赤い湖とりんご

燐裕嗣

第1話 奪回編


 舞台は王都。

 街の北に城、郊外の西側には大きな湖があり、山肌に沿って造られているので、街の中は大通りを例外とし、基本的に坂道や階段が多く、複雑だった。


 しかし、迷路のような街中でさえ、迷う事なく走り抜ける人物がいた。


 それが《りんご泥棒・アルフェリア》――。




  * * *




 石畳の道から外れて、舗装されていない道を進むと、そこではいつも二人の子供が遊んでいる。

 今日は謎かけをしていた。

「ね、これ分かる?」

「どんなの?」

 女の子の言葉に、男の子は興味津々といった風に聞いた。

「《赤い鬼と茶色い鬼、どっちが先に怪我をしたでしょうか?》」

「えっと…」

 ちょうど答えにかぶるように聞こえてきたのが「りんごドロボー!!」という罵声。

 二人が顔を上げると、りんごを抱えた人が風のように走って行った。

 その後を、商品を盗られた店主らしい――おじさんが追い掛けていく。

 二人は見慣れた風景だと言わんばかりに落ち着いて、彼らが走り去るのを見送った。

「……アル、だいじょうぶかな?」

「剣、持ってたけど…」

「戻ってくるかな?」

「待ってみようか」

 二人は《アル》が戻ってくるのを待っていた。



 薄暗い路地に足音が響く。

 走りながら後ろを振り向き、追っ手の様子を窺った。

 相手は既に息を切らせていた。

 走るのを止めて男の方を向く。その体には、いくつかの擦り傷のようなものがある。

「……やっと、観念したか」

 にやりと笑いながら言う男に、アルは何も言わず、持っていたりんごに噛り付く。もちろん金など払っていない。

(この若造めっ小馬鹿にしおって)

 男は目の前でりんごを食べているアルに飛び掛かった。

 アルは慌てる事なく彼を避け、腰に差していた剣を抜くと振り下ろす。

「ぐっ…」

 地面に崩れる男を残して、何事も無かったかのようにアルはその場を去った。



 二人はりんご泥棒が戻ってくるのを待っていた。

 歩いてくる足音が聞こえて顔を上げると、りんご泥棒は何事もなかったかのように戻って来た。

「アル、大丈夫? けがしてる…」

 心配そうに言う女の子に、アルは笑って答え、残りの二つを二人の目の前に出した。

「食べる?」

「「食べる!」」

 二人は喜んでりんごを受け取り、一緒に座り込んだアルに聞いた。

「アルを追い掛けてたおじさんは?」

「道の向こうで寝てる」

「寝てる?」

「斬っちゃったんじゃないの?」

「カズサ、お前そんなに俺を人斬りに仕立て上げたいのか」

「そうじゃなくって……」

 焦るカズサを見て「冗談だ」と笑ったアルは、肩に掛けていた剣を下ろし、鞘から抜いて見せた。

 真っ白な刀身が陽にさらされる。

「余程追い詰められる事が無い限り、街の奴らに刃を向けるなんて事はしない。一応研いではあるけど、今の所は誰も斬ってない」

 アルが持っているのは、王都で昔主流だった『ラフロイル』という鉱物で出来ている剣。

 それは白く、鋼の剣と比べ、軽い。研ぎ方によっては鋼の剣より鋭く、よく切れるようになり、丈夫な割に軽いので、力のない者でも持てる。

 今はこの国も、外から入ってきた武器を使っている為、『ラフロイル』製の物を使う人は珍しいと言われるほどになっていた。それでも昔の物を使うのはこだわりか、あるいは――。

