第7話「弱い」
「……」
孝之は周りを警戒しながら森を歩いていた。地面には山葡萄や栗など、食べ物がそこそこ落ちていた。それらを拾い、空腹を凌いでいるようだ。
「ん?」
孝之は大木を見つけた。しかし、目を取られたのは木ではなく、根元にうずくまっていたクラスメイトだった。
「愛奈、風紀!」
「広瀬君!」
愛奈と風紀は身を寄せ合いながら根元にうずくまっていた。二人は先程から歩きっぱなしで、足首が悲鳴を上げていた。
「お前らこんなところにいたのか。無事でよかった……」
「広瀬君も無事でよかった」
この三人は元々修学旅行の自由行動で同じグループだった。旅行が始まる数週間前から十分交流を深めていたため、お互いを信頼できる。
グー
愛奈と風紀のお腹が鳴った。旅行のために持ってきた食料は底をつき、逃げ場のないゲームの恐怖が空腹を加速させている。二人の視線は孝之の抱えた食料に釘付けになる。
「広瀬君、それ……」
「あぁ、分けてやるよ。付いてこい。この先に俺の作った拠点がある」
「あ、ありがとう!」
二人は互いを支え合い、重たい足を引きずるように孝之に付いていく。
“……て……kて……きて……”
微かに誰かが自分を呼ぶ声がする。柚は重たいまぶたを開き、意識を起こす。
「起きて」
目の前に広がるのは相変わらずの暗い森の木々だ。声のする方に目を向けると、美琴が横に座ってこちらに微笑みかけていた。
「美琴ちゃん、無事だったんだね」
「うん。あっ……ごめん、まだ眠たかったかな?」
「まぁね、こんな状態で呑気に寝てるのもどうかと思うけど……」
体は起こさず、寝転んだまま答える柚。昨日から始まったこのゲームで、自分は隠れながら何とかやり過ごしている。おかげで疲労感が半端ない。
「無理に起こしてごめんね。疲れてるならもう少し寝てなよ」
「うん、そうするね」
スチャッ
何か刃物が擦れるような音が聞こえた。
「おやすみ……柚」
グサッ
「あぁっ! がはっ……あぁ……あ……」
柚のうめき声はすぐに収まった。本当に眠るように彼女の体は動かなくなった。彼女の制服が真っ赤に染まっていく。
「ほんと呑気な女ね。そのまま永眠してろっての、バーカ」
《14番 篠原柚 死亡、残り20人》
ピロンッ
詩音達はメールの通知音で目を覚ました。柚が死亡したことを知らせるメールだった。また一人、自分達の知らぬ間に命を落としたのだ。
「柚ちゃん……」
詩音は昨日の彼女の怯えていた顔を思い出す。必ず助けると約束したのに、自分は約束を守れなかった。さぞ苦しい思いをして死んだことだろう。溢れ出る涙が乾いた顔を濡らす。結希は詩音の背中をさすりながら優しくあやす。
「行こう」
仁が二人を連れて洞窟を出る。詩音がすぐに涙を拭いて立ち上がる。そうだ、泣いている時間なんかない。これ以上犠牲者を出さないために、犯人を探さなければいけないのだ。詩音は悲しみを振り払い、重い一歩を踏み出した。
ザッ ザッ ザッ
仁を先頭に落ち葉を踏み散らしながら進む三人。
「柚がいた洞窟は近い。メールが来てからそんなに時間も経ってないし、アイツがそこで殺されたのであれば、その殺した奴はこの近くにいるはずだ」
クラスメイトを本気で殺そうとしている者が近くにいる。三人は最大限に神経を研ぎ澄ませ、周辺を警戒した。詩音は結希に支えられたままだ。
ザザッ
「はっ! 危ない!」
とっさに仁は詩音と結希を突き飛ばし、地面に倒す。自らも体勢を後ろに倒す。その間をとてつもないスピードで何かが飛び出してくる。
「痛!」
「何?」
倒れた詩音と結希は頭を上げる。そこに立っていたのは、所々血に染まった包丁を握って不敵な笑みを浮かべた美琴だった。仁がとっさに二人を突き飛ばさなければ、今頃二人も血に染まっていただろう。
「惜しい……もう少しで
「美琴ちゃん!?」
飛び出してきたのは美琴だった。茂みに身を潜め、存在に気付かず近付いてきた三人を、不意打ちで刺し殺すつもりだったのだろう。詩音は背筋を凍らせながら、包丁を握る美琴を見つめる。
「美琴、何やってんのよ!」
彼女はクラスメイトを手にかけることを、全く
そして、今見つけた。
「何って、犯人を探してるのよ」
「その包丁は何なの!?」
「犯人を殺すための道具に決まってんでしょ」
怯える詩音を抱きながら、結希は美琴に強く訴えかける。美琴は微塵も悪びれる素振りもなく
「私達は犯人じゃない!」
「それは殺してみないとわからないじゃない」
「もしかして、今までみんなを殺したのって……」
「全員ではないけど、遥と柚は私が殺したわ。全てはこのゲームを終わらせるためよ」
「殺人なんて本気でやっていいわけないでしょ! パニックになるのはわかるけど、こういう時こそみんなで協力して……」
「うるさい!!!」
ガシッ
美琴は包丁を高らかに振り上げ、詩音と結希に飛びかかる。後ろから仁が腕を回し、直前で美琴を押さえ込む。しかし、美琴は男の仁でも苦戦するほどの怪力で、腕から離れようともがく。
