第6話 お気に入りの家
「ハァ、ハァ、ずいぶん山奥に棲んでいますね」
おじさんの一人が、息を切らしながら言った。
「人に会いたくないからな」
「何か世間に後ろ暗いことでも?」
「俺が犯罪者に見えるか?」
「そ、そういう意味では……」
おじさんは萎縮していた。
奴隷商人をぶちのめした俺が怖いのだろう。
名前で呼べば少しは打ち解けるかもしれない。
「おじさん、名前は?」
「ヘライオス・アルカイザーです」
へライオスは、広くなった額の汗を拭いながら言った。
無駄に印象深い名前だ。
日本だったら佐藤とか山田っぽい顔なのに。
「ふん。まあ、パッとしない名前だな」
「ええ、平凡な家柄ですから。グラルド様は、貴族か何かでしょうか?」
「いいや、どうしてだ?」
「この人数を気前よく家に招くくらいですから、さぞかし大きな土地をお持ちなのでしょう」
「ああ、この山全てが俺の土地だ」
「なんと!そんな広大な!」
「ついたぞ。俺の家だ」
森の中にある少し開けた場所。
そこに建てたミニマルで洗練された竪穴式住居が俺の家だ。
中々気に入っている。
「ご冗談でしょう?」
「なにがだ?」
この家の形にたどり着くまで本当に苦労した。最初は三角に立てた木に葉っぱを被せた家だった。
ある日地面に穴を掘ると冬は暖かいし夏は涼しいということに気がついたのだ。
まさに至高の家といえる。
見た目はちょっと悪いかもしれないが、快適さには変えられない。
俺は落ちていた枝を拾って、地面に真っ直ぐ線を引いた。
「俺は人間嫌いだからな。ここからこっちは俺の領土だ。そっちはお前達にやるから好きにしろ。俺の領土には入るなよ」
俺はお気に入りの干し草の上にごろんと寝転んだ。
「いやいや、あんた、ただの無宿人だろ!土地っていうか、これ勝手に住み着いてるだけじゃないか!」
「人聞きの悪い事を言うな。誰の土地でも無いなら俺の土地だ」
「あんたの土地じゃなくて領主の土地だよ!」
ヘライオスは激怒した。
まあ、怒りたくなる気持ちは分かる。
要するに自分の家が欲しいのだろう。
俺だって招いておいて寒空の下で寝ろと言うほど礼儀知らずではない。
俺は近くの木を折って集めた。
その木を組んで記憶を頼りにログハウスっぽいものを建てた。
皆は俺のてきぱきとした手腕に感心したようで、ぽかんとしている。
驚き過ぎて言葉も出ないらしい。
「あの……こんな作りでは家が崩れてしまいますよ……しっかり支柱を建てないと」
女が言った。
「ほう。建築の心得があるのか。お前、名前は?」
「アイシャ・カインよ。建築の心得というか、田舎の方はみんな自分で家を建てるのが普通なんで……」
アイシャはたしかに田舎の出らしく素朴な顔をしていた。
年は三十中頃くらいだろうか。奴隷だったわりにはふくよかだ。
間違ってお母さんと呼んでしまいそうな雰囲気をまとっている。
「そうか。故郷風の建築様式が良いということだな。それで、どうしたらいい?」
「ええ、まあ……とりあえず四隅に深く穴を掘って、支柱になる木を埋めてから組んでいってください」
俺は、アイシャの指示通りに家を建てた。
悔しいが、かなり家っぽいものが出来上がった。
アイシャは実に嬉しそうだった。
隣の子の背中を叩きながら、あらやだーと盛り上がっている。
前の世界で近所に住んでいたおばさんを思い出す喜び方だ。
「アイシャ、この家はお前にやる。あと何棟必要だ?」
「皆さん、男女にそれぞれ二棟ずつで良いですかね?」
アイシャが皆に向かってそう聞くと、皆頷いた。
「というわけなので、あと三棟お願いします。グラルド様」
「いいのか?一人一棟でもいいんだぞ。集団生活は嫌だろ」
「大丈夫です。そんな贅沢は言えませんよ」
俺は同じように残りの三棟を建てた。
木材を大量に使ったので、かなり土地が拓けてしまった。
森の中にひっそりとある隠れ家風のわが家がお気に入りだったのに。
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