第24話:花音の意趣返し
期末テストの順位が貼り出された昼休み、結果を見た後教室に戻った。
それだけ騒いでいても、周囲からは何も言われない。確かに、これまでも何も言われなかったけれど「空気」が重かった。それが今では確実に軽い。
俺は気軽に騒いではいけない「空気」だったし、教室で花音に話しかけてはいけない「空気」だった。俺は空気みたいな実体のないものに捉われていた。俺が「普通」になるために相当な努力をした。「普通」ってこんなに手に入りにくいものだっけ?
まあ、いいや。とりあえず、俺は「普通」を手に入れた。
また呼び出しだよ。もう、教室で話してよくないかぁ?
■■■
俺は、また屋上前踊り場に向かった。確かに面倒ごとのために向かっていることは分かっているので、足取りは重たいけれど、今までとは全然違った。比重が違うというか、重さの性格が違うというか、違いを感じていた。
今までは、死刑台の階段を自ら登っていく感じだろうか。自分にとって致命的に悪いことをされるのが分かっているのに、そこには行かなければならない状態。もし、行かないともっとひどい未来が待っているのだ。
今は、悩みの種が待っているという程度。足の重さが全然違う。
「学年トップおめでとう」
花音が腕を組んで立っていた。表情は特にない。いつものクールビューティー・モードだ。屋上に出るための扉も誰かが掃除したみたいだから、腰を当てて体重をかけて寄りかかっている。
クールビューティーは何をしても絵になる。ズルい。
「お前、よくも……2学期も頑張らないといけなくなっただろう!」
「あら、良かったじゃない。この調子でいけば私と同じ大学の推薦が取れるわよ?」
「そんなもん取ってどうするんだよ」
「美少女とキャンパスライフでキャッキャウフフ?」
自分のことを言っているんだろうなぁ。悔しいけど、美少女なんだよ。すげえ可愛いんだよ。もっと悪魔みたいな顔をしていたら、嫌いになれるのに……
しかも、なんだかんだ言って、いつも陰で俺を支えてくれている。確かに、2学期中間テストも頑張らないといけなくなったのは大変だけど、自分のためでもあるし。今回でこんくらいやったら、どのくらいの結果になるっているのも少し分かったし。
「私も次回は本気で行くから」
あぁそうかい……ん?「次回は」!?今回は本気じゃなかったってこと!?
「花音、いつもお前何点くらい取ってるの?」
「そうね、各教科落として1問ってとこね。今回みたいに800点満点だったら、790点以上ってところかしら」
ちょっと待て。花音の今回の点数って、確か770点……20点くらい手加減してる!?
「今回は多めに間違えたから、もしかしたら3位になってしまうかと思ってヒヤヒヤしたわ」
嘘だ。全然ヒヤヒヤなんかしていない。こいつ、狙って770点取りやがった!俺が何点くらい取るか予想して、それにギリギリ負ける点数。しかも、3位のヤツには負けない点数。3位のヤツって何点だった!?俺はそれすら覚えていない。
「あーあ、私が勝ったら
多分、本当だ。ブラフでもなんでもない。本気で言ってるんだ。そして、俺が負けたら……
「ぐふふふふふふ……」
俺は両膝に手をつき、中腰になると下を向いて、笑いが止まらなくなった。やっぱり、花音は花音だ。俺如きでは絶対に勝てない最高の元カノなのだ。
花音が俺に近づいてきて、顎の下に掌を当てて上を向かせた。女の子に初めて顎クイされたわ。
「恭子に『三つ目の問題解決楽しみにしているわ』って伝えてちょうだい」
これも花音の挑発だろうか。それとも激励だろうか。
「夏休み明けに解決していなかったら、私も参戦するから。そしたら、将尚は恭子とは二度と会えないし、将尚は私と学生結婚することになるわ」
あああ、ついに未来予知まで言い始めた。そして、花音の場合、それら全てが本当になるので、「洞察力」とか「予想力」とかそういうのだったとしても、俺からしたら「予知」と何ら違いが分からない。
確か海外ドラマで「メンタリスト」ってあったんだ。霊能者みたいな的中率だけど、実は観察力でその人がどんな人か予想してたりするやつ。それみたいなのか、その上なんだよ、花音のやつは。何せ外さないし、自分が狙った通りの結果に持って行きやがる。
俺はもうすぐ始まる夏休み中に、恭子さんと一緒に『家族仲が悪い問題』を解決しないといけない。そうしないと俺は花音にお婿さんにされてしまうのだ。
■■■
教室に戻ってきて席に着いた。委員長が近づいてきた。何?俺また何かやっちゃいました!?ああ、このセリフは異世界で言いたかった!
俺がたじろいでいると、俺の両肩をガシッと掴んで声高らかに言った。
「ごめんなさい!藤倉さんと付き合えないのは私のせいよね!?2学期中間では付き合えるといいわね!私にできることがあったら何でも言って!私なんでもするから!」
すごい勢いの宣言だった。「私なんでもするから」の部分をもう一度言ってほしい。録音したいから。
「本当にごめんなさい!もし藤倉さんとうまく行かなかったら……私……責任取るから!」
何?委員長の責任の取り方ってなに!?もう、嫌な予感しかしないんだけど。きっと、彼女の中では、ずっと
思い込みが激しいところは変わらないだろうから、今度は全力で俺と花音をくっつけようとしてきそう。ついこの間まで、崇拝する花音には俺は似合わないと言っていたと思うんだけど……
ちょっと待てよ。花音の強力な協力者ってことだよな。彼女の性格を十分読んで真逆の行動を自ら取らせている。ここまでは予測してないよなぁ?
