第11話 王家の人々
「面を上げよ」
夫によく似た声だった。夫が顔を上げたので、私も顔を上げた。国王陛下も、王子殿下方も夫に似ていた。一番お若い第三王子殿下も、夫が生まれた頃には、今の夫と大差ない年齢だったはずだ。夫が年齢を重ねたら、こうなるのかと私は感慨深く、ご尊顔を拝見した。
王妃様は、血生臭いと、祝勝会に参加されないことが決まっていた。少し私も心穏やかだった。もちろん、王妃様の息のかかった貴族などいくらでもいるだろうから、油断など出来なかったけれど。
「戦傷者か」
陛下から、お言葉をいただいたが、荒い呼吸を繰り返していた夫には答える余裕はなかった。私は、何を言ったらいいかなどわからなかった。
「お前の褒美は、木の棒で十分だ」
何番目なのかわからないが、殿下の言葉に、召使いが素早く動き、椅子を支えにしていた夫の手に、杖を握らせた。
「下がれ」
言葉は冷たかったが、今の夫には、これ以上もなくありがたい言葉だった。貴族達は、衣擦れの音をさせながら、夫のために最も近い扉までの道を開けてくれた。
足をひっかけたり、意地悪をする人はいなかった。
私と杖にすがって夫はなんとか扉の外まで歩いた。それが夫の限界だった。
扉が閉まると同時に、夫は私を巻き込んで倒れてしまった。
王宮の召使いは、手際が良かった。大柄な人を呼んできて、すぐ近くの部屋まで夫を運ぶように頼んでくれた。見た目よりもずっと重い杖を、私に代わって持ってきてくれた。
夫のために冷たい水を、私のためにお茶と軽食を持ってきてくれた人の顔を見て、私はようやく気づいた。
「遅い」
相手が苦笑したが、私はこんなところで、召使いをするような人だとは思っていなかった。
「だって、あなたは貴族でいらしたではありませんか」
学園の同級生だったのだ。
「僕は家督を継がない、しがない三男だ。婿入り相手が見つかるまでは、王宮でこうやって働く。見つからなければ一生だ」
私は心底驚いてしまった。
「君は気づいていなかったようだけれど、同級生は広間にもいた」
夫を支えてくれた人がいたことを、私は思い出した。
同級生は突然背筋を正した。
「休憩の後に、お帰りくださいませ。杖は、必ずお持ち帰りください。お忘れなきように、お願いいたします」
突然態度を変えた同級生に驚く私に代わって、夫が囁くような声で答えた。
「おきづかい、いただき、ありがとう、ございます」
王宮では、何処に人の目や耳があるかわからないと、夫は言っていた。同級生たちには、同級生たちの立場がある。
「御用のときは、そちらの呼び鈴をお使いください」
同級生だった召使いは、まるで人形にでもなったかのような、お辞儀をすると、部屋から出ていってしまった。
夫は水を飲み、私が軽食を食べ終わるのを待って、小さく呼び鈴を鳴らした。同級生が呼んでくれた大柄な人が、夫を馬車付き場まで背負って運んでくれた。王家のどなたかから頂いた重たい杖は、同級生が恭しく運んでくれた。
「もう会うことはないだろうけれど。お幸せに」
馬車の扉を閉めながらの言葉に、私は御礼を言うのが間に合わなかった。
無理をした夫は、その後三日三晩寝込んだ。ようやく動けるようになった夫は、あの重たい杖手にしていた。
杖には剣が仕込まれていた。木の棒なのに、重かったのは、そのせいだったのだ。
「父上、兄上」
杖を抱いて、涙を流す夫を、私は抱き締めた。
王家の威信や矜持など、私にはわからない。でも、杖無しでは生活できなくなった夫のため、陛下と殿下達は、杖を用意してくださった。単なる杖ではなく、剣が仕込まれた杖だ。今の夫の体で、どこまで使えるかわからないが、身を守れるようにという、お心遣いだろう。
夫に死んでこいと命じた夫の家族は、命令に背いて、生き残ってしまった夫のために、仕込み杖を下賜してくださった。
陛下は夫を戦傷者であると認め、殿下は単なる木の棒を褒美として与えると、周囲に聞こえるようにおっしゃった。きっと複雑な事情があったのだろう。
「よかったわね」
私の心からの言葉だった。愛はいろいろあるのだ。家族愛もきっと様々だ。
私の言葉に、夫は涙を流しながら頷いた。
私の両親が私に注いでくれる愛とは違うが、私の夫は、夫の家族から愛されている。それがわかっただけで、私は幸せだった。
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