第10話:キョウコさんからのミッション

 キョウコさんの指示によると、学校に行ったら授業中に文芸部の部室に行き『6』と書かれたダンボールを見つけて、その中から「①」「②」のファイルを持ってくることだった。


 なぜ、キョウコさんがうちの学校の文学部なんてマイナーな部の備品の事を知っているのか……

 聞いてみたけど「いいから♪」と押し切られた。


 鍵は職員室から盗み出すのかと思ったら、キョウコさんが家の収納箱からゴソゴソやって、「文芸部のカギ―!」といいながら、芝居がかった感じで出してきた。ドラえもんかな。


 何故、鍵が!?色々不思議なひとだ。



 ■■■



 俺は、4時間目の授業が体育だったので、そのタイミングで授業を抜け出した。かつての「文芸部」は現在は「読書部」と名称を変えていたようだ。


 教室のドアに付けられたプレートは「読書部」とあったのだけれど、職員室近くの案内板の文字はテプラで「読書部」と貼られていて、爪でテプラをゴシゴシこすると、その凹みから「文芸部」という文字が浮き出ていた。


 もっとも俺が擦る必要もなく、既に誰かがこすっていたみたいだけど。こういうのは暇人が手あそびするものだ。


 キョウコさんからもらった鍵は、南京錠のカギだったらしく、読書部の扉にかけられていた南京錠はこれで開いた。恐らく現在は廃部ではないだろうか。そもそもそんな部は聞いたことがないし、扉の感じもずっと開けていなかった感じだった。


 鍵を開け、静かにドアを開けるといかにも文芸部というイメージの部屋だった。それほど広くはないけれど、15畳くらいはあるだろう。


 片方の壁には本棚が3つ固定されていて、読みたいとは感じない固そうな本が収まっていた。


 念のために伝えておくが、この場合の「固い本」とはハードカバーという意味ではなく、「難しそうな本」という意味だから。主に岩波文庫だし……ラノベならば読むけど、俺は固い文章を読んでいると眠くなってしまうのだ。


 最早部屋は物置と化していたので、段ボールがたくさん積まれていた。古い地層の段ボールから「6」と書かれた段ボールを見つけ出し、「①」「②」のファイルを取り出した。


 1つのファイルは封筒に糸をグルグル巻いて口が開かなくするあの封筒に入っていた。あれの名称は玉紐たまひもだったか。


 見れば、ファイルは「③」「④」「⑤」「⑥」と続いていた。俺はキョウコさんの指示通り「①」と「②」だけを抜き取ると、段ボールのふたを戻し、できるだけもどの状態に戻して旧文芸部をでた。


 その後は、自分の教室に戻りファイルを机に入れて、体操服に着替え何気ない感じで体育の授業に混ざりうまい具合に誤魔化した。



「何してたの?サボり?」



 今日の授業はソフトボールだったみたいで、グラウンドで座っていた健郎の横に自然な感じで入って行ったのにいきなりバレた。


 まあ、俺のことを見ている人間がいればいないことに気づかれるかもしれない。

 逆に言うと、健郎以外は俺がいなかったことには気づいていない。


 女子は違う内容だから、別の場所で別のことをしているはず。明日香あすか花音かのんには俺のミッションについてはバレていないのだ。


 一人大きな仕事を終えてワクワクしていたのだけど、健郎には「ねえ、何?楽しいこと?えっちなこと?」と聞かれまくった。


 まあ、俺も知らないんだから答えることはできなかった。とりあえず、無視しといた。



 ■■■



 俺はキョウコさんからの指示通り①ファイル、②ファイルを持っていた。これを持って帰れば、今日のミッションはコンプリート。ただ、昼休みがあり、午後の授業もある。


 早退するには理由がない。目立つのも何だし、キョウコさんからは高校には通うよう言われている。しょうがないので、ちゃんと授業を受けてから帰ることにした。


 昼休みは、いつもの通り健郎・明日香カップルと弁当を食べた。昨日に続き、キョウコさんの手作り弁当だ。嬉しくない訳がない。大好きなカノジョがつくってれた手作り弁当。


 (誰にもわからないかもしれないけれど)テンション高めでおかずのタッパーを開けたら、色とりどりのおかずが並んでいた。昨日の夕飯のおかずは入っていないのだけど、全部朝から作ったのだろうか。すごいカノジョだ。


