第15話 ミラー様にも事情があるそうです。

 

「これが依頼分のブローチです。これを全て無線通信機へとかえて頂いたら城を出て行かれても構いません。もちろんこのままここでの生活を続けることも可能ですが」


 そう言って私の部屋に大量のブローチを持ち込んだのはマーク様だ。今回はミラー様は居ないので、マーク様と2人で話すのは初めてだ。もちろんローランは後ろに控えているが。


 無線機用に作られたブローチが入った段ボールを部屋の片隅に置くと、何やら言いたげな表情をしている。

 しかし今のミラー様とのことが微妙な状況で何か言われても困ってしまう為、あえてそれに気づかないようにして話を振られないようにする。



「これが無線機になる用のブローチなのですね。確かにこれなら軽いし、ダンジョンにつけていくのにも邪魔にならなそうですね。これは月のモチーフですか?」


 銀で出来たそれは、三日月のような形をしていた。


「はい。この国では三日月の光が魔力を高め、民のことを守ってくれるとされているんですよ。だから冒険者が安全に帰ってこれるようこのモチーフを選ばせて頂きました」


「それは素敵ね」


「はい、これもミラー様の発案なんですよ」


 ミラー様のことを話題に出さないようにしようとしていたのに、やはりマーク様はそのことについて話したいらしい。こうもナチュラルに話に入れてくるとはなかなか手強い。


「ミラー様とのことをどう考えていますか?」


 ほら、もう遠慮なくその話題に踏み込んできた。


「本人に言うより先に他の人には言いたくないです」


「それもそうですね。配慮が足りず申し訳ありませんでした。では俺の話を少し聞いてもらえますか?」


「……それなら」


「では今から話すことは機密情報も含まれますので、侍女には一旦退室して頂きたい」


「……それはなりません。私はユリ様の侍女ですので、ユリ様を異性と2人きりにするなど出来ません」


 ローランの一歩も引かない様子にヒヤヒヤしてしまう。マーク様がどれだけ偉い身分なのか知らないが、ミラー様の側近をやってるくらいだから恐らくかなり高い身分のはずだ。こんなやり取りでローランをクビにされたりしたらたまらない。


「ローラン、私はそんなの気にしないから大丈夫よ?」


「いえ、私はユリ様のことを任せられているのです。ここで引き下がったら侍女魂が成り下がります」


 うん。私が何か言ったところでローランに引く気はなさそうだ。諦めてマーク様に首を振って見せると、マーク様もそれを感じたのかため息をついてやれやれと言ったポーズを取る。


「……では、あなたに防音の魔法をかけてもよろしいですか?」


「はい、それなら構いません。どうぞおかけください」


 そうローランが頷くと、マーク様が防音の魔法をかけたようで、ローランの周りにうっすらと灰色の膜のようなものが覆っている。


「ローランは大丈夫なの?」


「はい、人体に影響はありません。話が終わったら魔法を解きますので、すぐに聞こえるようになります」


「分かったわ」


 マーク様のスキルは聞くことに関することなのだろうか……。スキルを無闇矢鱈に聞いたらいけないと言われていたので推測だけに留めておく。


「では本題に入ります。ミラー様の年齢をご存知で?」


「確か26だったかしら」


 それがどうかしたのだろうか。私よりも3つ歳下だ。


「そうです。では26歳の彼がなぜ今も婚約者が居ないか不思議ではないですか?」


「うん。この国の婚姻は早いんでしょう? なのにまだ独身で婚約者も居ないなんておかしいなって思ってたの。よっぽど性格が悪いのかと思ったらそんなこともないし」


「婚約者が居ないのではなく、作らないのです。ミラー様は……死ぬ運命ですから」


 死ぬ運命……? 思いもよらなかった答えに思わず口籠もってしまう。そんな私を見て少し悲しそうにマーク様が告げる。


「勇者など必要ないと世間では思われていますが、王家に伝わる書物には勇者に関する記載があるのです」


「そんなものがあるのね」


 うん、そういうのありそうだわ。さすが異世界。


「その書物によると、勇者のスキルを持った者が生まれた時、魔王が復活するとされているんです。そしてその時にあるスキルを持つ者は勇者をサポートすべし、その命に代えてもと。そのあるスキルを持った者というのがミラー様なのです」


