暁のバニーボーイ

足音

第1話

「一日の時間が長くなってきてる?ってなんでまた」

 博士が送ってきた通信機からノイズ混じりの割れた声が返事をしたようだが嵐の轟音にかき消されて聞き取れない。

「すみませんこっちうるさくて!大きい声でお願いします!」

 こちらの声も風音とトラックのエンジン音が混じって相当聞き取りづらいはずだが伝わっているのだろうか。

「一日の時間が長くなるっていうのは地球の自転が遅くなってきているってことだね! 普通に暮らしていてわかるほどではないけどね! 」

「すごいことのような気がするけどピンときません。もしかしてそれが」

「そう、この嵐の原因だよ。遅くなっていく自転とそれについていけない大気とのギャップが地球規模の大異変を引き起こしているんだ!」

「それは……直るんですか? 原因がそれならもう地球はダメってことでは?」

「だから金持ち連中はどんどん宇宙へ逃げてるよ!」

 薄々そんな気はしていたけれど実際に知るとやはりショックだ。

 滅亡不可避、手立てなし。人類にとれる有効な対策はないということだ。

 暴風にハンドルをとられつつ路面の障害物を避けてここまで長距離運転してきたことも自分の人生もなにもかも虚しい気がしてきた。

 紙幣が紙屑になりつつあるこの状況で仕事なんてする意味あるのか?


 いまや天候に過去の常識は通用しなくなっていた。

 地球の気象バランスが急速に崩壊しつつある。それが気象学者たちの一致した見解だった。

 世界各地でさまざまな天災が起き、日本国内もどこへ行っても暴風警報津波警報あらゆる災害警報が出ていて逃げる先もない。


 俺は大型ドローン操縦士だ。3人乗りのドローンに観光客を乗せて景色の良い湖の上を周遊する商売を始めたばかりでこの災害にあった。

 嵐が日常となった今、ドローンを飛ばせる場所などなく俺の家も飛来物で壊されて避難所生活をしていた。

 そこに謎の通信機が届きまさかの仕事が舞い込んだのである。風が吹かない地下の大空洞のような場所でドローンを飛ばして人を運んでほしいということだった。

 危険な仕事だとは聞いたが提示された報酬は高額だった。不安の中に沈んでいるよりはできることがあるならしたかった。

 そこでもう役立たずになったと思っていたピカピカの新型ドローンをトラックに積み込んでこうして運んでいたわけだ。


「じゃあもう全部無駄なので俺は帰ります。あー死ぬまでなにして過ごそうかなあ」

「モノリス棒の音がする。近くまで来たね!」

 山の音がマイクに入ったらしい。通信状況が少し良くなっている。

 音の源はフロントガラス正面を黒々と覆う山影だ。隣県を走っていたときはまっすぐ切り立った塔型の輪郭が見えたが近くなった今はただのしかかってくるような圧迫感の巨大質量でしかない。


 巨岩が割れる悲鳴のような高音と内部の軋みと地鳴りの音が嵐の向こうから聞こえてくる。

 とても棒とかモノリスとかいう様子ではないが、最初に宇宙から飛来して地面に刺さったときは地上部分が2mほどしかない小さなものだった。板ではなく棒状であることを除けば映画『2001年宇宙の旅』に出てくるモノリスを連想させたため、最初はそう呼ぶ人が多かった。それがみるみる成長して今のような様子にまでなってしまったのだ。衛星写真で見ると日本列島に突き立った杭のようだ。

 気象災害の方が被害が大きいため影に隠れているがこれだって平時だったら大騒ぎだったはずだ。

 今でもまだ成長を続けていて、内部の成長に圧迫された外側の岩が裂けて砕ける音を絶え間なく発している。


「あれが何を吸収して成長しているのか、それが謎だった。周囲からはなにも減っていないように見えるからね。でも減っているものが見つかった。地球の自転エネルギーだ。どういう原理かあれは地球の自転からエネルギーを奪うことで巨大化しているらしい。あれを調べることは無駄じゃないかもしれないと私は思っているんだが君はどう思う? 力を貸してくれないかな?」

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