第6話 異世界チートを使ったみたいです。

 放心状態からなんとか戻るとリア様と馬車に乗り、王城へ向かう。王城までは馬車でも1週間程走らなければならないらしい。


「ユーリ殿が今回いた森は王都からかなり離れているんですよ。彼はあの森の奥にある洞窟でレベル上げをしているみたいですが、もっと近くまで移動してくれたら楽だったのになぁ」


 そうぼやくリア様。


「レベル上げって何ですか?」


「普通は魔力や体力を上げることですね。魔力は体力は使えば使う程増えて行くので、魔道士や騎士はああいった洞窟にいる魔物と戦って基礎力を増やして行くんです。増えるといっても微々たる物なので、何十回、何百回と戦ってやっと100増えるくらいですけどね」


「そんなに基礎力を上げるのは大変なんですね」


「えぇ。ですから貴方の魔力∞は本当に奇跡的なんですよ。我々がどんなに努力しても手に入らない代物です」


「……私なんかがそんな力を得てしまってすみません」


「いえ、それに見合うことを前の世界でしたということですから。羨ましくはありますが恨んだりはしませんよ。むしろあなたみたいな人に会うことが出来て私は幸せです! まるで伝説を目の前にしているかのようで、歴史の1ページを刻んだというか、その鑑定を私がしたということがもう感無量でして!! 伝説に触れることが出来て、あなたと同じ時代を過ごせると思うと本当に胸が熱くなります!!」


「……そうですか」


 どう反応して良いのやら。スキルの話になった途端かなり饒舌になり、最後は感無量と言って涙を流しているリア様。

 私が欲しくて得た力でないのだし、今の私にはこの価値がイマイチ分かっていないのだが泣くほどのものだろうか。



「それで彼の場合のレベル上げは、勇者の剣のレベル上げも含まれますね。最初に鑑定した時の彼は、勇者の剣レベル1だったんですよ。だから彼は他の者から認められなかったっていうのもあります。平民とかいう以前に勇者としても大した力はありませんでしたから」


 勇者なのに、勇者スキルのレベルが1とか。なんの為の勇者スキルなんだと思ってしまう。私には無限の力を与えて勇者は1からスタートとは鬼畜な神様だ。


「だから彼は自分が認められないのも納得した上で1人旅だったんです。3年間の間にスキル5まで上がっていましたからかなり努力をしたんだと思いますよ」


「……ちなみに勇者スキルってMAXいくつになるんですか?」


「それは分かりません。何せ勇者スキルは今までの歴史上初めて出たスキルなのです!! 彼が初代勇者になるだろうとされています。その鑑定にも私が携われたのですから、もう私に思い残すことはありません!! って話がそれましたね。勇者スキルは恐らく魔物の動きが活発化してきて、それに対峙するために神様が新しく作ったのじゃないかとされています」


 この国の神様とはどういう捉え方なのだろうか。魔物も神様が作り出したものではないのか? 今そんなことを聞いてもキャパオーバーになりそうなので、やめておく。

 それにしても初代勇者という響き……なんだか聞いたことがある気がする。何だろう、元の世界とこちらでの記憶がまだ混濁しているのだろうか。時々こうした既視感と言ったようなものに襲われるのだ。



 それから私たちは宿に泊まりながら王城まで移動した。隣に人の温もりがないのに寂しく思ってしまう。今まで社会人になって7年間も一人暮らししてきたのに、この1ヶ月でそんな風に感じたしまうとは。この世界でどれだけ彼を頼って生活していたのか分かる。



 ◇


「王城に着きましたよ」


 そう言われて見えたのは、立派なお城だった。昔話に出てくるような西洋のお城、ここに今も人が生活しているとは夢の中のようだ。


「すごい立派な建物ですね」


「ええ、王族の生活はもちろん、政治や騎士や魔導士の訓練場もすべてこちらに集中しているのでそれなりに広くないといけませんからね」


 すごいと思うが、逆にここを攻撃されたら一発で国が滅びそうだ。だからなのだろう、城の周りには何重にも城壁が囲い城を守っている。

 私たちがいるのはまだ門の前なので、建物までに行くのにもさらに3つ程門を通過し、さらに馬車で進んでやっと城に辿り着くらしい。


「ユリ様の事はもう王様に報告済みですので、王様の客人として城へは滞在して頂きます。専用の客室も用意していますので、まずはそちらに案内しますね」



 そう言って私が通されたのは大きな客室。私の一人暮らしをしていた8畳の1Kの部屋よりも大きいだろう。

 室内にはテーブルとイス、大きな天蓋付きベット、化粧台が置いてあり、奥の扉を開けると洗面所、浴室、そして衣裳部屋まで用意されていた。

 ここ1か月ほどテント生活をしていたので、お風呂にはいれるのは嬉しい。


「旅の疲れもあるでしょうから、今日はこちらの部屋でゆっくり休んでください。こちらのベルを鳴らせば侍女を呼び出せるので、何かあれば呼んでください。夕飯も今日はこちらの部屋に運ばせます。何か質問はありますか?」


