第54話 帰路
『グリッドマン工房』を出て、俺は工房の前に止めてあった馬車へと向かった。
外出は俺一人というわけでなく、ダリアの操縦する馬車で一緒にやってきたのだ。家事も完璧だし馬車も操縦できるし、ダリアは実に万能である。俺といえば、毎度毎度外出するたびに馬車を動かしてもらうのを申し訳なく思うけれど。
ただ今日もそうだが、俺が一人で出かけると言うと「外出などは、私もご一緒させていただきます」と一緒についてくるのだ。一応最初は断ったのだが、頑なに一緒に来ることを譲らなかったため、こうして一緒に来ている。
「お疲れ様でした、ソル様」
「あ、はい。待たせて、申し訳ないです」
「大丈夫ですよ。それより、交渉の方はいかがでしたか?」
「ええ、上手くいきました」
御者台からそう聞いてくるダリアに、そう頷く。
『グリッドマン工房』のヨハン自体は、正直俺からすれば苦手な人種だ。そもそも、ムキムキの人って何とも言えない威圧感があると思う。
だけれど、一応こちらの要求には応えてくれることになったし、
「でしたら、良かったです。次は、どちらに向かいますか?」
「あー……ええと」
うぅん、と少し悩む。
ヨハンから情報を聞いた、町外れの錬金術師――グラスという人物には、少し興味がある。
だが、錬金術師というのは総じて厄介な奴が多いものだ。大いに俺の偏見だが、ヨハンも『変人』と言っていたし。
下手に接触しなくても、現状で特に不足している素材があるわけでもない。今後、何かしら別の素材が必要になったときにでも、訪ねてみることにしよう。
「今日は、もう大丈夫です。このまま、戻ってください」
「よろしいのですか?」
「ええ。特にこれ以上、用事があるところもありませんし」
「承知いたしました」
俺の言葉に、頷くダリア。
元々『グリッドマン工房』に向かうだけの予定だったから、一人で行くつもりだったのだ。とりあえず戻って、アンドレ君とカンナに
「……」
しかしふと、待て、と頭の中にいるもう一人の俺が囁く。
わざわざ俺が外出するために、本宅の厩から馬を連れてきて、侯爵家の馬車を用意して馬を繋ぎ、屋敷の入り口まで馬車を運んできてくれたのだ。だというのに俺の用事は、ただ工房に行って少しだけ話してすぐ帰るというだけである。
そこまで用意してくれたダリアに、申し訳ないという気持ちがないこともない。
「あー……え、えっと、ダリアさん」
「はい?」
「そ、その……」
「ええ」
だったらいっそのこと、帰り道でどこかに寄って帰ったらどうかなと、そう考えた。
例えば持ち帰りのできる焼き菓子の店にでも行って、ルキアへのお土産代わりにするとか。あと、アンドレ君とカンナにも。
それでついでに、ダリアと俺は何か片手で食べられるものを買って、二人で食べながら帰る――ここまでは、ちゃんと考えているのだ。
だが。
どう誘っていいか分からない。
普通に誘えばいいじゃないか、とか言われるかもしれないが、よく考えてくれ。どう誘えば普通なんだ。
「……わ、割と、人通りが、多い、ですね」
とりあえず、無難な話題からまず振ってみる。
「この街は、ノーマン領の中心地になりますから。いつも活気があって、人通りが多いんですよ」
「そ、そうですか……」
「ですが、ノーマン侯爵家がこの地の領主になる前は、それほど発展していなかったそうです。どうしても観光地というと、王都から南のグルード港近くになりますからね」
嬉しそうに、そう言ってくるダリア。
グルード港とその近辺にある賭博街は、外国から訪れて賭博に興じる者も多くいるとされる、王国最大の観光地である。そのため、ネードラント王国は南の方が発展していると言われているのだ。
ノーマン領は王都から北にある領地であるため、その分類でいくと確かに寂れていてもおかしくない。
「どうしても、封印都市に向かうための通り道という印象だったようです。領地のほとんどが農地ですし、目立った観光資源もありませんからね」
「……まぁ、そうですね」
「ですが、先代のノーマン侯から新しい農耕技術などを取り入れて、生産量を一気に向上させたそうです。それもあって、現在は『ネードラントの穀倉』なんて呼ばれていますけど」
「……凄い方、だったんですね」
先代ノーマン侯。
ルキアが現在、その爵位を継いでいるという時点で、どうなってるかは聞くまでもない。
まだ二十二歳のルキアが家督を継いでいるから、若くして亡くなったのだろう。
「ええ。領民に慕われる、良い領主様でした。ご自身のことは全て後回しにして、領民の幸せを第一に考える御方でした。今でも、領民たちは先代に感謝しているそうです」
「なるほど……」
「ですから、ルキア様も同じく領民に慕われる領主であろうとしているんです。ルキア様ご自身は、まだまだ足りないと仰っていますけど」
「……」
ふふっ、とダリアは微笑みを浮かべた。
きっと今まで、姉妹のように過ごしていたからだろう。その口調は、まるで自慢の妹を褒めているように聞こえる。
それだけ、ルキアとダリアの間には、揺るがない絆があるのだろう。
「ルキア様も十分、領民たちには慕われていると思いますが……それはある意味、先代の影響が強いのかもしれません」
「先代の影響……ですか?」
「ええ。まだ先代がお亡くなりになって、五年ですから。その頃から、ルキア様は先代の後を継ぐのだと視察などにも同行していました」
「はぁ……」
「言いにくいことではあるのですが……その頃から、ルキア様は……その」
ダリアは言葉を選ぶように、軽く咳払いをして。
「……見た目が、あまり変わっていないといいますか」
「あー……」
「ですので、領民たちからすれば、まだ『先代の可愛い娘さん』という感覚があるみたいで。田舎の方に視察に行くと、村をあげて歓迎されるらしいですよ。特に若い男性が、ルキア様のお姿を一目でも見たい、と」
「……」
ある意味、アイドルのような感覚なのだろうか。
まぁ、手が届かないという意味では似たようなものかもしれない。
そこで、俺はふと思った。
「……あの、ダリアさん」
「はい?」
「俺は……そんな人気者の侯爵閣下と、結婚する予定なわけなんですが……」
「……」
ダリアは一瞬だけ目を大きく開いて、それから引きつったように笑みを浮かべた。
田舎の村ではアイドル扱いをされている、見た目の可愛らしい侯爵閣下――そんな彼女と結婚するのが、俺というおっさん。
俺、刺されたりしないよな?
しないよな?
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