第25話 ゴーストハンター

 その日はとても暑く寝苦しい夜だった。

 俺は窓を開けて寝床に入った。


 しばらく眠れないまま、布団の中でもんどりうっていると、いつの間にかうとうととし始め、夢と現実の間をさ迷っていた。


 ようやく眠りに落ちようとした瞬間、ずりっずりっと足を引きずって歩くような音が聞こえて現実に引き戻された。

 真っ暗な部屋の中、目を凝らして闇を見つめる。だんだんと暗闇に目が慣れてくた。部屋を見回してみたが、誰もいない。


 ついに幽霊のお出ましか。

 以前の俺なら恐怖でトイレに行けなくなったかもしれないな。しかし、今は魔封の壺がある。これさえあれば怖いものなどない。


 ずりっずりっという音はだんだんとこちらに近づいてくるようだった。

 それから、微かに声が聞こえてきた。


 「……ひも……い……もじい…………」


 確かに聞こえた。


 俺の力は幽霊にも有効なのか。呪いをかけられたらどうしよう。

 そんなことを考えているうちに、声はさらに近くから聞こえだした。


 「……ひもじい………ひもじい……う……めしい……グラ……ルド」


 俺の名を呼んでいる?

 本当にパルマなのだろうか。パルマの幽霊であれば、俺に会いに来たのかもしれない。

 こいつがパルマだとして、どうして化けてでたりする。まさか……きちんと弔ってやらなかった俺を恨んでいるのだろうか。

 許せパルマ。当時の俺は小さかったし、パルマが何教を信仰しているのかも知らないんだ。

 念仏すら唱えられない俺に弔いなんかできる訳がない。


 ずりっずりっという音は既に家のすぐ側まで来ていた。

 窓から外を覗くと、闇よりも深い黒い影が月明かりの下で不気味に蠢いている姿が見えた。


 こわい。なにこれ。


 まさか本当に幽霊がいるとは。

 魔封の壺を買っておいてよかった。

 どうしたらいいのかわからないが、とりあえず怖いから封印してみよう。


 俺は家を出て路地に飛び出した。

 幽霊は力なくゆっくりとだが着実にこっちに向かってきた。


 「うぅ……ひもじい……うらめしい……グラルド……にくい……うぅぅ」


 怖い。

 名指しされてるのが本気で怖い。


 しかし、ここで引き下がる訳にはいかない。

 霊に勝てるか調べてみる良い機会だ。俺だって一度死んでいるわけだから条件は五分。伊達にあの世は見てね……。

 とにかく、魂の欠片も残さず成仏させてやる。


 「魔封の壺、こいつを封印しろ!」


 何も起きない。

 騙されたか。

 いや、そもそも使い方を知らなかった。

 幽霊は目の前にいる。

 どうしたらいい。どうするべきだ。

 いちかバチか。日本の伝統除霊術をお見舞いするか。


 「大人しく成仏しろ。塩化ナトリウムエクスプロージョン《しお》!」

 「うわああああああ!!!!目が!あっ塩分うまっ!」


 幽霊は地面をのたうち回りながら塩を味わっていた。捲れたフードから顔を除く。げっそりした女だった。少なくともパルマではないようだ。


 「おかしいな。成仏しないのか」

 「いきなり人の顔に塩をぶちまけて何を言う。とりあえずもっと塩ください」

 「アンデットは塩が好きなのか。敵に塩を送ってしまったようだな。ところでこんな夜中に何をしてるんだ?」

 「グラルドとかいうクソ野郎のせいで家を追い出されたのだ。もう三日も何も食べていないからお腹が空いて眠れない」

 「そのクソ野郎というのは俺のことか?」

 「王様のグラルドだ。王様は偉い。こんなところにいない」

 「よく分からないがとりあえず名乗れ。それが礼儀だ。俺の名はグラルド・ユートリアス。職業は王だ」

 「王様と呼ばせたいなら娼館に行け……私はリモ。職業は奴隷だ」

 「そうか…………それじゃあおやすみ」


 パルマの幽霊じゃないなら用はない。

 俺は踵を返した。


 「待て。可哀そうだと思わないのか。私は家もないしお腹を空かせているんだぞ」

 「可哀そうだな。それじゃあ」

 「そうだろ。可哀そうだろ。というわけでお前の家に行こう。話はそこで聞いてやる」

 「家に来ても食べ物はない。ついてくるな」


 リモは聞く耳を持たずについてきた。

 どうやら憑りつかれてしまったらしい。飢え死にした幽霊なのだろう。腹いっぱい食わせてやれば成仏するかもしれないな。

 リモは食卓に座って飯を要求してきた。


 「ご飯、ご飯、早くご飯」

 「この前貰ったシチューしかない。これでいいか?」

 「食えるのかそれ?なんか酸っぱい臭いがするぞ」

 「俺は食べた。旨いぞ」

 「それじゃあいただこう」


 リモは美味しそうにシチューを食べた。

 とても満足そうだ。


 「ところでグラルドに何をされたんだ?」

 「グラルドとか言うやつが王様になって奴隷を所有している家は罰せられると噂が流れたから、主人が私を捨てたんだ。グラルドはクソ野郎だ」

 「俺は罰するなんて言ってない」

 「まだ王様ネタ引っ張るか?しつこい男はモテないぞ」

 「ネタではない。俺がそのグラルドだ」

 「……お前がグラルド?うっ……急に腹が!お前、なにか盛ったな!」

 「なんの話だ?」

 「最初からそのつもりだったのか……悪口を言われたくらいで毒を盛るなんて……悔しい……」


 バタンッ


 リモはその場に卒倒した。

 幽霊も失神するんだな。

 ようするに奴隷解放で何か問題がおきてるということなのだろう。明日へライオスに話を聞いてみよう。


 俺はリモをその場に放置して眠ることにした。

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