 アルは剣を鞘に仕舞った。



 時計塔の鐘が鳴り、夕刻を告げる。

「アルは……今日はどこで寝るの?」 

「どこだろな。……何? 泊めてくれるの?」

「うん」

 アルはオレンジ色の空の下、露店の広がる通りの方を見た。

「どこら辺?」

「今は東の小路抜けた所」

「了ー解。先行ってて」

 伸びをして歩き出す。

「食糧調達してから行くから」



 空がすっかり暗くなった頃、アルは背中に袋を担ぎ、追っ手の腕をかい潜りながら走っていた。

 後ろにはアルに殴られてボロボロな人達。盗まれた物を取り返そうと、追いかけ続けている。

「そっち行ったぞ!」「回り込め!」「今日こそは……!」

 荷物が突然重くなる。

「捕まえたぞ!」

 後ろにいる奴が喜々として声をあげたが、生憎捕まるつもりはない。

 足が止まる前に、荷物を掴んでいる奴の鳩尾(みぞおち)辺りを確認もせずに鞘で打った。

 荷物を掴んでいた手が離れ、やっと軽くなったと思ったら、追っ手が前方にもいるのが見えた。

「……しつこい」

 アルは入り組んだ道の、建物の角を曲がった所で地下の入口に向かって飛び降りた。

「どこ行った!?」

 遠くの方から声が聞こえた。

「ここにいるよ……お前らには捕まえられないだろうがな」

 アルはぽそりと呟いた。

 既に「東の小路」に入っている。

 後はひたすら走るだけだ。


「到着!」

 アルはテーブルの上に担いできた袋を置き、そのまま椅子に座った。

 さすがに少し、息があがっている。

「逃げてきたの?」

 イヨの問い掛けに無言で頷き、視線を上げる。椅子が小さく音を立てた。

 アルの視線の先――台所に立っている女性は、イヨとカズサの母。

 ふんわりと笑顔で会釈した。

「エルニドと申します。貴方が《アル》さんね」

「……はあ…」

 気の抜けた返事をしてしまったが、出てしまったものは仕方ない。

 エルニドも気にしてはいないようだった。

「今晩はうちに泊まるそうですけど――」

「お願いします」

「親御さんの方は――心配されてませんの?」

 親――その一言でアルの表情が少し曇った。

「親は……いません。記憶も無くて……」

「あ……ごめなんなさい」

 エルニドの伏せた目がアルの腰に差してある剣を捉え、そのまま、吸い寄せられるように見入る。

「……剣がどうかしました?」

「いえ、今時ラフロイル製の物を使っているなんて……珍しくて、つい」

 エルニドがその剣に引き付けられた理由は《珍しい》だけではなかったが、彼女はそれ以上何も言わなかった。



  * * *



 翌日、いい匂いにつられて目が覚めた。

 エルニドが日だまりのような柔らかい笑顔で話しかけてくれる。

「眠れました?」

「ええ、おかげさまで」

 いくつか話をしている内にイヨとカズサが起きてきて、一緒に朝食をとることになった。

「アルさん、普段はどんな物を食べているのかしら?」

「……」

 話そうとしないアルの代わりにイヨが答える。

「アルはね、りんごが好きなの。だからいつもりんご食べてるの」

「まあ! 毎日りんご!? アル、お腹が空いたらいつでもここへいらっしゃい。何だったら、いっその事この家に住んじゃいなさい。こっちはいつでも良いのよ!?」

 本当はりんごが好きとかは関係なくて、ただそうしなければならない理由が他にあった。

 その事を言わなかったのは――言えなかったのは、本当の事を言ってしまったら、周りから与えられる温もりが消えてしまうと思ったからである。

 とにかく、エルニドの勢いに押され、本当の事も言えないアルは、自分の朝食を腹の中へ押し込んだ。

「ご馳走様でした。住み着くかどうかは分からないけど、食べには来ると思うので…」

 そう言うと、食料の入っている袋を持って逃げるように出て行った。





 その少し前、城内から二人の少女が出てきていた。

 制服なのか、同じ配色の服を着ている。

「やったぁ! 初任務だぁっ!」

「……泥棒退治なんて、しょぼいとか思わないの? ソフィア」

「いいじゃないですかぁ。楽しめそうですよ? あ! あれ可愛いー!」

 そう言うと、すぐ近くの店に行ってしまった。

「おーい。ソフィアー? 私達の仕事、分かってるー?」

 戻ってこない。

 黒髪を靡かせて、少女は歩き始めた。

 相棒になる茶髪の少女を連れ戻し、任務へ向かうために――。




  * * *




 袋から出した食料を食べながら、人の行き交う中を歩いていたアルは、嫌な予感を感じて立ち止まった。

 アルの勘はよく当たる。

 立ち止まっても通行人の邪魔にならないよう、通りの端に寄って耳を澄ます。

「今朝、城から二人派遣されたらしいよ」

「何の為に?」

「泥棒退治らしいよ」

「ああ、昨日も大量に盗られたのだろう」

 …………。

(城から……泥棒退治……昨日、大量……。もしかして、標的…俺?)

