第24話:花音の意趣返し

 期末テストの順位が貼り出された昼休み、結果を見た後教室に戻った。健郎たけろう&明日香に恭子さんの弁当のことをいじられながらワイワイとご飯を食べた。ついに弁当がキャラ弁になってしまったのだ。どんだけ気合が入ってるんだよ!?


 それだけ騒いでいても、周囲からは何も言われない。確かに、これまでも何も言われなかったけれど「空気」が重かった。それが今では確実に軽い。


 俺は気軽に騒いではいけない「空気」だったし、教室で花音に話しかけてはいけない「空気」だった。俺は空気みたいな実体のないものに捉われていた。俺が「普通」になるために相当な努力をした。「普通」ってこんなに手に入りにくいものだっけ?

 まあ、いいや。とりあえず、俺は「普通」を手に入れた。


 からになった弁当箱を鞄に仕舞っていると、俺の机の前に花音が通過した。俺の机の前を通る瞬間、少しだけスピードを落とし、親指で「上」を示して教室を出て行った。


 また呼び出しだよ。もう、教室で話してよくないかぁ?



 ■■■


 俺は、また屋上前踊り場に向かった。確かに面倒ごとのために向かっていることは分かっているので、足取りは重たいけれど、今までとは全然違った。比重が違うというか、重さの性格が違うというか、違いを感じていた。


 今までは、死刑台の階段を自ら登っていく感じだろうか。自分にとって致命的に悪いことをされるのが分かっているのに、そこには行かなければならない状態。もし、行かないともっとひどい未来が待っているのだ。


 今は、悩みの種が待っているという程度。足の重さが全然違う。



「学年トップおめでとう」



 花音が腕を組んで立っていた。表情は特にない。いつものクールビューティー・モードだ。屋上に出るための扉も誰かが掃除したみたいだから、腰を当てて体重をかけて寄りかかっている。


 クールビューティーは何をしても絵になる。ズルい。



「お前、よくも……2学期も頑張らないといけなくなっただろう!」


「あら、良かったじゃない。この調子でいけば私と同じ大学の推薦が取れるわよ?」


「そんなもん取ってどうするんだよ」


「美少女とキャンパスライフでキャッキャウフフ?」



 自分のことを言っているんだろうなぁ。悔しいけど、美少女なんだよ。すげえ可愛いんだよ。もっと悪魔みたいな顔をしていたら、嫌いになれるのに……


 しかも、なんだかんだ言って、いつも陰で俺を支えてくれている。確かに、2学期中間テストも頑張らないといけなくなったのは大変だけど、自分のためでもあるし。今回でこんくらいやったら、どのくらいの結果になるっているのも少し分かったし。



「私も本気で行くから」



 あぁそうかい……ん?「次回」!?今回は本気じゃなかったってこと!?



「花音、いつもお前何点くらい取ってるの?」


「そうね、各教科落として1問ってとこね。今回みたいに800点満点だったら、790点以上ってところかしら」



 ちょっと待て。花音の今回の点数って、確か770点……20点くらい手加減してる!?



「今回は多めに間違えたから、もしかしたら3位になってしまうかと思ってヒヤヒヤしたわ」



 嘘だ。全然ヒヤヒヤなんかしていない。こいつ、狙って770点取りやがった!俺が何点くらい取るか予想して、それにギリギリ負ける点数。しかも、3位のヤツには負けない点数。3位のヤツって何点だった!?俺はそれすら覚えていない。



「あーあ、私が勝ったら将尚かつひさを取り戻せるはずだったのに悔しいわ。だから、次回のテストは頑張ってしまうと思うの。久々に満点が出るかもしれないわ」



 多分、本当だ。ブラフでもなんでもない。本気で言ってるんだ。そして、俺が負けたら……



「ぐふふふふふふ……」



 俺は両膝に手をつき、中腰になると下を向いて、笑いが止まらなくなった。やっぱり、花音は花音だ。俺如きでは絶対に勝てない最高の元カノなのだ。


 花音が俺に近づいてきて、顎の下に掌を当てて上を向かせた。女の子に初めて顎クイされたわ。



「恭子に『三つ目の問題解決楽しみにしているわ』って伝えてちょうだい」



 これも花音の挑発だろうか。それとも激励だろうか。



「夏休み明けに解決していなかったら、私も参戦するから。そしたら、将尚は恭子とは二度と会えないし、将尚は私と学生結婚することになるわ」



 あああ、ついに未来予知まで言い始めた。そして、花音の場合、それら全てが本当になるので、「洞察力」とか「予想力」とかそういうのだったとしても、俺からしたら「予知」と何ら違いが分からない。


