第31話:旅館の食事とプロポーズ

 俺は恭子さんとの二人だけの旅館にテンションが上がっていた。

 旅館の部屋は畳!ヤバイ。修学旅行の時の旅館以来だ。俺の家には畳がないんだよな。そもそも和室がないし。

 物珍しさもあって、テンション爆上がりが止まらない。


 旅館の部屋は大きなテーブルがあって、そこに横並びで恭子さんと座った。恭子さんは当然の様にお茶を淹れてくれて、茶櫃ちゃびつの中に入っていた地元のお菓子と思われるものを茶請けにして二人で寛いだ。



「お風呂は残念ながら別々だね」



 その通りで、家族風呂みたいなものはここにはなかった。露天風呂はあるけれど、男女別々だ。一応旅館の人に聞いてみたら、衛生的に問題があるからと言われた。

 考えてみたら、恭子さんと一緒に風呂に入ったら、当然そのまま「いたして」しまうだろう。お湯を張り替えたりするわけじゃないし、その後のお湯に入る人もいるわけで……それが自分たちだとしたら確かに嫌だ。


 旅館の露天風呂はまたテンションが上がる。しかも、親に連れてこられているのではないところが良い。

 既に夕方なので恭子さんと露天風呂に向かって、入り口で分かれ、それぞれ風呂を楽しんだ。

 ただ、家の風呂では一緒に入れるのにひとりの露天風呂はなんだか寂しさを感じた。


 戻りは別に待ち合わせ場所があるわけじゃないのだけれど、恭子さんの浴衣姿を出来るだけ他の人に見せたくなかったのか、ナンパなどを防ぎたかったのか、俺は入り口付近で待っていた。俺狭量過ぎないかな?



「あ、お待たせ。カツくん待ってなくてよかったのに」


「あ、いや……ちょっとね」



 俺は誤魔化した。恭子さんの浴衣姿は……最高に綺麗だった。胸が強調され既にエロい。濡髪も何故か俺の心を落ち着かなくさせる。すっぴんの恭子さんはすごく綺麗で、俺はどちらかというとこの方が好みだった。



「ちょ、あんまり見ないで。すっぴん恥ずかしいから」



 どうやら見過ぎたらしい。俺の視線はすぐに見つかってしまった。


 俺のガード(?)の甲斐あってか部屋には何事も無く戻れた。温泉の次は食事。部屋食だった。今度はテーブルに向かい合わせで座った。


 広いテーブルに食べきれない量の料理が並んでいく。これまたテンションが上がる。「ザ・和食」って感じ。

 刺身、てんぷら、茹でガニ、真薯(?)、お吸物、ご飯……恭子さん相当奮発してるよな!?これお金、大丈夫なの!?


