ぼくのもの。

第1話 約束。

「大きくなったらね、〇〇ちゃん、たろせんせとけっこんする〜!」

 

 

 

子どもたちにはそこそこモテモテ(?)の保育士12年目のおじさん。

 未だ独身。

 周りは自分たちのペースでどんどん変わっていく。

 同じように独身を謳歌しているものも、婚活に勤しんでいるもの、すでに伴侶を見つけているもの、その伴侶との宝を授かっているもの。

 久慈 拓郎は特別、焦ったりしていない。

 友人たちとはしゃぐのも好きだが、一人でのんびりするのも好きだし、仕事も大変だが楽しく出来ているし、充実した毎日を過ごせている、と思っている。

 特別大きな問題も出来事もなく平穏そのものの毎日を送っている。

 人に言わせれば、『それで人生楽しいか?』。

 ほっといてくれ、問題さえなければいいんだ。ジャンクフードより夜更かしより、何よりストレスが身体には一番悪い。

 健康第一。

 年寄りくさいだの言われても、そんなの知らん。

 欲も持ち過ぎれば身を滅ぼす。

 何事も謙虚に、健康で誠実に生きる。

 それが拓郎の生き方。

 久慈拓郎35歳。

 ガタイがいいので、最初こそ子どもたちにビビられる。ただ、のんびりした性格と笑うとフニャッとなる表情にすぐみんな懐く。

 それでも怖いと泣く子はたまにいるのだが。

 人の良さは話すとわかるので、男の保育士に嫌悪感や苦手意識を持つ保護者も、いつのまにか懐いて(?)いる。

 そんな感じなので、取り分け厄介事もなく、精神的にも落ち着いた、平穏、平凡な日々を送っていた。

 今日までは。

 

 天気は朝から雨。

 昼過ぎには小雨になり、子どもたちの降園時間には、少し晴れ間も見えていた。

 そろそろ梅雨ですかね。と保護者や、他の先生方と話していると、門のところに制服の男の子が立っているのが見えた。

 誰かのお迎えにきたお兄ちゃんかな?と思いながら他にお迎えが来た子どもたちとバイバイをしていく。たまに、子どもや、保護者と話し込んだり、まだ帰らないと遊具に向かって走り出す子どもたちを保護者と追いかけたり。

 10分ほどしてやっと落ち着いてきた頃、門に目をやると、男子学生はまだそこにいたのだ。

 まだお迎えが済んでいないのかと見渡してみたが、それらしき子は見当たらない。入ってこようとはしないが、時々中を伺うような様子がある。見た感じ不審者ではないようだが、気にはなるので声をかけてみることにする。

 拓郎が門に向かって歩き出すと、学生は近づいてくる拓郎に気付いて、慌てる事もなく門の陰から出てきて姿勢を正した。

「こんにちは、誰の…。」

 お迎えでしょうか?何かご用でしょうか?

 そんな事を言おうとした。

 しかし、目の前の彼から発せられた言葉に、自分の言おうとした言葉も、考えていた事も、抜き取られて真っ白になってしまった。

「お久しぶりです。たろ先生。迎えにきました。」

 おおぅ…久しぶり、というか、誰だ、どの子だ。迎えって誰のだ。妹、弟。…誰のだ。

 保育士になってから全園児の顔と名前は覚えているつもりだった。

 卒園してからも弟や妹のお迎えについて来たり、運動会にもきて顔を見せてくれたり、小学校や、中学校の制服を見せに来てくれる子もよくいる。成長してもおもかげが残っていて数年ぶりでもわかるものだ。

 ここで、わからない、誰だ?なんて言ったら、卒園児であったならば絶対傷つけてしまう。

 この子は久しぶりと言った。しかも、『たろ先生』と呼んだ。明らかに元園児だろ…。参った。わからない。ヒントはないか…ヒントは…!

「あらぁー、誰かと思ったら、ふうちゃん!?ふうちゃんよねぇ!?」

 冷や汗を垂らしながら笑顔でどう切り抜けようか耐えているところで、助け舟。先輩先生の声が聞こえた。

「はい、お久しぶりです、しま先生。」

「はぁー!大きくなって!それ高校の制服!?かっこいいじゃーん!」

 もう一度落ち着いて目の前の学生を見た。

 拓郎より背が高く、拓郎ほどがっちりはしていないが、制服を着ていてもそのキレイな姿勢のせいか、すらっと引き締まった体躯を思わせる。

 そして小さなキレイな顔。

 モデルかよ!!と叫びそうになったが、短髪でふわっと揺れる柔らかそうな髪、頬に並んだ黒子。

「ふうちゃん!」

「はい!」

「おぉー!ふうちゃん!久しぶり!卒園以来だもんね!かっこよくなったね!」

 思わず叫んだ拓郎の声に、弾けたような笑顔で返事をする。

 思い出した、思い出した!!

 あーよかった!僕は子どもを裏切らなかった!よかった覚えてた!危なかったけど!しま先生様々!先生のおかげでスッキリした!

 その安堵感から自分が思っている以上にはしゃいでしまっていた。こんなにニコニコしてくれて、やっぱりちゃんと思い出してあげられてよかった…っ!すぐにわからなくてごめんよっ!と心で泣きながら、再会を喜ぶ。

「今日はどうしたのー?何かご用??お迎えとかじゃないわよねぇ?」

「はい、今日はお迎えに来ました。」

 兄弟がいたのか?

 自分はともかく、しま先生もわからないなんて…

「迎えにきました、たろ先生。」

「ん???」

 拓郎はすぐに理解できなかった。隣をチラッと見てみると、しま先生も表情が固まっている。あ、反応は同じだ、よかった、とホッとしたのも束の間、その手に持っている花束にまた思考が乱される。小さいが可愛い…黄色がメインでオレンジや白、薄いパープルが混ざっているのがまた可愛い。

 カワイイ。

 ほわっと表情が緩む。

「たろせんせ?」

 しま先生に呼ばれてハッとする。

「はい!?」

「お約束してたの?」

 そんな訳はない。久しぶりだと言ってたでしょう、軽く10年は会ってなかったです。

 拓郎がうまく話せなくてパクパクしているいると男子学生、ふうちゃんはきらっきらの表情を崩す事なく言った。

「約束してたので、迎えにきましたよ。たろ先生。」

 差し出される花束。

 これは僕にかな?

 お疲れ様ってやつ?誕生日、でもない。こんなおじさんが花束をもらう理由に心当たりが無い。

 拓郎は半分混乱しつつ、『ふうちゃん』に訊ねた。

「これは、僕に…かい?」

 当然です!というように、ふうちゃんは無言で微笑んでいる。

「えーと、本っ当に申し訳ないんだけど…。」

 拓郎は観念したように正直に話した。

「正直言うと、今、しま先生が来てくれるまで、僕にはふうちゃんだってわからなかったんだ。それでね、その約束っていうのも…覚えてなくて…ごめんね。」

 そう言うと、ふうちゃんは一瞬少し寂しそうな表情を見せたが、すぐに笑顔に戻って言った。

「大丈夫ですよ。10年以上前の話ですから。僕も、もしかしたら覚えてくれてるかもって、その程度でしたから。…でも、我慢できなくてちょっとフライングしちゃったんですけど、早く来てよかったです。完全に忘れてしまう前に思い出してもらえるでしょ?」

「完全には忘れるわけないよ!顔見てすぐにわからかったのは僕が悪かったけど、ふうちゃん、本当に変わってたから!昔は可愛らしいイメージだったのに、今はこんなにカッコ良くなっちゃって!顔がキレイなのは変わらないみたいだけどね!」

 拓郎はそこまで言って、しまったと思った。

 男の子に可愛らしいだの、キレイだの、失言してしまった上に、こんなおじさんにかっこいいとか言われるのは気持ち悪いと思われたかも…。

 普段女性、子どもに囲まれているせいで、感覚が麻痺しているかもしれない。ついつい、かわいい、カッコいい、素敵ー!などつらつらと出てきてしまう。友人や家族なんかといる時に出てしまうと、いつも周りの目にハッとなって居た堪れない気持ちになるのだ。性格はともかく、ラグビーとか、格闘技とかしてます?といつも聞かれるような風貌のおかげで、違和感がすごいのだろう。

 まいったな、と思っていると、ずいっと花束が突き出された。

「本当にたろ先生の言葉は嬉しいですね。じゃあ、改めて言いますね。」

 目の前には、可愛いブーケと眩しいイケメンの笑顔。

「たろ先生、大きくなったので、僕と結婚してください。」

 むかしむかし、当時幼稚園児だった子ども。

 いくら幼く、意味もよくわかっていないだろうからって、いい加減な返事はしちゃいけない、と保育士になって12年目、ここで初めて学んだ。

 

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