 確か海外ドラマで「メンタリスト」ってあったんだ。霊能者みたいな的中率だけど、実は観察力でその人がどんな人か予想してたりするやつ。それみたいなのか、その上なんだよ、花音のやつは。何せ外さないし、自分が狙った通りの結果に持って行きやがる。


 俺はもうすぐ始まる夏休み中に、恭子さんと一緒に『家族仲が悪い問題』を解決しないといけない。そうしないと俺は花音にお婿さんにされてしまうのだ。



 ■■■



 教室に戻ってきて席に着いた。委員長が近づいてきた。何?俺また何かやっちゃいました!?ああ、このセリフは異世界で言いたかった!


 俺がたじろいでいると、俺の両肩をガシッと掴んで声高らかに言った。



「ごめんなさい!藤倉さんと付き合えないのは私のせいよね!?2学期中間では付き合えるといいわね!私にできることがあったら何でも言って!私なんでもするから!」



 すごい勢いの宣言だった。「私なんでもするから」の部分をもう一度言ってほしい。録音したいから。



「本当にごめんなさい!もし藤倉さんとうまく行かなかったら……私……責任取るから!」



 何?委員長の責任の取り方ってなに!?もう、嫌な予感しかしないんだけど。きっと、彼女の中では、ずっと自分委員長が俺と花音の恋愛を邪魔していたので、俺は花音を取り戻そうと必死になっているストーリーでも出来上がっているんじゃないだろうか。


 思い込みが激しいところは変わらないだろうから、今度は全力で俺と花音をくっつけようとしてきそう。ついこの間まで、崇拝する花音には俺は似合わないと言っていたと思うんだけど……


 ちょっと待てよ。花音の強力な協力者ってことだよな。彼女の性格を十分読んで真逆の行動を自ら取らせている。ここまでは予測してないよなぁ?


 委員長は、よく考えてみて欲しいんだ。「花音が勝ったらよりを戻す」と言うルールだ。俺が花音と付き合いたかったら、テストで負けたらいい訳だ。俺がテストで2点とか取ったらいい訳でしょ?高い点数を取るのは難しいけど、低い点数を取るのは誰でもできる。


 よりを戻したがっているのが誰なのか、いつになったら気づいてくれるのだろうか。花音も恭子さんもかなり頭がいいというか賢いし、相手の気持ちを読んだり、おもんばかったりする能力にけている。


 健郎&明日香は、友達をどんな状況でも信じることができる純粋さというか、強さを持っている。そんなすごい人たちが俺の周囲にいっぱいいると、ついついそれが「普通」と思ってしまう。思い込んでしまう。違う。彼ら・彼女らは「特別」だ。


 自分から見える景色が全てだと思い込み、相手も自分の考えの範囲内だと決めつけてしまう。そう言った意味では、委員長は普通だ。世間一般的な「普通」。彼女が劣っている訳じゃない。彼ら・彼女らがけているだけなのだ。


 つまり、俺は2学期中間テストで花音に勝てば、花音と付き合えない。そこに責任を感じた委員長がいるわけで、俺は合法的に委員長を抱いてもいいという事に……



(バシッ)「いてっ」



 俺の席の後ろを花音が通りかかったときに、俺の後頭部を叩いて行った。振り向いて花音を見たが、こちらに顔が見えないように自分の席に去っていった。まさか、ホントに俺の考えが読めている訳じゃないよな?


