第6話 会話

持っていたカメラは古くて年季が入ってるものの丁寧に包装されて保管されていたわけでもないので、特別価値のあるものだと思ってはいなかったけど少し骨董品として期待していた。でも、その彼女にいくらか前にほど前に大量に生産されたもので特に価値はないと断言され少し凹んだ。カメラ本体に刻まれた数字を見ていたらしい。彼女は「犬養美郷」と名乗った。あの歴史的な宰相の血を引くという訳では無いと二言目に付け加えた。きっといろいろ聞かれたんだろう。それは今も残っている人間はよほど幸運か名家しかないからだ。そして僕も名乗った。

『珍しい名前ね。食べちゃいたい』

とこちらをドキリとさせる発言をした。名は体を表すというのはその通りで彼女は美しい。目鼻立ちがくっきりし、少しクセがあるもののそれが異性にとっては魅力的に映る顔立ちをしていた。歳は一つ上らしい。彼女は僕のカメラに興味があったらしく手に取って見てみたいと言ったので渡した。フィルムカメラを持つのは初めてらしく

『意外に重いのね。』

と感想を漏らして不意にファインダー越しに僕を覗いてきた。その瞬間の仕草がとても美しくて僕は心を撃ち抜かれた。心臓をぎゅっと握られたみたいに。もし、そのカメラで僕の心が撮影されていたらどうなんだろう。美しいものをカメラが撮影する義務を背負っているのなら明らかに今レンズは正反対の方向に向いているはずだ。




立って話すのもなんだからと一緒に歩いて座れる場所を探した。しばらく歩くと丘の上に広い芝生の公園を見つけた。ここでは街全体が見渡せる。そこにあったベンチに座りまたポロポロとどちらからともなくお互いの事について話し始めた。何処に向かう予定だったのかと問われて僕は正直にここにカメラを持って出て来るまでの経緯を話した。冷たく興味のない反応が返ってくるのかとほとんど期待に近い予想をしたが、彼女は想像以上に同情してくれて僕の気持ちに寄り添ってくれた。大袈裟に芝居じみた感じがなく、部屋に知らぬ間に入ってきた落ち葉のように気付くとそこにいて少しホッとするようなそんな温かみのある距離感だった。しばらく話していると陽が傾き始め何となくお互い家に帰る雰囲気が漂った。僕は少し残念な気がしたけどここでさよならするのも仕方ないと諦めかけた。

『明日もここで会わない?』

と突然言われ、現金にも程々に先程の諦めかけた気持ちなんて夕日と一緒に沈めてしまおうと思った。お互い軽く挨拶して約束をして別れた。僕の中には初めて抱く感情が流れていた。なんとなくだけど、目の前の夕日をカメラにおさめて家に帰った。しばらく家を空けようとした決心も忘れるくらい浮き足立っていた。

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未来話 凪花侑太郎 @itohanaeitaro

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