「あるスキルって何なの?」


「それは国家秘密なので言えません」


 とっても気になるが、そう言われては引き下がらざるを得ない。


「だからってミラー様が死ぬとは限らないじゃない? それに王子が命に代えてもってそんなのおかしいんじゃない?」


 ミラー様はこの国の王子だ。しかも直系の王子は彼しか居ないらしい。彼が居なくなったら誰がこの国を継ぐというのだろう。


「王子よりも勇者の方が必要不可欠な存在ということです。魔王を倒すか封印しなければこの世界は滅んでしまいますから」


 今あれだけ雑な扱いをされているユーリの方が必要不可欠と言うのか。それなのにあの扱いは矛盾していないか。重要な話をされているはずなのに、私はふつふつと怒りが湧き上がってくる。しかしそんな私の様子を気にせずにマーク様は話を続ける。



「そしてそのスキルが判明した時にリア様に未来視をしてもらったのです。その未来で、ミラー様には死ぬ運命が待っていました。しかし彼の運命を救える唯一の女性が現れ、彼女が味方してくれるならば彼の運命も変えるだろうとリア殿が言われたのです。そして私たちはその女性というのがあなたなんじゃないかと思っています」



 何で? そんなはずないのに。ミラー様が生きなければあのゲームのミレー様が生まれるはずがない。彼はミレー様のご先祖様なはずなのに。それとも私が来たことで少しずつ未来が変わってしまっているのだろうか。



「そんな……私なんかがそんな運命を変えられる力なんてありません。それにだったら何で勇者のことを放置してるのよ。もっとサポートすべきなんじゃないの?」


「それはまだ魔王が現れる前触れがないからです。魔王が復活する時は、大きな自然災害が多発すると書物にはあります。そうなった時にミラー様はサポート役に回る予定です。しかしそれまでは国民に混乱をもたらす恐れがあるからあえて伏せているのです」


「でも……」


 彼は何年も一人であんな生活をしているのに。食べるものもそうだが、彼が着ている衣服はどれも古びていてボロボロだった。街で見た冒険者の方が明らかに丈夫な服を着ていた。

 日々の稼ぎでやっと暮らしているような状況だし、あの鏡で見た時は明らかにダンジョン内で危機一髪の状態だった。あれではいつ魔物に襲われて亡くなってもおかしくない。


「これはユーリ殿も同意しているので、彼もそういった意図を承知の上で、来るべき魔王に向けて今はレベル上げに取り組んでいるのです」



「……そうなの」


 私が口出す話じゃないのは分かってる。彼と私は何も関係ない他人なのだし。だけどやるせない思いが募る。



「死ぬ運命が待つミラー様は、婚約者を作るつもりはありませんでした。しかしあなたと出会いその考えが変わったのです。あなたとなら運命を変えられるんじゃないかと希望を見出され、明るい未来に進むために一歩踏み出したのです」


「……」



「もちろんあなたの能力だけを欲しているのではありません。あなたの凛とした姿を見て心が惹かれたとミラー様が仰っていましたから」


 先程までのやるせない思いにさらに複雑な気持ちが湧き上がってくる。死ぬ運命を受け入れて生きていくというのはどういう気持ちだったのだろうか。急に亡くなってしまった私とは違い、身近に死が待っているのを分かりながら生きているのだ。いったいどちらが辛いのだろう。




「もし魔王を倒すのがあなたの目的なら、それはミラー様の隣では出来ませんか? あの勇者ではなく、ミラー様を選びあの人の運命を救ってくれませんか?」



 そう言って頭を下げるマーク様に私は何も言うことは出来なかった。死ぬ運命だったミラー様が私に希望を見出してくれている。そんな彼の希望になれるのならと一瞬考えてしまう。



「急にこんな話をしてしまいすみません。しかしミラー様はきっとあなたには話さなかったと思うので、今日の機会を逃す訳には行きませんでした。ミラー様はあなたの自由を尊重するつもりです。無理矢理あなたを自分の元に置こうとはしない、あの人は本当にお人好しで優しい人なのです」


「はい。それは分かります」


「ですから、ミラー様とのことを簡単に結論を出さずにちゃんと考えて欲しいんです。この話は2人だけの秘密にして下さいね。でないとミラー様に怒られてしまうので」


 そう言ってウインクする姿がミラー様と少し重なった。

 話を終えマーク様が退室すると、ローランの周りの煙がいつの間にか消えていた。


「マーク様とのお話は楽しいものではなかったようですね。以前より悩みが増しています」


「ローランもリア様みたいな事を言うのね。もしかしてローランも見えるタイプなの?」


「私はユリ様の侍女なので魔法なんか使わなくともそんなのお見通しですわ。まぁ今のユリ様は誰が見ても悩んでることなど一目瞭然だと思いますけどね」


「そっか……」


「とりあえず美味しいお茶はいかがですか?」


 そう言うといつも通り美味しいお茶と焼き菓子を用意してくれる。いつもと変わらないローランのおかげで少しだけ心が落ち着いた。やはりローランには敵わないな。

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