 そんなやつに俺は次回も勝てるのか!?あいつ本当に満点取るに違いない……



 ■■■



 恭子さんのマンションいえに戻った。結果はLINEで既に送っていたけど、ドアを開けて家に入ると、恭子さんが首に飛びついてきた。



「くんくん、花音臭なし、ヨシ!」



 恭子さんがなんか変なことを言った?



「きゃー!おめでとー!!がんばったねー!」


「ありがとう、恭子さん」


「ご褒美は何がいい?ノーパンしゃぶしゃぶ?女体盛り?あわび?マンゴー?」



 なんかすごいパワーワードがねじ込まれてたし、単なる下ネタも詰め込まれてたし、どこからツッコんでいいのか……あれ?これ「ツッコまれ待ち」とかとかかってる!?


 夕飯は普通にハンバーグにしてもらった。いつかのハンバーグがめちゃめちゃ美味しかった。ちょっと忘れられない味になってしまっていた。食べながら色々細かい報告などした。



「実は花音にまた呼び出されて……」


「もしかして……」



 これだけ言ってもう理解してくれたようだ。恭子さんもすぐに思いつくという事は、花音の手加減を予想していたという事だろう。



「ぐぬぬぅーまたしても花音ちゃんー!」


「俺が775点で、花音が770点。どうすればそんな5点差とかで狙って負けることができるんだろ!?」


「なに?あの子、神なの?あと、カツくん読まれすぎじゃない?」


「俺!?原因は俺だった!?」



 確かに。今日も委員長の事を想像してたら、花音にツッコまれたし。俺は全てが顔に出るのか?表情に出にくいといつも健郎と明日香には言われているのだけど……

 そもそも今回数学でポカやって予想より低い点数になったんだ。そこまで考慮して5点負けるって……



「そうそう、俺の『家族仲問題』は夏休み明けまでに解決しろって。そうじゃないと花音が参入してくるってさ」


「え?以前よりリミットができたというか、短くない?なにか状況が変わったのかな?」



 以前の話し合い(?)では、この問題についてのリミット期限はなかったはずなのだ。



「さあ、家のことなんて俺も知らないんだけど。帰ってないし」



 なんで花音が俺より俺の家のことに詳しいんだよ!?



「お父様とかお母様が学校に来てたりしないの?」


「いや、聞いてないな。それだと花音が知ってたら教えてくれそう」


「何気に花音ちゃんに絶対の信頼を置いてるわよね!?」


「そ、そうかな?」



 恭子さんの嫉妬が始まってしまった。今夜は長くなりそうだ……



「一度教室に琴音ことねが来たくらい?」


「忘れてた!妹ちゃんね?琴音ちゃんの顔を見て何かに気付いたのかもね」



 そうか、恭子さんは俺からの話だけで全て想像してるんだ。花音よりも少ない情報で色々考えているわけだから、かなり高度なことをしている!?やっぱりこの人も天才だった……

 凡人としては、できるだけ多く恭子さんに情報を渡さないといけないのか。



「あ、恭子さん、話し戻るけど、夏休み明けまで問題解決できなくて、花音が参入してきたら、俺と恭子さんは会えなくなって、俺は花音と学生結婚することになるらしい」


「ちょっと、なにそれ!?あの子、いい加減にしなさいよね」


「どういうこと?」


「うーん、分かんない。花音ちゃんチート過ぎる……」



 振り返ってみれば、恭子さんと花音で「クラスの当たりが強い問題」は解決するって言ってた。その通りになっている。凡人の俺に学年1位を取らせる恭子さんも凄いけど、クラスの空気をたった1日で真逆に変えた花音も凄い。


「花音との仲問題」は恭子さんが「ペンディング延期にしたい」といったので、実際2学期中間テストまでペンディングになってる。こうも予定通り、言った通りってあの話の中で、花音はこの状態を想像して話をしたのだろうか。

 改めて、チート美少女の凄さをまざまざと見せつけられた。


 そして、第3の問題「家族仲問題」を夏休み明けまでに解決。これは恭子さん担当という事だった。当然、俺の問題だけど。

 もうすぐ、夏休みが始める。

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