桜の下で、また君と
サヨナキドリ
遥
3月20日。数日前に、既に卒業式を終えたのだけれど、俺は制服を着て高校の前に来ていた。
「……桜はまだ、咲いてないな」
ほころびかけの蕾を見上げて俺は呟いた。遥と出会った3年前のあの日は、桜が満開だった。
その日俺は、通学路の確認と進学先の高校の下見のためにこの場所に来ていた。満開の桜を見上げてから、校門にお辞儀をして帰路についた。その直後、学校の目の前にある横断歩道で信号待ちをしている時に、女の子をおんぶしている男の人と居合わせた。妹だろうか?その女の子は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「(……ねえ、お姉ちゃん)」
俺がその子に呼びかけると、その子は少し不思議そうにこちらを見た。俺は、目と口をフルに使って百面相をする。それを見たその子は、口元に笑みを浮かべた。気を良くした俺は両手も使って全力の変顔をする。……が、彼女をおぶっていた男はそれに気づいていなかったせいで、信号が変わると共に歩き出し、変顔をしていた俺は彼女たちの向こうにいた俺と同い年くらいの女の子——遥と目が合った。
「ちがっ、これは——」
俺は慌てて釈明しようとする。遥は少し不思議そうな顔で、俺とおぶわれている女の子の背中を見比べた後、口元を押さえて笑って言った。
「優しいんだね」
その笑顔を見た瞬間に、世界がそれまでより明るくなった気がした。遥も、この春から通う学校の下見に来ていたのだという。
けれど、遥と一緒に卒業することはできなかった。また一緒に桜を見ようって約束したのに。高校の外周を歩きながら、彼女の主治医だった男とのやりとりを思い出す。
「なっ……どういうことですか!『分かっていた』って!」
食ってかかる俺に、男は落ち着いた様子で応じる。
「中学を卒業した時点で、彼女の病状は末期だった。それでも普通に通学できていたのは、最先端の緩和ケアによるものだ」
「そんなこと、俺にはひとこともっ……!」
「分かってやってくれ。知れば君は、彼女と違う形で接していただろう。彼女は最期まで『普通の女の子』でいたかったんだ」
最後の角を曲がったところで、不意に誰かに手を掴まれて俺ははっと目を開いた。左手の先には、俺の腰くらいの背丈の、小学校に入るか入らないかくらいの女の子がいた。その横顔を見て、俺は息が詰まったように呼びかける。
「はるかっ……!」
「こっちには行かない方がいいと思う」
その言葉に顔を上げると、満開の桜並木が目に飛び込んできた。いま、ここが、3年前の今日であることが分かる。校門の正面に、お辞儀をしている男の子がいる。
「……おいで、遥」
俺は女の子の前にしゃがんで、背中を差し出した。少し躊躇いながらも彼女は私の背中に乗る。それから俺は歩き出す。歩幅が変わっているから、同じペースで歩いていても男の子との距離は縮まっていく。追いつく。
「だめだよ。このままじゃ、『出会っ』ちゃう……」
耳元で女の子が言う。俺は俯いて黙ったまま前に進む。信号の前には2人。間に立つ。信号が変わるのを待って、歩き出す。声は小さくて聞こえなかったけれど、隣で信号待ちをしていた女の子が
『優しいんだね』
と言ったことは私には分かっていた。
「……『お姉ちゃん』って何?」
背中におぶった遥が、笑いを含んだ声で言うのが聞こえた。
「仕方ないだろ。ただ『君』とか『お前』とか呼んだら、下の男にまで反応されるかと思ったんだから」
俺が答えると、遥はくすくす笑った。それから、少し真剣な声になって言う。
「……いいの?こうなることは分かってるのに。あんなに泣いてたのに」
「いいに決まってるだろ」
遥が肩を掴む手にきゅっと力がこもる。
「俺が悲しかったのは、遥と過ごした時間が幸せだったからだ。幸せじゃなければ泣かなかった。終わりが悲しくても、それまでの幸せを俺は否定したくない……できないよ。例えどんなに悲しい結末だとしても、何度やり直せたとしても俺は遥と出会うことを選ぶよ」
遥が首に腕を回して、抱き締める。
「ありがとう、大好きだよ」
「さよなら——またね、遥」
背中から重みが消える。目の前を桜の花吹雪が通り過ぎる。見上げると、桜の花はまだどこにも咲いていなかった。
「……約束、守ってくれたんだ」
俺は晴れやかな笑顔でそう呟くと、膝から崩れ落ちて泣いた。
悲しくないのかって?悲しいに決まっているだろう。だって、あんなに幸せだったんだから。
桜の下で、また君と サヨナキドリ @sayonaki
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