第二話 離宮の子供

 離宮は、王宮から離れ古く小さく使い勝手が悪く、顧みられることのない場所だ。朽ち果てないよう管理するために、最低限の使用人が配置されていた。離宮の庭には、覚束ない足取りの子供と子供を見守る使用人の女が時々現れた。


 小さな子供に、私達は興味を惹かれた。王妃派に気づかれないよう細心の注意を払って、私達は小さな子供を見に行った。訳の分からない叫び声は、少しずつ意味有る言葉に近づいていった。覚束ない足取りのままでも、転ぶ回数が減っていった。些細な変化が面白かった。


「たぁ」

初めて声をかけられた日のことを、覚えている。茂みに隠れていた私達を見つけ、得意そうに笑い、両手を叩いて喜んでいた。


 子供を抱き上げた使用人の女は、私達に、順に子供を抱かせてくれた。子供は、小さくて柔らかくて、重たくて、手や足を動かした。


「礼を言う。だが、もう来ない」

長兄の言葉に、使用人の女は子供を抱いたまま、深々と頭を下げた。

「今日、お前は誰にも会っていない。いいな」

「生き延びろ。生き延びさせろ」

次兄と私の言葉を、使用人の女は深々と頭を下げたまま聞いていた。


 長兄は遠眼鏡を片手に、塔に登るようになった。次兄や私にも、遠眼鏡を使わせてくれた。遠眼鏡で見たものを語り合うために、私達は遠乗りに出掛けた。馬術の腕を磨いて、護衛を振り切った。


 古い離宮には何の関心もないという態度を、私達は貫いた。王宮に使用人は多い。どこに王妃派がいるかなど、わからなかった。


 覚束ない足取りだった小さな子供は、まともに歩くようになり、走るようになり、飛び跳ねるようになった。


 少し大きくなった子供は、笑ったり手を振り回したり、飛び跳ねたりしながら、使用人の女と、何か話をしているようだった。使用人の女も笑っていた。


 私達は、互いの腹の中を探る会話を繰り返し、上っ面だけの笑顔を貼り付けて日々を過ごしていた。遠眼鏡の向こうの声の聞こえない楽しげな会話は、救いだった。


 遠眼鏡越しに、穏やかに流れる離宮の時間を見守っていたある年、王宮で次々と人が流行り病に倒れた。私達兄弟も例外ではなかった。


 流行り病の脅威が王宮を去った時、私達兄弟は愕然とした。


 

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