水と花

絵之旗

第1話 飴

退屈だ。

ふと満員の電車でそんなことを思った。

普段なら何も考えずに高校に通うのだが、今日はなぜか学校が退屈で仕方ない場所に思えた。友人もそれなりにいるし、成績も悪いわけではない。

傍から見れば順風満帆な高校生活を送っているように見えるだろうが、私の心は満たされてはいなかった。


考え事をしていたからだろうか。大勢が下車する駅は川のようで、私はその勢いに巻き込まれた。そのまま電車に出てしまい、しまいにはこけそうになる始末。


まずい!


しかし、私はこけなかった。私の目の前にきれいな女性がいた。ぱっと見で私よりも年上のお姉さんだと分かるが、それ以上にスーツを着こなす女の色気が同性ながらに劣情を抱く様だった。お姉さんが、前に倒れそうな私を後ろから腕を掴んで倒れるのを防いでくれた。

「大丈夫?」

「あ、はい。あ、ありがとうございます。」

私の返事と共に電車のドアが閉まり愉快な音を鳴らしながら次の駅へ去って行った。

その状況を「あ、あああぁ」と声にならない声で見送る私とそれを見守る気まずそうなお姉さん。

「…大丈夫?」

お姉さんが奥ゆかしく聞いてくる。もみあげを耳にかける仕草をしながら膝から崩れ落ちている私の目線になるようにしゃがむ姿はまさしく一国の姫のよう。魅力的な動きばかりで目が離せない。私はお姉さんの動作にいちいちドキドキしながら答えた。

「…だ、大丈夫です。今日はさぼりたい気分でしたし。」

「まぁ。きちんと学校に行かないとだめですよ。」

「…はい。」

私が生返事をするとお姉さんはあざとく考えるポーズを取る。年上がそういうあざとさを発揮するときついと思うのだが、目の前のお姉さんはなぜか可愛らしく見えた。


「そうだわ。はい、これあげる。」


そう言ってお姉さんが渡してきたのは飴だった。

有名な会社が出しているミルク味の飴。

私の生返事をどう受け取ったのかは知らないがなぜ飴なのか。

しかし、飴を渡すという行為も考えも可愛いと思えて仕方ない。


「え、あの、これ。」

私の手を握って強制的に渡す。

思わず握りしめられた私の手にはお姉さんの手が触れている。

意識することではないがその事実が妙に違和感だった。


「どうやら、心の怪我でもしているみたいね。これでも舐めて落ち着いてね。」


そういうとお姉さんは手を振りながら去ろうとしていた。

私はなぜか胸が締め付けられるような気がして声を発した。


「あの!」


お姉さんが振り返る。

急に冷静になる私。なぜ引き留めた。焦りと興奮でテンパる。だけどなぜか離れたくない。しかし、いや、

……。とっさに出た言葉任せに私は言った。


「また会えますか!」


何を言っているんだ私は! きっと今の私の顔は真っ赤に違いない。なぜそういうことを言ったのかも分からなかった。そして言った瞬間に後悔した。理解不能な行動に私自身が引いているのだ。お姉さんもヤバい奴認定して去っていくことだろう。私が一瞬の内に覚悟を決めるが反して帰ってきた言葉は優しい声色だった。


「ええ、もちろん。」


笑顔で答えたお姉さんはそのまま駅の奥へと消えていった。

あっけにとられた私は放心状態でその場にいた。膝から崩れ落ちてそのままだったので立って今一度冷静になる。


お姉さんにもらった飴をなめながら私は空を見上げる。

なぜか気分が軽かった。





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