人生に一度かもしれない今日の全力を君に伝えたい

荒音 ジャック

人生に一度かもしれない今日の全力を君に伝えたい

 とある街にある市立病院の病室にて……ひとりの高校生ぐらいの男の子が、病床で上半身を起こした状態で窓の外を見ていた。


 そこへ、アコースティックギターが入ったハードケースを持った20歳ほどの男性が病室へ来て、男の子に声をかけた。


「響! 今日も練習やれるか?」


 龍崎 響 18歳、新学期を迎えて早々に、病気で入院する羽目になった高校生で、趣味でアコースティックギターの弾き語りをやっている。


「轟(とどろき)兄ちゃん! うん、今日もやれるよ!」


 響は兄の轟にそう言って病床からゆっくり動く。


2人は病院の屋上に出ると、轟は「ほれ、チューニングはしておいた」と言って、響にアコースティックギターの入ったハードケースを渡す。


「いつも通り1時間ぐらいしたら様子を見に来るから、無理はするんじゃないぞ?」


 轟はそう言って院内へ戻っていき、響はケースからアコースティックギターを取り出した。


 ギターのバックには英語で「The best you can do only once in your life! (人生に一度しかできない全力を!)」と白のマジックペンで書かれており、響はそれを見て「よし!」と自分を鼓舞して、休憩中の看護婦が数人いる病院の屋上でギターを演奏し始めた。


 そんな周りの目を気にせず弾き語りをしていた時のこと……一曲歌い終えると、突然パチパチと誰かが拍手を送ってくれた。


 響は顔を上げて前を見ると、自身と歳の近そうな入院患者の女の子が目の前におり、響の顔を見るなり「素敵な演奏ですね」と賞賛の言葉を送ってくる。


 重い病気にかかっているのか? 少し頬が瘦せているものの気品のある顔立ちで、響は少し見惚れてしまう。


「お名前を伺っていいですか?」


 女の子にそう尋ねられて、響はハッと我に返って名前を名乗った。


「り……龍崎 響! 18歳」


 少し緊張した声で響は名乗ると、女の子も名前を名乗る。


「虎ノ門 綴虎! 来月で君と同じ18歳になるの」


 そこへ、轟と若い看護婦が着て、看護婦が「綴虎ちゃん! また病室を抜け出して!」と慌てた様子で綴虎の元へ駆け寄り、病室へ連れ戻そうとした。


 病室へ連れ戻されながら綴虎は「ねえ!」と響に呼びかけて、別れ際にこう尋ねた。


「明日もここで演奏しますか?」


 綴虎の問いに、響は「うん、やるよ!」と答えた。


轟「あの子とは今日知り合ったのか?」


 綴虎と別れて、自分の病室に戻る道中で、轟は響にそう尋ねる。


「うん、僕の演奏を聴いてくれてた」


 響の答えを聞いて轟は「そうか」と答えてこう言った。


「文化祭に呼んだらどうだ? 今年もステージに立つんだろ?」


 そう、響は今通っている高校の文化祭で体育館でやる演奏会でステージに2度も立っている。


「うん! 人生最高の全力を出す!」


 響はやる気に満ちた顔でそう言うと、轟は心配した様子で「入院中は無理すんなよ? 長引いて文化祭に出れませんでしたは笑えないからな?」と無理だけはしないように釘を刺す。


 翌日、同じ時間になって響はアコースティックギターを弾いていた。今日は綴虎が看護師と一緒におり、心配そうな顔でその場にいた。


 演奏が終わって、綴虎は昨日みたいな拍手を送ってから「響さん凄いですね。どうすれば弾きながらそこまで綺麗な声で歌えるんですか?」と尋ねてきた。


 響は褒められたことに喜びを感じながら答える。


「最初は歌いたい曲を完璧に弾けるまで練習して、その後に少しずつ歌詞を覚えていった」


 そんなことを話ながら綴虎に背中を向けてギターをケースにしまおうとしたその時、綴虎はギターのバックに書かれている言葉に気づいて「ザ ベスト ユー キャン ドゥ?」と片言で読もうとすると、響はギターのバックを綴虎に見せてこう言った。


「The best you can do only once in your life!意味は『人生に一度しかできない全力を!』僕にとって、最高の演奏を披露するための魔法の言葉!」


 それを聞いた綴虎は「この言葉があるからこその今の響さんがあるんですね」と、少し羨ましそうな顔でそう言うと、響はそんな綴虎に「綴虎さんには……この言葉が力になるかな?」と言って、ギターのピックを渡した。


ギターのピックに黒のマジックで『披荊斬棘』と書かれており、読み方も解らなかった綴虎は「……なんて読むんですか?」と響に尋ねる。


「披荊斬棘(ひけいざんきょく)って言うんだ。意味は『困難を克服しながら前進すること』……師匠がまだギターを始めたばかりで何も上手くできなかった僕に「ならこの言葉がお前に困難を打ち破る力をくれるだろう」って言ってこのピックをくれたんだ」


