて委員長らしい服装だった。



「これで全部?」



 俺は健郎に恐る恐る聞いた。



「おう、声かけたやつ全部きた!」



 健郎、頼む。声かけたやつ全部を事前に知らせてくれ。俺は、陽キャじゃないんだから、来るときにマインドセット心構えが必要なんだよ。



「ね?ね?ここみんなで割り勘なんだけど、パンケーキセット注文していい?注文していい?」



 明日香が前のめりで聞いてきた。メニューの写真を見せてくるのだが、大きな皿に分厚いパンケーキが5段は乗っていて、上には色々なベリーが大量に乗っていた。生クリームとメイプルシロップもたっぷりで、俺の場合見ただけでお腹いっぱいなメニューだ。

 明日香たちが数人がかりで食べるんだろうと思って、Vサインを出してOKした。



 カラオケは順調にみんな歌っていた。広いからすぐ横に座ったら会話もできる。平日昼間だから6時間まで1000円で、学割が利いて800円なので今日は1日ここにいることになりそうだ。

 エアコンも効いているし、電源もWi-fiもあるし、ジュースは飲み放題。住めるな。

 ちなみに、冒頭で注文したパンケーキは女性陣3人でシェアしたら一瞬でなくなった。余ったときの心配を一瞬でもした俺は無知だった。


 みんな最新の曲を歌ったり、定番の曲を歌いあげたり、楽しみ方を知っているようだ。俺も明日香の「時の流れに身をまかせ」を久々に聞けたので満足だ。歌い終わったら、明日香が俺の右横に座った。



「将尚くん、私が歌ってる時、なに気に私のこと見てるよね?好きなの?」



 明日香の歌は好きなんだが、どう答えるのが正解なのか……腕組みして考えてしまった。



「マジか!?将尚、いくら将尚でも、明日香はやれんぞ!」



 健郎、お前は彼女の父親なのか!?明日香を奪っていくことはないからしっかり捕まえておいてくれ。ラブラブのお前たちの間に割って入る勇気など俺にはない。

 健郎と明日香は移動して一緒に次の曲を探している。デュエットでもするのだろうか。



「あ、私、ここ邪魔してる!?ちょっとおトイレ行ってくるね!」



 そう言って、俺の左隣に座っていた委員長がトイレに行った。それを見計らってか、横に花音が座った。



「昨日、恭子と旅行に行ったのね。どこに行ったの?」



 開口一番それ?何故それを知っている!?恭子さんか!?恭子さんが花音に伝えたのか!?



「ちなみに、どの辺を見てそのように思われたのでしょうか……」



 俺は腰が低いサラリーマンの様な口調で、花音にどこを見てそう思ったのか尋ねてみた。今後、色々と悟られないために参考にしたいのだ。



「まず、将尚はここ数日で少し焼けたわ。数日間の天気と紫外線の量から、概ね午前中の約4時間に外にいたと推測できるわ。午前中に4時間も外にいるのならば、この時期も考慮に入れて恭子とドライブか旅行ね。2日目の午前中と考えるのが自然でしょう?なら、旅行。最近の自動車の窓ガラスはUVカットがフロントガラスでカット率99%以上、サイドのガラスで90%以上と考えれば、移動中はほとんど焼けないわ」



 ……ダメだ。俺、花音に何かを隠すこととかできないわ。何も言ってないのにこれだけの情報を拾っている花音がすごいのか、何も言っていないのにこれだけの情報を垂れ流している俺がダメなのか。



「ちなみに、移動時間は3~4時間だから、休憩時間も考慮したら、移動先駅前から片道約150kmで候補は3か所程度。これ以上絞るには情報が足りないから、将尚に聞けば分かると思ったわ」


「分かった!分かった。もういい。俺は花音に隠し事なんて出来ない男ってことが分かった」


「……」



 俺はちょっと自分に幻滅してため息をついた。



「嘘」


「ん?」


「昨日、恭子からメッセージが来たわ。将尚と旅行に行ったって。悔しいから……意地悪してもっともらしいことを言っただけ。私をそんな怖い女って目で見ないで……」



 俺の左腕の袖を親指と人差し指と摘まむようにして、花音が弱々しく言った。普段の自信満々の姿はどこに行ったんだ。


 花音はうつむいたまま表情は読み取れない。部屋内で、誰かが歌っているのに、誰も俺と花音に話を振らない。絶対みんな変な勘違いして気を使ってるだろ!


