第11話 この世界を思い出したようです。

「お疲れ様。もう一通りの挨拶は終えたからあとは好きに楽しんでもらって大丈夫だ」


「はい。色々助けて頂きありがとうございました」


「いや、それが今日の僕の役目だからね」


 そう言ってウインクする姿も様になっている。少しご飯をつまもうと言われ歩き出すと思わずよろけてしまう。


「っと、危なかった。顔が赤いね。少し疲れてしまったかな? バルコニーで風にあたろうか」


 よろけた私をすぐに抱き止めてくれるミラー様。ドレス越しにミラー様の体温が伝わってきて少し恥ずかしくなって、顔の熱も上がってしまったみたいだ。私は大人しく従い、バルコニーに出て少し休憩することにする。



「はぁ。疲れたな」


 ミラー様がドリンクを取りに行ってくれている間に、少し愚痴をこぼしてしまう。王宮での生活は確かに豪華な食事も温かい寝床もありとても快適なのだが、こういった夜会や貴族との関わりを考えるとここでの生活も楽じゃないなと思う。



 私にはどちらかというと自然の中でのびのび生活する方が合ってた気がする。料理も好きだったし、たまにちゃんとしたお風呂に入れればあの生活も悪くない。異世界チートがある今なら、あの森の中の生活ももっと快適になるだろうし。


「あぁ、今頃彼はどうしてるのかな。また洞窟に1人で潜って危険な目に遭ってなきゃ良いけど……」


「ほら、飲みやすいものを持ってきたよ。……彼ってあの勇者のことかな? 確かユ……、ユ、ユウ? いやユーリだっけ?」


 ユウ、そう聞こえた瞬間ドキンと胸が鳴る。何か大切なことを忘れている気がする。


「あいつのことが忘れられないのか? あの勇者のことを」


 そうもう一度尋ねられるが今の私には答える余裕がない。頭がガンガンと鳴り響く……。


「僕は君のことを今後も支えていきたいと思っているんだ。僕を選んでくれないか? 君を婚約者にしたい,君を初めて見た瞬間から惹かれていたんだ」


「……何で、何でそんなこと言うのよ! 彼が死んだからってすぐに心変わり出来るはずないじゃない!!」


「死んだ? あいつは死んだのか?」


「死んだじゃない! 目の前で! なのに何でミレーと結ばれちゃうのよ! そんなんじゃユウが不憫過ぎる!!」


「待って、何のことを言ってるんだ? 一度ゆっくり深呼吸するんだ」


 気づくと私はミラー様の腕の中に居た。落ち着くとようやく今の状況が分かってくる。私はこの世界のことをたった今思い出したのだ。


「良かった、落ち着いたみたいだね。先程までの様子がおかしかったから心配したよ。いったいどうしたんだ?」


「すみません……昔の記憶が混濁していたみたいで」


「やっぱり疲れているんだねきっと。さっき言ったことは忘れてくれ。今日はもう部屋に戻ろう」


 そうしてミラー様は私の部屋までエスコートしてくれ、何も聞かずに1人にさせてくれた。


 全部思い出した。ここは私が大好きだった乙女ゲームの世界だということを。あの時、トラックに轢かれて意識がなくなる直前に私が願ったのは"推しの世界に飛ばされたかったな"だった。その願いを聞いてもらえたのか、私が落ちたのは彼の世界だった訳だ。



 ◇



 私がやっていたのはRPG型恋愛ゲーム。聖女になった主人公は、攻略対象の仲間と共に魔王を倒す為に冒険に出る。キャラのスキルやレベル上げをしていきながら物語が進んでいき、選択肢によりスチルが手に入ったり、レベルや体力が上がったりするのだ。


 物語の展開は決まっていて、各キャラのハッピーエンド、バッドエンドの二つ。ハッピーエンドなら攻略対象と結ばれて、バッドエンドは攻略対象が死んでしまう。



 私の推しは、勇者のユウだった。彼は初代勇者の子孫で、その侯爵家が代々勇者を輩出する家系だった。自分の生まれながらの運命と葛藤しながらも、同じく生まれながらに聖女である主人公と同じ悩みを共有しながら、一緒に支え合い、戦って成長していく物語。