委員長は、よく考えてみて欲しいんだ。「花音が勝ったらよりを戻す」と言うルールだ。俺が花音と付き合いたかったら、テストで負けたらいい訳だ。俺がテストで2点とか取ったらいい訳でしょ?高い点数を取るのは難しいけど、低い点数を取るのは誰でもできる。
よりを戻したがっているのが誰なのか、いつになったら気づいてくれるのだろうか。花音も恭子さんもかなり頭がいいというか賢いし、相手の気持ちを読んだり、
健郎&明日香は、友達をどんな状況でも信じることができる純粋さというか、強さを持っている。そんなすごい人たちが俺の周囲にいっぱいいると、ついついそれが「普通」と思ってしまう。思い込んでしまう。違う。彼ら・彼女らは「特別」だ。
自分から見える景色が全てだと思い込み、相手も自分の考えの範囲内だと決めつけてしまう。そう言った意味では、委員長は普通だ。世間一般的な「普通」。彼女が劣っている訳じゃない。彼ら・彼女らが
つまり、俺は2学期中間テストで花音に勝てば、花音と付き合えない。そこに責任を感じた委員長がいるわけで、俺は合法的に委員長を抱いてもいいという事に……
(バシッ)「いてっ」
俺の席の後ろを花音が通りかかったときに、俺の後頭部を叩いて行った。振り向いて花音を見たが、こちらに顔が見えないように自分の席に去っていった。まさか、ホントに俺の考えが読めている訳じゃないよな?
そんなやつに俺は次回も勝てるのか!?あいつ本当に満点取るに違いない……
■■■
「くんくん、花音臭なし、ヨシ!」
恭子さんがなんか変なことを言った?
「きゃー!おめでとー!!がんばったねー!」
「ありがとう、恭子さん」
「ご褒美は何がいい?ノーパンしゃぶしゃぶ?女体盛り?あわび?マンゴー?」
なんかすごいパワーワードがねじ込まれてたし、単なる下ネタも詰め込まれてたし、どこからツッコんでいいのか……あれ?これ「ツッコまれ待ち」とかとかかってる!?
夕飯は普通にハンバーグにしてもらった。いつかのハンバーグがめちゃめちゃ美味しかった。ちょっと忘れられない味になってしまっていた。食べながら色々細かい報告などした。
「実は花音にまた呼び出されて……」
「もしかして……」
これだけ言ってもう理解してくれたようだ。恭子さんもすぐに思いつくという事は、花音の手加減を予想していたという事だろう。
「ぐぬぬぅーまたしても花音ちゃんー!」
「俺が775点で、花音が770点。どうすればそんな5点差とかで狙って負けることができるんだろ!?」
「なに?あの子、神なの?あと、カツくん読まれすぎじゃない?」
「俺!?原因は俺だった!?」
確かに。今日も委員長の事を想像してたら、花音にツッコまれたし。俺は全てが顔に出るのか?表情に出にくいといつも健郎と明日香には言われているのだけど……
そもそも今回数学でポカやって予想より低い点数になったんだ。そこまで考慮して5点負けるって……
「そうそう、俺の『家族仲問題』は夏休み明けまでに解決しろって。そうじゃないと花音が参入してくるってさ」
「え?以前よりリミットができたというか、短くない?なにか状況が変わったのかな?」
以前の話し合い(?)では、この問題についての
「さあ、家のことなんて俺も知らないんだけど。帰ってないし」
なんで花音が俺より俺の家のことに詳しいんだよ!?
「お父様とかお母様が学校に来てたりしないの?」
「いや、聞いてないな。それだと花音が知ってたら教えてくれそう」
「何気に花音ちゃんに絶対の信頼を置いてるわよね!?」
「そ、そうかな?」
恭子さんの嫉妬が始まってしまった。今夜は長くなりそうだ……
「一度教室に
「忘れてた!妹ちゃんね?琴音ちゃんの顔を見て何かに気付いたのかもね」
そうか、恭子さんは俺からの話だけで全て想像してるんだ。花音よりも少ない情報で色々考えているわけだから、かなり高度なことをしている!?やっぱりこの人も天才だった……
「あ、恭子さん、話し戻るけど、夏休み明けまで問題解決できなくて、花音が参入してきたら、俺と恭子さんは会えなくなって、俺は花音と学生結婚することになるらしい」
「ちょっと、なにそれ!?あの子、いい加減にしなさいよね」
「どういうこと?」
「うーん、分かんない。花音ちゃんチート過ぎる……」
振り返ってみれば、恭子さんと花音で「クラスの当たりが強い問題」は解決するって言ってた。その通りになっている。凡人の俺に学年1位を取らせる恭子さんも凄いけど、クラスの空気をたった1日で真逆に変えた花音も凄い。
「花音との仲問題」は恭子さんが「
改めて、チート美少女の凄さをまざまざと見せつけられた。
そして、第3の問題「家族仲問題」を夏休み明けまでに解決。これは恭子さん担当という事だった。当然、俺の問題だけど。
もうすぐ、夏休みが始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます