第13話 ウホ(アリうめぇ)

 大陸における『勇者協会』の設立。

 その式典が開かれる日は、ついに明日へと迫った。


「……勇者殿は、まだ見つからぬのか」


「はい……王都とその周辺を探させたのですが、まだ見つかっておりません」


 オティア一世の言葉に、うつむくキアラ。

 既に、勇者がいなくなって三日。突然、夜に消え去った勇者の行方を捜すために、キアラは近衛兵たちを招集して命じた。勇者様を探せ、と。

 近衛兵たちは匿っている民家がないかと王都の全域を探し、街道沿いから周辺を虱潰しに捜索した。その報告を毎日、キアラもオティア一世も聞いていた。

 だが今のところ、勇者が見つかったという報告はない。


「ホランドは、勇者殿がご自分の世界に帰ったのではないかと言っていたな」


「……不可能、だと思います。勇者様が途轍もない力を持っていることは存じておりますが、魔術の素養はありません。世界を渡る高等魔術を使えるとは……」


「あやつは、そう言って勇者殿の捜索を打ち切るつもりなのだろう。勇者はいなくなったのだから、新たな勇者を召喚した方が良い、と余にも言ってきた」


「……」


「一体、何故……いなくなってしまったのだろうな」


 オティア一世の言葉に、キアラは項垂れる。

 キアラは決して、勇者をぞんざいに扱いはしなかった。選ばれし勇者として、最大限の敬意を払っていた。食事だって、毎日用意していたのはキアラだ。


「……わたくしの、せいでしょうか」


 だが、今に至って思う。

 本当に、キアラは勇者のことを慮っていたかと。

 本来ならば、勇者は異世界の王だった。そんな彼が、毎日食事を与えられるだけで、ある程度の戦闘訓練をこなす日々――それに、満足してくれていたとは思えない。

 そもそも言葉も分からない場所に、無理やり連れてこられたのだ。どれほど厚遇していたとしても、そこに少なくない不満は抱くことだろう。


「気に病むな、キアラ。案外、ひょっこり戻ってくるかもしれぬからな」


「そう、でしょうか……」


「分からんがな……余としては、ついに明日に迫った式典に、できれば間に合ってほしいものだ」


「……ええ」


 明日、行われる『勇者協会』設立の式典。

 これに伴って、各国から認定勇者たちが次々と入国しており、明日の式典に備えている。式典では各国の代表者たちが言葉を述べ、彼らを正式に勇者として認め、その上で様々な特権を彼らに与えることを明言する――そういう形になっている。

 オティア一世は主催国の王ということで、開会の言葉を述べる役割だ。


「もし勇者殿が戻ってこなければ、我が国から認定される勇者は……ゼロだ」


「……」


「勇者を輩出したゆえに、我が国の立場は保証されてきたが……このままでは、大陸首脳会議での発言権も失うかもしれんな」


 現在、大陸首脳会議で中央の席にある、聖リューズ王国。

 されど、もし『勇者協会』が認定した勇者が、魔王を倒すようなことでもあれば、そんな立場などあっさり吹き飛ぶことだろう。そうなれば聖リューズ王国に対し、他国が併呑してくる動きもありえる。

 勇者の一人もいない惰弱な国を、我が国が守りましょう――そんなことを、大義名分にして。


「ともあれ、明日だ」


「ええ……」


「余は……勇者殿が戻ってくることに、期待することしかできぬ」


 オティア一世は、小さく嘆息する。

 そして同時に、キアラは祈った。

 どうか――勇者様、戻ってきてください。












 その頃、勇者――ドーラは。


「ウホ。ウホホ」


 聖リューズ王都から僅かに離れた、『魔の森』と呼ばれている地帯にいた。

 凶悪な魔物が縄張りにしている場所が多く、下手な冒険者ならば足を踏み入れた瞬間に殺されると有名な場所だ。特に『魔の森』を統べる三体のドラゴンは、その強さが高位の魔族にも及ぶとされている。

 ゆえに地元住民でさえ近付かず、盗賊でさえ潜まないとされる場所だ。

 そんな『魔の森』の奥地で。


「ウホ」


 アリを食べていた。













「『勇者協会』の設立を、ここに宣言する!」


 翌日。

 聖リューズ王国の王宮で行われた式典は、オティア一世のそんな言葉で始まった。

 オティア一世の前に揃っているのは、百人を超える若い男女たちだ。それぞれに実力を備えた、各国の認定勇者たちである。

 当然ながら、そこに聖リューズ王国の唯一認める勇者――ドーラの姿はない。


「……ふぅ」


 開会の宣言を行い、自席に戻ったオティア一世は小さく嘆息した。

 そんなオティア一世の隣に座っているキアラも、何も言えずに黙っているだけだ。


「では、これより各国の認定勇者に対して、与えられる特権についてお話をいたします」


 拡声魔術によって、全員に行き渡る声で告げるのは、ギガンツ帝国からの大使だ。

 この『勇者協会』設立にあたって、最も資金を提供している国でもあり、そして認定勇者が最も多い国でもある。揃っている半分とまではいかずとも、三分の一はギガンツ帝国の認定勇者なのだから。


「まず認定勇者はそれぞれ、各国の施設を無料で利用することができます。宿屋や飲食店など、勇者証を提示すれば全て無料で利用できます。こちらの使用料については、国が負担いたします」


 おぉぉ、と勇者たちが軽く感心した声を上げる。

 冒険者は、自分たちの宿代や食事代のために働いている部分もあるのだ。そこを全て負担してくれるのだから、これ以上ない厚遇である。


「また勇者の皆様には、毎月『勇者協会』から支援金を与えます。そして魔族を討伐したり、強力な魔物を討伐した場合、別途報奨金が与えられます。《男爵級バロン》の魔族を討伐した場合、金貨二枚を約束します」


「へぇ……」


「これは、魔族の階級が上がるほど上昇します。《伯爵級アール》の魔族を討伐した場合、金貨百枚を約束します」


「おぉぉ!!」


 どよめきが、一気に増える。

 金貨百枚もあれば、質素に暮らせば一生働かずとも生きていける。それだけの金額だ。


「ただし、一定期間に何の活動もしていないとこちらが判断した場合、勇者としての認定を取り消します。こちらが認定を取り消した勇者証は、今後使用できませんのでご注意ください。皆さんの、これからに期待を……え?」


 大使が、そう締めようとした瞬間。

 突如――空が、黒く染まった。


「そうか、なるほど。金貨百枚か」


 まるで、突然夜に変わったかのように。

 日の光が、漆黒の何かによって遮られていた。

 そして響くのは、地の底から響いてくるかのような重低音。


「我も、安く見られたものよ」


 そこに生じた、極大の魔力と共に。

 勇者たちの頭上に現れたのは――酷薄な笑みを浮かべる魔族だった。

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