 彼とのハッピーエンドでは、見事魔王の封印に成功して聖女様と婚約してめでたしめでたしだったのだが、このゲームはバッドエンドが涙を誘うという触れ込みだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 リリー達は見事魔王の封印に成功したと思われたが、封印される直前に魔王がリリーに目掛けて攻撃を放った。


 ユウ「リリー!! 危ない!!」


 リリー「ユウ!?」


 ユウはリリーを庇って魔王の攻撃を受け止めたのだ。ユウに回復魔法を掛けるリリー。


 ユウ「リリー……。今までありがとう」


 リリー「喋らないで!! 今治療するからっ」


 ユウ「もう……無理だ」


 リリー「無理なんて言わないでよ。私が絶対助けるんだから」


 ユウ「リリー、好きだった。君のことがずっと……」


 リリー「私だってあなたのことがっ。ねえ、目を閉じないでよユウ!!」


 ユウ「……」


 リリー「ユウ!! うう……」


 ◇


 ミレー「ユウのことが忘れられないのか?」


 リリー「うん。忘れられる訳がないよ」


 ミレー「でも君がずっと悲しんでいたらあいつが浮かばれないよ。僕は君のことを今後も支えて行きたいと思ってる。僕を選んでくれないか? 君を婚約者にしたいと思っているんだ」


 リリー「でも……私はユウのことを今もこの先も思ってるよ」


 ミレー「それでも良い。ユウへの想いも含めて君のことが好きなんだ。僕があいつに代わって君のことを幸せにする」


 リリー「ミレー様……。はい、こんな私ですがよろしくお願いします」


 ……ねぇ、ユウ見てる? 私はあなたの居ない世界でもちゃんと前を向いて生きてきたよ。もうすぐ私達もあなたと同じ世界に行くと思うの。そうしたら3人で思い出話しをしたいね。



 ……ユウルート BAD END



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 ヒロインのリリーを庇ったユウは魔王の攻撃で死んでしまう。ユウのことが好きだったリリーは暫く立ち直ることが出来ずにいたが、ミレー王子に求婚され受け入れたのだ。



 その時のミレー王子のセリフと、私がミラー王子に言われたセリフが被っていた為、記憶が一気に甦り混濁してしまったのだろう。



 あのバッドエンドには何度も泣いた。何でヒロインを庇って死んだ上に、王子に掻っ攫われてしまわなきゃならないんだと。死んだ上に当て馬にされた推しが不憫過ぎる。


 そして簡単にミレーに乗り換えるヒロインにも腹が立ったのだ。私なら彼のことを想って一生1人でいるのにと。


 そっか、あのトラックで轢かれた時に助けた男の子がという名前だったんだ。それで死ぬ間際に推しのことを思い出して“どうせ吹っ飛ばされるなら推しの世界に吹っ飛ばされたかったな"と思ったらこの世界に来ていたということか。


 死ぬ間際に思うことが乙女ゲーの推しというところがなんとも残念感が漂ってるがこうして第二の人生がスタート出来ている。私はユウのお陰で助かったのだ。ますます推せる。


 落ち着いて考えると次から次へと線が繋がっていく。まずここはあのゲームと全く同じ世界ではない。今いるユーリもミラー様もあのゲームの勇者と王子とは別人だ。


 そうするとゲームより過去か未来がという話だが、ゲームでの勇者は初代勇者が功績を上げて侯爵位を承り、代々勇者を輩出する家系となっていた。あのユーリは平民だが、きっとこの後活躍して侯爵位をもらうのだろう。その数世代先にあのゲームのユウが生まれるに違いない。


 今まであの勇者やミラー様を見てデジャブ感を感じてたのは、彼らがあのゲームの攻略者達のご先祖様だからか。どうりで面影が似ている訳だ。


 しかしこの世界があのゲームの過去の時代だとして、私はどうすれば良いんだろう。ユウに会えるなら話は別だが、推しの居ない世界に落とされても何も良いことなんてないじゃないか。神様は何でそんな意地悪をしたのだろう。ユウさえいれば、私はなんでも頑張るのに……。

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