画面越しの君と目が合った

宿木 柊花

さよなら

 毎日毎日何分割もされた複数の画面を見つめる日々。視界を形にならないモザイクアートで支配されるこの数時間は、暇という拷問を受けている気分だった。


 あの日、君を見つけるまでは……。


 彼女は週に二日連続で来る。

 一回目は派手めな子数人と、そして二回目は翌日にもう一度。

 長い髪、近隣の高校のブレザー、フタを閉め忘れた通学鞄。

 君はドジっ子なのかな?


 自信無さげに両手を組んでキョロキョロと何かを探す仕草は、実家で飼っていたハムスターと似ている。

 その姿に頬が緩むのを抑えられない。

 不思議と胸がキュッと締め付けられて目が離せなくなってしまう。


 だからかな、君を見つけると翌日のシフトを同僚に頼み込んで交代してもらったりしてしまうんだ。


 画面越しの君に会うため。




 今日も君は来てくれた。

 いつも一緒にいる派手めな子達は粗い画面でも分かるくらいに制服を着崩し、スカートに至ってはほぼ映らないくらいまで短い。

 君がおかしな影響を受けないと良いのだけれど。


 またキョロキョロしてる。

 今日は化粧品の棚で迷っているのかな?


 新商品コーナーで口紅を見つめる彼女を見ながら僕は眠気覚ましのコーヒーを飲む。

「お!」

 乱暴に置いたコーヒーが手や机を汚す。

 彼女がこっちを見ている。


 初めて君と目が合った瞬間だった。


 まっすぐに見つめてくる君は少しだけうつむくとまたチラリと僕を見た。そして一緒に来た子達に呼ばれて行ってしまった。


 僕は見逃さない、きっと君は僕に合図を送ったんだよね?


 僕は手元にあった万引き注意のチラシで手を拭くと急いでモニタールームを出た。

 きっと彼女は困っている。なぜか僕はそう確信していた。



 店内に入ると近くの店員からエプロンを受け取った。急いで着込みながら彼女を追う。

 鼓動が速く高鳴る。

 これから彼女に出会う。

 どんな顔をしたら良いのか。定まらない視線で彼女の背中を見つけたのは出口寸前だった。


 僕は息を整えて彼女に声をかける。

 初めて僕は画面越しではない君に声をかける。緊張する。



「すみませんお客様、会計のお済みでない商品はございませんか?」

 彼女は静かに振り返る。画面越しでは分からなかった焦げ茶色の髪がふわりと甘い香りをなびかせた。

 一緒にいた派手な子達は逃げたのだろう、少し離れた場所で確保されていた。今も何かを叫んで暴れている。

 それを見て彼女は短く息を吐いた。いつも祈るように握りしめていた両手は柔らかく下ろされている。

「あります」

 彼女は短く答える。他の子のような抵抗は見せず、付いてきた女性の同僚が事務室へと連れていった。

 声をかけたとき雪のように真っ白だった頬が今はさくら色に変わっている。

 よかった、そう呟いた彼女にはもうハムスターの面影はない。

 真っ直ぐに前を見て自分の足でしっかりと歩いていった。




 彼女達は度重なる万引きで出禁になった。

 彼女は派手な子達から万引きを強要されて犯行に及んでいたという。

 全て風の噂。

 一介の警備員に詳しい事情までは流れてこない。

 あのあと上司から万引きグループを捕まえたとして褒められ、契約社員から正社員に昇格した。

 ……が、断った。


 君のいないモザイクアートはただの拷問でしかない。僕には向いてないと思う。




 僕は今、万引きGメンと呼ばれるモノをやっている。君との事を買われた結果。

 とてもドキドキする現場で君みたいな子を救いたいんだ。


 あれから君はどうしてるだろうって時々考える。もっと早く行動してたら、とかね。

 今、君が君らしく笑えていることを願うよ。


 頭の片隅でね。

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画面越しの君と目が合った 宿木 柊花 @ol4Sl4

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