 考えながら歩いていると、制服なのか、同じ配色の服を着ている二人の少女を見つけた。

 一人は黒い長髪で、腰にはニ本の剣。

 もう一人は茶髪。幼さが残っていて、剣は背にかけている。

 茶髪の少女がアルを指差した。

「(こいつらが…?)」

 アルの勘はよく当たる。



 * * *



「もうっ勝手に動くな」

「ごめん」

 怒りを示すクルドに対し、ソフィアの顔には反省の色が全くない。

 既に視線は可愛い小物を置いている店を捜し出している。

(……今度はあそこ行ってみよう)

「ソフィア」

「何~?」

 ソフィアの返事を聞いて、クルドは頭を抱えた。

「もう一度聞く。私達が何しに来たか、分かってる?」

「うん。泥棒退治でしょ?」

 一応頭には入っていたようだ。

「自覚は?」

「ありまっす!」

 元気よく敬礼して見せるが、クルドの目から疑いの色は消えなかった。


 二人は街の中心近くまで来ていた。

「……それにしても」

 歩きながら書類を見ていたクルドがぼやく。

「こんなにも盗まれてるのに、誰も犯人の顔を覚えてないってどういう事?」

「情報が足りなくて十年近く放りっぱなしだったんだよねぇ」

「十年前はそんなに被害が無かったっていうのも、長引く事になった一因らしいけどね」

「……あ、あの人とかどうかな?」

 ソフィアはある人物を指差していた。

 その人物が二人の探している者であるとも知らずに。


「あの、ちょっと良いですか?」

 その問い掛けに、アルは動揺した。しかし、悟られないよう、表情には出さない。

「……何?」

「私達、ここら辺に出没するらしい泥棒さんを探してるんですけど、何か知りませんか?」

「(適当に答えてさっさと離れよう……)

 ああ、俺でよければ。どんな奴を探して………!?」

 アルが覗き込んだ書類の中、盗まれた物で第一位になっていたのは、りんご。

 アルの表情が固まる。

 ソフィアは何も気付いていないのか、話し続ける。

「何かねぇその人、りんご好きみたいで、盗られた物第一位がりんごなんですよぉ。あははっ。おもしろいですよねぇ」




 「おもしろい」?

 何が? どこが?

 こっちは命懸けなのに……。

 お前は笑うのか。

 何も知らないくせに。




「……どうしたんですか?」

 聞かれて目を逸らす。

 先ずはこの二人から離れなくては。

 その時、ソフィアが鼻をひくつかせ、首を傾げた。

「クルド……なんかこの人、りんごの匂いがする」

「(やばい)!」

 必死で言い訳を考えるアルの前に、クルドが一歩、ずいっと近寄った。

「………本当だ」

「(!)…ああ、さっき食べたからな。それのせいかも――」

「なるほどぉ」

 ソフィアの納得の声。

「でも、それだけじゃここまではっきりはしないよぉ?」

 意外に鋭いソフィアの指摘に、アルの頬を冷たい汗が流れる。

 アルは逃げ出した。

「あ! 逃げたぁっ!」

「追うよ! ソフィア!」

 二人の追走が始まった。



 女の子が言った。

「ね、この謎かけ分かる?」

「どんなの?」

 男の子は興味津々に聞いた。

「《鈴を五回鳴らすと出て来る果物ってなーんだ?》」

「え…っとぉー…」

 カズサとイヨがいつもの場所でいつものように遊んでいると、聞き慣れた足音が近付いて来た。

「カズサ! これ持ってて!」

 叫ぶと、カズサに向かって食料袋を放った。

 身軽になったアルは、速度を上げて走り去る。

 その後をクルドとソフィアが追う。

「……」

 カズサとイヨは、三人が走り去るのを見送った。

「アル……大丈夫かなぁ」

「さあ?」

「あの二人、《ほあんぶたい》の服着てたよ?」

 既に三人の姿は見えなかった。




 暗い路地に足音が響く。

 走りながら追っ手の様子を窺った。

 息一つ乱してはいない。

 それなりに体力はあるようだ。

(久しぶりに楽しめるかもしれない)