「いいえ、ありません。この部屋は自由に使っていいんですよね?」


「はい、こちらの部屋に不満がなければこれからここがあなたの部屋として今後も使っていただける予定です」


「分かりました」


「では明日の予定は後で今から呼ぶ侍女に聞いてください。彼女があなた専用の侍女です」


 そういうとベルを鳴らすリア様。しかし音鳴ることはなく不思議に思っていると、すぐに侍女が入ってきた。


「今音が鳴っていないのになぜ分かったの?」


「これは魔道具で、こちらのベルを振ると、相手が持っている対のベルが鳴って伝わるようになっているのです。なかなか便利ですよ?」


 さすが魔法の世界、ところどころこういった不思議なものがある。


「凄いわね。これだったら確実に相手に伝わるわね。自分が慣らしたかどうか不安になってしまいそうだけど」


「防犯的には鳴らない方が良いですからね。何かあった時に静かに助けを呼べます。それにこうしたものなら異世界チートでも作れますよ。何せ異世界チートですからっ!!」


本当に力の話になった瞬間人が変わるのはやめて欲しい。まだこの状態のリア様に慣れない。


「こんなのも作れるの!?」


「はい、ベルさえあれば作れちゃいますよ! 機能をイメージしてベルに付与すればあっという間に魔道具の完成です! 異世界チートがあれば簡単簡単!」


「じゃあこれも落界人が……?」


「いや、これは魔道士が作ったやつですね。落界人の作ったものは他のやつには真似できないので、量産には向いてないんです。だから落界人とは別にちゃんと魔道具の研究をしている機関があります。魔道具を作るスキルを持つ者が研究にあたっているんです」


「こほん、そろそろ私を紹介して頂いてもよろしいですか?」


 侍女の存在を完全に忘れていた。リア様がすまなそうに紹介してくれる。


「こちらは王城で君の世話をしてくれる侍女。名前は……ナーランだったかな?」


「ローランでございます。よろしくお願い致しますユリ様」


 リア様はやはり魔法以外には興味がないらしい。気まずそうに笑うと退出していった。


 ローランは見た目は私と同じくらいの女性だ。少し厳しそうな印象を持つが、ちゃんと仕事はしてくれそうなのでこういうタイプの方が私には良い。



「よろしくお願い申します。私は山本由莉です」


「ローランと申します。私には敬語も不要ですので、気軽にお申し付け下さい」


「分かったわ」


 そうして自己紹介を終えると、明日についての説明がされる。明日は王様との面会があるそうだ。

 昼過ぎの予定なのだが、朝から準備をする必要があるとのことで、7時にお越しに来てくれるそうだ。

 今日は一人で過ごしたい旨を伝えると反対されることはなく安心した。


「では今日の夕食は何が宜しいですか? お口に合うものを用意させて頂きたいのですが」


「こっちの世界の料理を食べなれて居ないの。どんな味なのかも分からないから……そうね、普通にみんなが食べているようなものを出して。それにパンとサラダをつけて貰えれば大丈夫だと思うわ」


 もし口に合わない場合申し訳ないが、パンとサラダだけ頂こう。


「承知致しました。食事係にもそのように伝えさせて頂きます。では夕方また伺いますね」



 そうして退出するのを見送り、私は早速浴室に向かう。広いバスタブに気分も高揚する。久々のお風呂だ。蛇口をひねればお湯と水が出てくるタイプで私でも問題なさそうだ。そうしてバスタブにお湯を張り、着替えを探しに行く。



 私はあの服2セットで寝泊まりも全て行っていたのだご、先程見た衣装部屋に室内着があったはずだ。

 勝手に使って良いのか悩んだが、この綺麗な部屋であの汚れた服を着る勇気の方がなかった私はあっさりと新しい部屋着を取る。ふわっとしたワンピースと、ついでに新しい下着も借りてしまおう。


 着替えを準備して浴室に向かうとお湯のはり具合もちょうど良さそうだ。バスタブの近くには石鹸類も備えてある。

 久々に石鹸で洗うことが出来ると思うと泣けるほど嬉しい。現代人の私に石鹸なしの川での入浴は本当に耐えたのだ。


 石鹸で身体全身と、髪を洗っていく。自分の体臭が変わった気がする……やはり臭かったのだろうか。洗い終えると湯船に浸かる。


「はぁ〜〜極楽極楽。これで入浴剤なんかもあれば良いんだけどなぁ」


 そう呟いて、目を瞑りリラックスする。私が良く使っていたのはミルクの入浴剤で、トロトロの乳白色の湯船に浸かるのが好きだった。

 ああいうのがこの世界にもないかなと懐かしんでいると、何だか身体にまとわりつく水がしっとりして気がしてきた。目を開くと水が白く濁っており、好きだった入浴剤の香りがふんわりとする。


「これが異世界チートってやつ!? 便利過ぎない!?」


 無意識レベルで発動してしまうとは。何だか逆に色々と大変そうな予感がした。


 浴室を出ると髪を乾かす。もちろん異世界チートを使って。髪を乾かしたいなぁ、自動で乾かしてくれる魔道具とかないのかなと思ったらあっという間に乾いてしまったのだ。

 王宮に移動している間の宿は簡素で、ドライヤーがあるという発想にならなかったので恐らくスキルが発動しなかったのだろう。

 リア様が何事もイメージが大事たと言っていたように、私が具体的にイメージしたことのみが発動するらしい。

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