「そうやって仲良しこよしやってるアンタ達を見てると反吐が出るのよ! 自分達だけ幸せな夢見てて! 毎日楽しく生活して!」
「美琴、落ち着け!」
美琴は普段からクラスメイトと打ち解けられなかった。誰からも話しかけられず、誰にも認識してもらえない。自分から相手の懐に向かう勇気もない。
そんな閉鎖的な自分が嫌だった。いつしかクラスメイトに理不尽な怒りを抱くようになった。それが彼女を殺人に走らせる引き金となったようだ。
「みんなで協力? 綺麗事言ってんじゃないわよ! 命がかかってるっていうのに、他人のことなんか考える余裕なんかないわよ! こんな糞ったれなゲームに私を巻き込んだ犯人を絶対に許さない! 私は帰る! 生きてこのゲームから脱出する!」
「美琴!」
美琴は仁の腕を剥がそうと必死にもがく。その様は精神異常犯罪者のようだった。
「離せ! 殺す! 殺す! ぶっ殺す!!!」
ザッ
「ぐっ……」
美琴は包丁で仁の右足の太ももを切り裂く。右足に激痛が走り、彼の腕から美琴が離れる。美琴は結希と詩音の方へ駆け出し、包丁を振りかざす。
ガシッ
美琴の腕を掴み、必死に抵抗する結希。詩音は結希の後ろで腰を抜かしている。
「ぐっ……」
「結希!」
結希は詩音とは違い、運動神経だけは並みにある。我武者羅に突進する美琴の腕を、男顔負けの底力でガッチリと押さえる。
「詩音、逃げて!」
「で、でも……」
「言ったでしょ! 私は詩音を守る。何があっても詩音を死なせない!」
結希の言葉に感化され、詩音はきびすを返して走り出した。
「チッ……」
結希には力では敵わないと判断した美琴。仁も太ももから出血しているとはいえ、激痛に耐えて立ち上がった。完全に奇襲は失敗だ。少なくとも、今はこの二人を殺すのは不可能に近いだろう。
ならば、確実に仕留められる獲物を狙うまでだ。
バサッ
「うっ……」
美琴は足で地面を蹴り上げる。落ち葉と共に、地面の細かい土が彼女のつま先にえぐられて舞い上がる。土で視界を遮られ、仁と結希はひるむ。美琴は隙を見てその場から立ち去る。
「まずい!」
結希は片目で美琴の背中を追った。彼女は先程詩音が逃げたのと同じ方向へと走っていった。
「このままじゃ詩音が!」
すぐさま仁と結希は美琴の後を追った。しかし、圧倒的な脚力の差を見せつけられ、一瞬にして見失ってしまった。結希の背筋に悪寒が走った。
* * * * * * *
「はぁ……はぁ……」
私はなんで逃げてばかりいるんだろう。みんな必死に戦ってるのに、私は怯えて、泣いて、逃げてばかり。そんなんじゃダメだ。
「はぁ……はぁ……」
でも、私は強くない。仁君や結希と違い、誰かを助けるための力も勇気もない。そんな弱い私が誰かを助けるなんて、やっぱり無理なのかな。江波君だって助けられなかったのだから。
ザッ
「うあっ!!!」
突然背後から激しい痛みが覆い被さるように襲ってきた。走っていた私は、そのまま勢いで地面に倒れ、転がっていく。
「ううっ……あぁ……」
痛い。すごく痛い。刃物で切りつけられたような痛みだ。大量に出血しているのが見なくてもわかる。きりさかれた制服が更に赤黒く染まっていく。
「追い付いた。馬鹿ね、私から逃げられるわけないのに」
美琴ちゃんだ。私を追いかけて、後ろから包丁で背中を切りつけてきたんだ。薄れゆく視界の中で、美琴ちゃんが不敵な笑みを浮かべる。
「アンタならすぐ殺れそうだわ。見るからに貧弱そうだし。ずっとあの二人に守られてたんでしょ? でももう終わりよ」
美琴ちゃんがゆっくり近づいてくる。このままではトドメを指される。私は背中の激痛に耐え、這いずりながら逃げる。
「うっ……うう……」
ダメだ。切られた背中が痛くてたまらない。もう私の体は動かそうとしても動かなかった。
私、こんなところで死ぬの? せっかく結希と仁君に逃がしてもらったのに。二人の強さも優しさも無駄にして死んでしまうの……?
「アンタが犯人だといいわねぇ。まぁ、殺してみればわかるか」
美琴ちゃんが大きく包丁を振りかざす。嫌だ……死にたくない。私は犯人じゃない。私を殺しても、ゲームはまだ終わらない。なのに、私は何もできないまま終わってしまうの?
そんなの嫌だよ。まだ結希と、仁君と、優しいクラスメイトのみんなといたい。お兄ちゃんや妹と、家族といたい。
まだ、生きていたいよ……。
「それじゃあ、ゆっくりおねんねしな」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない。誰か助けて!
「死ね!!!」
美琴ちゃんは勢いよく包丁を振り下ろした。
* * *
生存者 残り20人
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