 一番面白いのは、紙の鍋の中にダシと魚の切り身などの具が入っている鍋料理。

 下から固形燃料で炙っているのに紙が燃えたり穴が開いたりしない。紙なのにちゃんと鍋の器として機能している。



「紙の温度は200℃とか300℃とかにならないと火がつかないそうなんですよ。中にお出汁だしが入っているから、100℃以上にならなくて燃えないんですよ」



 若い仲居さんが固形燃料に火を付けながら教えてくれた。よどみなく言えるあたり、何度も客に説明しているのだろうと思った。



「あ、お酒ってどんなのがありますか?」


「おビールと日本酒と…」


「日本酒はどんなのが!?」



 恭子さんが日本酒に喰いついた。エロエロ・モードになってしまう……



「地元のお酒で辛口のものがお勧めです。和食に合うんです」


「じゃあ、それを」


「では、すぐにお持ちしますね。先にお食事を召し上がっててください」


「あ、はーい。お願いしまーす」



 仲居さんは行ってしまった。



「さすが接客業、仲居さん感じいいね」


「確かに」



 出しゃばらずに適度に世間話ができるって意外と難しいかも。あと笑顔が気持ちいい。



「ああ言ってたし、お料理先にいただきましょうか」


「そうだね」



 恭子さんの提案で食べ始めた。



「「いただきます」」



 恭子さんは、お吸物から食べ始めた。



「あ、お吸物美味しい」



 美味しいものを「美味しい」って言える人いいよな。理想が恭子さんなのか、恭子さんが理想なのか。それが問題だ。



「恭子さん…今日、ずっと考えてたんだけどさぁ」


「なに?」



 食事しながら俺が話しかけた。



「恭子さんって可愛いよね」


「(ぶっ)なっ、なに言っちゃってんの!?」



 恭子さんがおしぼりで口を拭う。



「ほっ、褒めたって美味しい料理しか出てこないわよ?」



 それでもちょっと照れてるのが可愛い。その後、気を取り直して、鍋の魚を取ろうとお箸で摘まんだ。



「俺たち結婚しようか」



(ぼと…)恭子さんがお箸で掴んでいた魚が鍋に落ちた。顔が固まってる。



「は?え?えと、えと、えと、え?ええ?!」



 なんかお箸を持ったまま、慌ててる。恭子さんがちょっとバグってしまった。



「おねっ、お姉さんアラサーだよ?!カツくんと歳10こくらい違うよ!?」


「ちょっと待ってくれたら追いつくけど?」


「待てないよぉ」



 あぁ、俺の小ボケがスルーされた。



「それに、無職透明だよ?」


「無職だけど、透明ではないよね?」



 しまった。恭子さんのボケもうまく拾えない。



「カツくんが就職するころにはお姉さん30歳超えちゃうよ?」


「ちょっと待たせちゃうかもだけど……恭子さんを幸せにする役は誰にも譲りたくないんだ」


「(すん、すんっ…)」



 恭子さんがおしぼりを目元に当てて、すすり泣き始めてしまった。



「(ぐずっ)うん、うん、うん…うん…」



 おしぼりで目元を押さえながら「うん」しか言わなくなってしまった。またバグった!?



(ガラっ)「お酒お待たせしました~」



 そこに仲居さん登場。部屋に入るや否や「あっ」って顔をした。変な空気の室内をいち早く察知したのだろう。



「カレシさん、仲良くしないとダメですよぉ。綺麗なカノジョさんが泣いてますよぉ」



 できるだけお客さんを刺激しないようにたしなめ、恭子さんの味方をしてくれたみたいだ。



「あ、今、結婚しようって言ったら、その……泣いちゃった感じで……」


「まあ!まあまあまあ!まーあ!それはそれはー!おめでとうございまーす!」



 一転、仲居さんが満面の笑顔で祝福してくれた。恭子さんの背中に優しく触れた。恭子さんは相変わらず「うん」しか言わない。



「あ、私、板長に言ってデザートをサービスで豪華にしてもらうようにしてきますね♪」



 ぴゅーといなくなった。どっちかというと逃げて行った。またも空気を読んで退室したのだろう。コースについていたデザートは豪華にしてもらえるのかもしれない。



 その後、恭子さんが首に抱き着いてきたので、しばらく頭をなでていた。



「カツくんは、お姉さんをどうしようとしているの!?」


「どうって…幸せに?」


「うー……馬鹿。カツくんがいじめる……」



 また泣き始めちゃったよ……



「アラサー女に結婚しようとか言ったら、全財産渡すからね!」


「それは普通ダメだろう。俺は結婚詐欺か何かなのか」


「これでカツくんに振られたら、お姉さんもう生きていけないからね」


「なぜ、振られる前提!?」



 その後、恭子さんは泣きながらご飯を食べていた。俺はなんか変な罪悪感を感じてしまった。

 もうちょっとタイミングを考えるべきだったか?だって、いま言いたくなったんだもん。しょうがないよね。



 ■



 夜は盛り上がった。浴衣の恭子さんは、すごく魅力的だった。温泉から帰ってきたときすぐに触りたくなっていたのだけど、我慢していた。旅館というシチュエーションが良かったのか、考え無しの俺のプロポーズが良かったのか、すごかった。


 浴衣は着崩れると、これはこれでいいものだ。胸元の谷間は目が吸い寄せられる。脱がしていっても帯があるので、ずっと「脱ぎかけ」みたいになる。これが萌える!俺は脱ぎかけフェチだったのかもしれない。

 恭子さんもすごく積極的で、俺も凄く頑張ってしまった。


 いつもの様に恭子さんがまだあちらの世界に行ったまま痙攣が止まらない時に俺はふと思った。

 そう言えば、プロポーズの答えってもらったか?何も言わないのは肯定……でいいのかな?と。

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