 響から言葉の意味を聞いた綴虎は、ピックを響に返そうとしたが、響は首を横に振ってからこう言った。

「僕の通ってる学校の文化祭に来た時に返してくれればいいよ。その時は僕が人生で一度しかできない最高の演奏を披露するから!」


 そう言われた綴虎は、ピックを右手でギュッと握って「それは……楽しみですね」とはにかむような笑顔で言った。


 今日の練習を終えて、綴虎と別れて轟と一緒に病室に戻ると、病室の前で担当医と鉢あった。


「響君、検査の結果が出たよ。とりあえず、数値は良くなってきたから予定通り明後日には退院できるからね」


 担当医にそう言われた響は少し複雑な気持ちになった。せっかく仲良くなれたばかりの綴虎と離れることになってしまうのだ。


 兄として響の心情を察した轟は「明日、このこと話さないとな」と言って響の肩をポンと叩く。


 次の日、響は昨日と同じ時間に屋上で練習をしていたが、なぜか今日は綴虎が来なかった。


心配になった響はナースステーションで綴虎の担当をしている看護婦に「すみません。虎ノ門 綴虎さんの病室ってどこですか?」と尋ねると、看護婦は困った顔で答える。


「実は綴虎ちゃん、昨日の夜に別の病院に移されちゃったの。成功率の低い手術を控えていたんだけど、ここより腕のいい先生がいる病院に行くことになっちゃって……」


 それを聞いた響は「そうですか……ありがとうございます」と言って屋上へ戻った。


それから日が西に傾くまで練習をしていると「響! いつまでやるつもりだ?」と轟が声をかけてきた。


 響は「轟兄ちゃん……」とギターを弾く手を止めて、練習を切り上げる。


「聞いたぞ? 綴虎ちゃんが昨晩別の病院に移ることになったって……」


 轟は響にそう言うと、響は元気のない声で「うん、ちょっとショック」と答えた。

そんな意気消沈している響に轟は「お前が演奏する時のモットーを言ってみろ?」と尋ねた。


 響は「人生に一度しかできない全力を……だけど」と答えると、轟は響に喝を入れるようにこう言った。


「そんなしょげた状態で全力なんて出せるのか? 約束したんだろ? 文化祭のライブ……」


 轟にそう言われた響はハッとなって「そうだよね……約束をしたからにはちゃんとやり遂げないとだね!」と自身に気合を入れると、轟も「そうだ! その意気だ!」と背中を押す。


 それから響は無事に退院し、学校生活に戻った。授業が終わっては学校で練習に励み、休日は河川敷や公園で練習に励んだ。


 そして、文化祭当日……体育館のステージで、催し物が行われ、遂に響の番が回ってきたため、響はギターのストラップを肩にかけてステージの真ん中に置かれたマイクの前に立つ。


 正面に大勢の学校の生徒たちと観客たちの中から綴虎を見つけるのは不可能だ。だが、響はギターのバックに書かれた言葉を見た『The best you can do only once in your life!』と隅の方に『あの子に届けろ!』と書いてあった。


響はギターを構えなおしてピックを握る右手でタイミングを取るためにピックガードをコンコンコンと3回小突いてから演奏を始めた。


 会場のボルテージが上がる中、響は楽しそうな顔で演奏を続ける。


(届け! この声が! この歌が! この場にいなくても、あの子に届くように! 人生に一度しかできない全力を! この場で出し切れ!)


 響は心の中でそう叫びながら歌い切り、演奏を終えた。


会場のボルテージは上がったままで、全力を出し切った響は肩で息をしながら「ありがとうございました!」と言って、ステージから降りる。こうして……響の高校生活最後のステージは終わりを迎えた。


 それから響は、動画サイトで『レゾネイトチャンネル』を開設し、若手シンガーとして活躍するようになり、多くの人々に沢山の歌と生きる力を与えた。


 数年後のある街にある大学にて……ひとりの女性が『披荊斬棘』と書かれたギターのピックのストラップが付いたスマホで、響が歌っている動画をイヤホンをして見ていた。


 すると、後ろから「綴虎、またその人の動画見てるの?」と友人の女性が話しかけてくる。


「ええ、だってこの人のおかげで、今の私があるんですもの! 今度この人のライブに行く予定ですし!」


 そう、あれから綴虎は無事に手術が成功して、大学に進学していた。流石に響の文化祭のライブに行くことはできなかったため、近いうちに開かれる響のライブに行く予定を立てていた。


ライブ当日、綴虎が響にこのことを話せたかどうかは、また別のお話……

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