卒業式、屋上にて。
まっく
卒業式、屋上にて。
屋上。
寝っ転がって、空を見上げる。
前途有望な若者たちの旅立ちの日に、お世辞にも相応しいとは言えない空。
「やっぱりいた」
「なにか用か」
「卒業式に出ようと体育館に向かってたら、屋上に人、いるの見えて」
そう言って、はにかむ顔は、さながら青春映画のヒロインのようだ。
その女の子は、麦わら帽子を被ると、蝉の声が降りしきる木陰で、サイダーを飲んでいるのが似合いそうな、そんな見た目をしていた。
「君、名前は」
「
「いい名前。それにしても、所くん寒そうだね」
「そっちも寒そうだけど」
「だよねー。大体この高校、スカートも短過ぎる気がする。誰がエロいの? 校長?」
「エロくない人間は、この世に存在しない」
「あの世には存在するってこと?」
冗談ではなく、本気で首を傾げているようだ。
「天然って、よく言われるんじゃない」
「言われるけど、絶対にそんなことはない」
天然の人は、必ずそう答える。
「あの世に存在するかしないかは、行ってみれば分かるんじゃないの」
「嫌な言い方だなー。ちょっと刺さっちゃうよ。所くん、友達いないでしょ」
「幸いにも」
卒業式は、もう始まった頃だろう。
これ程までに静かな昼間の学校は珍しいのではないか。
「で」
「で?」
「名前」
「あー、はいはい。
寝っ転がる俺に、丁寧にお辞儀をする。
「隣、座っていい?」
「座ってから言うか」
「既成事実を作ってから、聞くと断りにくいって、何かの本に書いてた……気がする」
「気がするだけかよ」
「うん。なんかそういうの、どんどん薄れていっちゃうんだよね」
「覚えてなくていい事なんだろ」
強い風が木々を揺らすが、どこまでも広がる分厚い雲までは押し流さない。
沈黙が続く。
不思議と苦痛ではない。
共通の話題を話すべきなのか悩む。お互いにそう思っているのかもしれない。
「所くんはさ、卒業式出なくていいの?」
「そのつもりだったんだけど、来てみたら、何か違う気がして」
「分かるなぁ、所くんのその気持ち」
「柳下さんは、夏服じゃあまりにも場違いだから?」
「いや、そんなことは……少しはあるかもしれないけど、仲良かった友達みんなの表情が楽しそうで、晴れやかで」
「そうなんだ」
「なんか私、性格悪いよね。でもね、でもね、私の事で暗くなって欲しくない思いもあるんだ」
「人間らしくて良いと思うよ」
柳下さんは、ある夏の日に熱中症で倒れてしまい、運悪く
「でも、こういう成仏? それが出来ないのって、もっとこう、すごい無念とか、思い残しとかある人なんだと思ってたんだけど」
「柳下さんは、そういうの無いの?」
「運が悪いなとは思うけど。とりあえず、世代は違っても、卒業式に出てみれば成仏出来るのかなって思って」
「柳下さん年上だったの?」
「実は。でも享年は同い年じゃん? それよりもさ、所くんはどうなのよ」
「俺は全く無い」
俺は幼い頃から体が弱く、入退院を繰り返し、ずっと学校も休みがちだったのだが、高校に入ってようやく体調も安定してきた矢先に、癌が発覚し、闘病むなしく、卒業式を前に死んでしまった。
自分の中では、よく頑張った方だと思う。
「まあ、そもそも明日が初七日だし」
「えー、じゃ全然立場が違うじゃん! わー、恥ずかしー、私、勝手に同士だと思い込んでたよ」
「でも、初七日って、三途の川に到着する日のはずだから、今からで間に合うのかなって、実は思ってる」
「ダッシュで行けば大丈夫だよ」
「俺、ずっと病弱だったから、走るの自信ないんだよね。病院の入院着にスリッパだし」
柳下さんは「そっか」と言って、まるで自分の事のように落ち込んでいる。
「柳下さんは、走るの自信ある?」
「元陸上部! てか、陸上部のまま死んだ」
「じゃあ、俺を引っ張って走ってくれない?」
「おー、それで一緒に三途の川を渡っちゃう」
「意外と勢いで、成仏出来るかも」
「やりたい、やりたい!」
柳下さんは子供のようにはしゃいでいる。
俺は、今日この場所に来て良かったと思った。
迷える柳下さんをあの世に導く為、いや、この場合導かれているのかもしれないが、その為に、柳下さんと出会う為に死んだのだとすれば、自分がこの世に生まれてきた意味があったと思える。
「よし、所くん、スリッパ脱いで」
「え、裸足?」
「走りにくいでしょ」
柳下さんを見ると、既に靴を脱いで裸足になっている。
「柳下さんまで、裸足になる必要ある?」
「こういうのは、一体感が大事なの」
どこかほんわかしていた柳下さんの表情が今は頼もしい。
俺は勢いよくスリッパを脱ぎ捨てた。
「所くんはさ、あの世に行ったら、まず何したい?」
「特に考えてないけど」
「私はね、まずエロくない人間を探す!」
俺たちは走り出した。
この世に別れを告げる為に。
卒業式、屋上にて。 まっく @mac_500324
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