 ちょっとヤキモチ妬きだけどそこも可愛い。そんな事を考えながら次にご飯の方のフタを取った。


 そこには、桜でんぶでデカデカとハートマークが描かれ、その上にカッティング・ノリで「スキ」と書かれていた。


 見た瞬間「バン!」とフタを閉めたのだが、時既に遅し。健郎と明日香がニヤニヤと嫌らしい顔で見ていた。



「愛されてるね♪」


「愛妻弁当♪ご馳走様」



 俺はもう何を言っても手遅れだと理解して、椅子の背もたれに最大限の体重をかけて遠くの宇宙、25光年くらい先を見ていた。すると、俺の背後からスーッと白い手が伸びてきた。


 その手は、俺の弁当から玉子焼きを一片取って行った。俺がくるりと振り返るとそこには藤倉花音ふじくらかのんが立っていた。



「うん、料理も上手なのね。あの女……」



 花音が、いま俺の弁当から盗んだ玉子焼きを無表情でむぐむぐ食べながら行ってしまった。俺達三人は歩いて教室を出ていく花音の背中を見送った。



「…なあ、将尚かつひさ。まだ藤倉さんってお前のこと好きなんじゃないか?」



 そんなはずはなかった。なにせ、振ったのは花音の方で、俺は振られた方なのだから。教室内に流れる噂と事実は真逆なのだ。



「私もそう思うけどなぁ」



 明日香も同意見みたいだ。そう言えば、キョウコさんもそんなことを言っていたような。


 ただ、俺の中では既に心の傷となっていて、まだ瘡蓋かさぶたになっていないジクジクとした部分なので、できるだけ触らずにそっとしておいてほしかった。


 玉子焼きは2片あったので、残ったもう1片から俺は弁当を食べ始めたのだった。



■■■



キョウコさんのマンションに戻って「ただいま」と言って帰ってきた。キョウコさんは「おかえり」と迎えてくれた。


自宅以外で「ただいま」や「おかえり」は違和感があったけれど、今の家はここだと思った。家出中の高校生には十分すぎる建物。そして、カノジョ。



「カツくん、あった?」



「何を」とは言わないけれど、言われなくても封筒の事だと分かる。俺はすぐにカバンを開けて少しかび臭い封筒を取り出した。



「おー!あったかぁ」



キョウコさんは、迷わず封筒の糸を解き「①」の中身をテーブルの上に取り出した。


出てきたのは、テストの答案用紙。100点、98点などかなり高得点の答案用紙だった。


「これは…」と聞こうと思ったら、名前の欄に「加賀見恭子かがみきょうこ」と書かれていた。


キョウコさんの答案!?そこから、いくつかの事が分かった。キョウコさんは俺の学校の卒業生ということ。そう言えば会ったその日に俺が桜坂だと言ったら、驚いていた。これか。そして、彼女の成績はかなり良かったこと。

あとは「キョウコ」の漢字は「恭子」ってこと。



「先輩!」


「お、察しがいいね。後輩はスマホを貸して」



スマホを手渡すと、恭子さんはプリント用のアプリをダウンロードしているようだった。つまり、先日言ってた中間の答案を印刷しろということだろう。


恭子さんは機械類に強いらしく、部屋のプリンターと俺のスマホをすぐにつなげた。



「じゃあ、答案印刷してみて」



なぜ、中間の結果が必要なのか。よく分からないまま、言われるがままにプリントアウトを進めた。出てきた紙と封筒から出てきた紙を見比べる恭子さん。



「ほほぉ」



少し悪い笑いを含みながら笑っていた。



「なに?」


「やったわ。勝利確定ね」


「なに?」


「今北産業するね」



なんだ?今北産業?いや、少し古いネットスラングで掲示板を後の方で見始めた人が「今きたからこれまでの流れを3行で説明してくれ」という意味で「今きた三行」と書いたことから同じ音の「今北産業」になったってあれか。


やはり、世代が若干違うのか、俺が会話の中で使うことはまずない。



「これは、後輩のために保管しておいたお姉さんの過去の答案、つまり過去問。カツくんの中間と比べてもほとんど変わってない。つまり……?」



恭子さんがニヤリとしてこちらを見た。



「毎年問題はあんまり変わらない?」


「そー!そして、②には、一学期期末の答案が入ってまーす!」



そう言うと、テーブルの上に②の中身をぶちまけた。



「なん……だと!?」


「このまま丸暗記でも8割は取れると思うけど、かつて学年1位の常連、加賀見恭子かがみきょうこさんが家庭教師したら、カツくんはどうなるの!?」


「え!?マジ!?」



にししーと笑う恭子さん。そんな偶然ってあるのか!?



「テストまで約2週間、特訓だね!」


「えー!よろしくお願いします」



転生も時間遡行もしてないのに、未来のテストの「問題」を手に入れてしまった。しかも、解説のお姉さん付き。そして、そのお姉さんがエロい。やる気がドバドバ出るのを感じた。


この日から、俺と恭子さんの特訓が始まった。

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