 アルは走るのを止め、クルド達の方を向いた。

「どうして逃げ出したのか、聞かせてもらいましょうか」

「あなたが『りんごドロボー』さんなんですかぁ?」

「……」

 アルは自分の鼓動が高まっていくのを感じていた。しかし表情に変化は見せない。

「もし、俺がそうだったら……どうする?」

 分かりきった事を――それでも一応聞いてみた。

 さっきと変わらない、ソフィアの緊張感のない声が返ってきた。

「とりあえずはぁ、捕まえますぅ」

「ふっ……はははっ。おもしれー奴。気に入った」

 アルの目の色が変わる。

「捕まえれるものなら捕まえてみな」

 アルが剣を抜き、ソフィアも構える。

「いっきまーす!!」

 一声あげて、突っ走った。

 一気に間合いを詰めて思いっきり振ったソフィアの一撃は、アルの剣に軽く受け止められていた。

 その右手に握られている剣は、ソフィアが全力で来たにも関わらず、びくともしない。

「…これで全力か?」

 うっすらと笑うアルの表情に怖気を感じたクルドは叫んだ。

「ソフィア! そいつから離れて!!」

「え?」

 油断した。

 たかが街中の泥棒だと、侮っていた。

 一瞬の事。ほんの少し、腕の力が弱まった。


  カンッ


 軽い音を立ててソフィアの剣が宙を舞う。

「あっ」

 気付いた時にはもう、アルの足がすぐそこまで迫っていた。

 強烈な蹴りがソフィアを襲い、彼女は体を壁に強くぶつけ、倒れた。

 クルドの声も、今のソフィアには届いていない。


 速かった。

 助けられなかったのは自分のせい……。


 靡く黒髪――クルドの抜き打ち。

「おぉ!?」

 これはさすがに驚いたのか、アルは少し距離をとった。

 上着の裾がすっぱり切れていた。

 思ったままの感想を述べる。

「へぇ、すごいな。……綺麗だ」

「そんなに甘く見ないでほしいわね」

 クルドに切っ先を向けられても、アルの表情はうっすらと笑ったままだった。

「でも、捕まるつもりはない。悪いな」

「逃がす訳無いでしょ」

 クルドは一気に間合いを詰めた。ソフィアよりも速く、的確に。

 一拍後。薄いガラスの器を指で弾いたような音がして、クルドの右手に握られていた剣が、彼女の手から引き離された。

「まだよ」

 左手の剣がアルの髪を掠める。

 そのままアルの右手を狙っていた切っ先が、空を斬った。

「!?」

 クルドの前で体勢を低くしていたアルが、彼女のすぐ横まで移動していた。

 剣で防ぐよりも速く、柄の先で頭を殴り、それでもなんとか踏み止まった彼女な頭を踏み台にして、跳んだ。

 綺麗に一回転して着地すると、クルド達を一瞥して

「てんっで弱い。お前らなんかに俺は捕まえられないよ」

 アルは薄暗い路地の向こうへ姿を消した。





「カーズーサー。早く次のなぞなぞぉ!」

 イヨがネタ切れになりつつあるカズサの頭をつつく。

「んー。もうちょっとまって」

 そうこうしている内に、アルが戻って来た。

「カズサ、袋」

 袋を返してもらうと、中からパンを二つ取り出し、イヨとカズサに渡す。

「……ごめん。すぐここから離れるからさ、もしあの二人が来ても、俺の事は言わないでくれるか?」

「うん」

「言わないよ」

「ありがと」

 アルは人通りの少ない小路を折れ、階段を下りて行った。




 その頃クルドは、道端にあった壊れかけの木箱に、抑え切れない怒りをぶつけていた。

 いわゆる八つ当たりだ。

 二本の剣はすでに鞘に収まっている。

 結局たいした事は出来なかった。

 ソフィアに呼び掛けると、とても弱々しい返事が返って来た。

「城に戻るよ」

「……うん………逃げられた、の?」

 クルドは何も言わず、ソフィアを背負って城へ戻った。




 * * *



 それから数日間は何事もなく過ぎていき、着実に減っていたアルの食料が底をついた。

(……困ったな。盗りに行くか、食べに行くか……)