 違う!違うんだ!俺と花音はそういう関係じゃない!


 ただ、花音がこんなにしおらしいと逆に気になってしまう。俺は横を向いて、花音が摘まんでいる指に手を添え言った。



「俺は花音を怖がってなどいない。ただ、優秀過ぎていつも驚いているだけだ」



 花音は何も言わず俺の反対側を向いてしまった。また俺は期待外れのことを言ってしまったのだろうか。


 ガチャ、と花音が向いている方向の扉が開けられ、委員長が戻ってきた。開けた瞬間愕然とした顔をしていた。



「なななななななななに!?藤倉さん……その顔…めちゃくちゃ可愛い……」



 委員長が真っ赤になって腰砕けになっていた。



「なに?花音、どんな顔してるの?」



 花音の顔を見ようと回り込むが、全然違う方向を向かれてしまった。顔が真っ赤なのは一瞬分かったけど、顔が見えない。

 可愛い顔ってどんな顔!?普段から整ってて可愛いけど、あれにさらに上があるの!?


 俺がなんとか、花音の顔を見ようとしてたら、少し離れたところにいた健郎も真っ赤になっていた。どうした、健郎。



「ヤバイ、おれ、ちょっと藤倉さんに惚れたかも……笑顔にやられたかも……」


「ちょ!健郎しっかりして!」



 明日香が健郎の視界を遮りながら正気に返そうとしている。

 なに?花音笑顔なの?その、人の人生を狂わしそうな笑顔ってどんなの!?俺も見たいんだけど!



 結局俺だけその可愛いと評判の花音の笑顔を見れず、みんなは歌を再開した。


 ここ数時間での女子間の連帯感が半端ない。



「藤倉さん!これから花音ちゃんって呼んでいいかな?私のことも明日香って呼んで!」


「私もそう呼びたい!私も弥生やよいって呼んで!」


「ん」



 花音が珍しく押されている。

 委員長は、上月弥生かみつきやよいという名前だったのか。正直、今初めて知った。


 なんか三人で抱き合って自撮りしてるんだが……どういう心境の変化なんだよ。


 

「花音ちゃん!私、めちゃくちゃ応援してるから!健郎も協力させる!」


「わたっ、私も応援してる!」


「ありがと」



 なに?なにがあったの?花音がめちゃくちゃ応援されてる。あいつは何を応援されているんだ。



「よかったな。将尚、協力者が増えて」



 俺の横で健郎がしみじみ言った。

 花音の協力者が増えた事か?まあ、あいつが孤立しているよりは友達が多い方がいいからな。何を応援しているのかは知らないけど、応援してもらえるってのはいいことだろう。




 ■■■



 カラオケの6時間は長いようで、振り返ると意外と短い。制限時間になって外に出ると既に夕方だった。



「あ゛あ゛……もう、ごえ゛がでだい゛……」



 健郎が掠れた声をさらに掠れさせて言った。ハスキーボイスは、これはこれでニーズがありそうだった。カッコいいやつはどうやってもカッコいいのか!?



「健郎、飴あるけど食べる?」


「マジ!?明日香、用意がいいな!食べる食べる」



 そんなカップルのイチャイチャを見せされていると……



「あ!ねえねえ、作戦会議!作戦会議しよう!!」



 委員長が急に健郎と明日香に声をかけ、帰る方向に誘導していった。すごく不自然だから、俺と花音に気を使ったのだろうな。

 委員長は勘違いしていて、俺と花音をなんとかくっつけようとしているから。



「お、おい!なんだよ!?委員長!うわ!将尚、じゃ、じゃあな!また!LINE送る!」


「おう!」



 委員長に引っ張られて健郎&明日香が連れていかれてしまった。俺は手を振って見送った。


 また若干思い込みが激しい委員長の暴走だとは思うけれど……今回は特別、害がある訳じゃないので、俺としては積極的にどうにかしなくても気にならない。元々俺は最低限しか接触しないようにしていた訳だから。



「ちょっと話せない?」



 花音はあの屋上前に立っている時のように腕組みをしながら言った。これが彼女の素なのだろうか。

 カラオケ店でのあの真っ赤になった顔が忘れられない。俺は花音に伝えなければならないことがあると思い。その誘いに乗っかった。

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