 そこまで考えて、あのエルニドの事を思い出したアルの出した答えは「盗りに行く」だった。

 普通に考えれば「食べに行く」を選択するが、今はエルニドを避けたかった。

 市場に向かったアルは、開いている店を端から順に見ていった――が、何故かりんごだけが姿を消していた。

 数日で消えるなんてありえないと考えていた頭に、不意に、ある二人の顔が浮かんだ。

「まさか……あいつらが!??」



  * * *



 アルは店の扉を開けた。

「おーい。ラジストいないのかぁー?」

 ぼんやりと暗い店内に、アルの声だけが聞こえる。

 店の中に入り、カウンターの奥を覗くと、足が見えた。

 近付くと、店主が出てこない――というより出て来れない――理由がはっきりとした。

 彼は本に埋もれていた。

 アルが溜め息をつく。

「また変わった寝方だな。本に埋もれて眠るとは……苦しくないのか?」

 本を除けていくと、ラジストの顔が見えてきた。

「おい、もう昼だぞ」

 そう言いながら、彼の頬をぺしぺしと叩く。

 ラジストはうっすらと目を開けて――アルを見ると――また閉じた。

「寝直すな!」


 バコッ



 ………





「ふわぁ~……おはよう。アル君」

 ようやく起き上がって奥から出てきたラジストの頭には、大きなこぶがあった。

「昨日、いつ寝たんだ?」

「ん~……夜の十一時位かな。僕の生活目標は《早寝早起き》だから」

「《遅起き》だろ、思いっきり……」

「出来てないからこそ、目標にするんじゃないか。……ま、細かい事は気にしない気にしない」

 そういってラジストは笑ってみせた。

 アルが疲れたように溜め息をつく。

「(『出来てないからこそ』って……)よくそんなんで仕事が続いてるな。今更だけど……」

「そうそう、今更だよ。……って、それにしても――」

 ラジストが自分の頭を触って、たんこぶを見つける。

「――ここまでしなくても良かったんじゃない? 何で本の角で殴るかな」

「そこまでしないと起きないだろ。いつも」

 アルは本から顔をあげずに答えた。

 「仕方ないな」とでもいうように座り直すと、ラジストはまず、アルがここに何をしに来たのかを聞いた。

「何でりんごが無いんだ!?」

「・・・はぃ?」

 アルは読んでいた本を横に置いて、もう一度聞いた。

「な・ん・で、市場からりんごだけが消えたんだ!?」

 ラジストは思い出したように頷いた。

「そういえば……アル君って、りんご好きだったよね。――消えた原因はアル君だよ」

 本人にとっては予想外な答えだった。

「……俺?」

「そう、アル君。りんごばっかり盗ってたでしょ? ――で、泥棒退治に派遣されていた二人が、片方はかなりボロボロになって城に戻って来た。

 街にあるりんごを回収、または店に出さないように提案したのは、その二人じゃないかな?」

「(やっぱり…)クルドとソフィア、か……」

「お! よく知ってるねぇ。会った……んだよね」

 アルは確信を得た。

「そうか……あいつらが。ってことは、城に行けばあるかも?」

「《かも》ね。……行くのかい?」

「ああ」

 アルは立ち上がり、店を出ようとした。

「いってらっしゃい」

「?」

 扉を開きかけた手を止め、振り返ってラジストを見た。

「珍しいな」

「そう?」

「……何か考えてんだろ」

 そう言われて、彼は「ふふん」と笑った。

「よく分かったね。

 僕も一緒に行っても良いかな?」

「何で?」

「いいよね。……。ほら、『いいよ』って答えなよ。……。

 ……言ってくれないなら無理にでもついてくよ。むしろ、言ってもらえなかったら憑いてくね」

 アルの視線が泳ぐ。

 どうしてこんな奴の所に相談に来てしまったのかと、後悔しているようだった。

「勝手にしろ」

 それだけ言って、アルは店を出た。

 あのまま居続けると、本当に嫌な何かが憑いてきそうに思えたからだ。


 アルは夜が来るのを待った。





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