君と生きたい。でも、歩めない。
御厨カイト
君と生きたい。でも、歩めない。
「……うん?おい、お前、一体どうした?」
ある月が煌々と輝いている晩の事。
バイト帰りの俺の目にはフードを顔が隠れるほど被り、ゴミ捨て場の端で蹲っている人?が映る。
……別に無視しても良かったのだが、
そんな俺の声にそいつは顔を上げる。
「……子供?」
……驚いた。
フードの奥にはまるで少年かのようなあどけない顔。
確かに子供と言われたら、体格の小ささにも納得するが……
そもそも子供がこんな時間にこんな場所にいることがおかしいな。
「まさか子供だったとはな……。おい、お前、何で子供がこんな時間にいるんだ?家に帰りなさい。」
「…………家なんて、無い。」
そいつはか細い声でそう答える。
「家が無いなんて、そんな馬鹿なことがあるか。親はどうした。」
「………………られた。」
「うん?」
「…………捨て、られた。」
「……えっ?」
捨てられた、だと?
……ふむ、まさかこの世の中にまだそんなことがあるなんてな。
と言ってもどうしたものか。
流石にこんな場所に子供一人で居させられないし……。
そんなことを考えながら、俺はそいつの目線と合わせるようにしゃがむ。
大人がずっとそばに立っていたら、威圧感を与えかねないからな。
そして俺は俯くそいつはまじまじと観察する。
……ん?
そう言えば、なんか違和感があるな。
「ちょっとごめんな。」
俺は「ひょっとして?」と思って、そいつのフードを取る。
「あっ、ちょっと……!」
「……君、”獣人”だったんだな。」
そいつの頭には人間には無い、ふわふわの”ケモ耳”が付いていた。
違和感の正体はこれか。
「そうか、だからか……。」
そうして俺はこいつがここにいる理由を悟る。
色んな種族が生きるようになったこの世では獣人というのは特段珍しくない。
だが、やはりその独特な容姿を好む者は、獣人を手に入れる、「買う」
そして所謂、奴隷になる。
そうして飽きたら、つまらなくなったら捨てられる。
まるで「消耗品」のような扱いだな。
多分こいつもそれらと同じ口。
目の前のこいつをジッと見る。
彼はバツが悪そうにフードをまた深く被る。
自分の姿が俺の目に映らないように深く、深く。
「……なぁ、君、一先ず俺の家に来ないか?」
そんな様子の彼を見て、自然とそんな言葉が出た。
彼はそんな俺の言葉にまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
俺もまさか自分の口からこんな言葉が出てくるなんて思ってもいなかった。
だが、何もしないのも許せなかった。
「……いいんですか?」
恐る恐る、彼は尋ねる。
「あぁ、勿論。このまま君をここに居させるわけにはいかないからね。と言っても俺が君に出来ることと言えば食事と風呂ぐらいだが。」
「……ご飯、お風呂…………!」
その言葉を聞いて、彼は笑顔になるもすぐに自分の立場を弁えたかのように俯く。
「……ぼ、僕なんかがそんな…………。」
「……今、君は誰の奴隷でもない。君は今1人の”獣人”だ。だから、そんなに自分の価値を落とすな。」
俺は真っすぐ彼の目を見る。
「……分かりました。ありがとうございます。」
「よし、じゃあ早速俺の家に来てもらおうか。と言っても目の前だけどね。」
********
「じゃあ、俺は先の食事の準備をしておくから、先にお風呂に入ってきな。さっき教えた通りシャンプーは右のボトル、ボディソープは左のボトルね。」
「あ、はい、分かりました。」
おどおどとした様子で佇んでいる彼に俺は着替えを渡しながら、そう声を掛ける。
一先ずお風呂の使い方とか一通り教えたから、多分大丈夫だろう。
……何を作ろうかな。
と言っても俺が作れる料理なんて限られているけど。
冷蔵庫に入っている食材を見ながら、俺は悩む。
まぁ、野菜炒めでいっか。
栄養も取れるし、肉を入れればボリュームアップだし。
そうして、俺は取り出した野菜を切っていく。
少しして、
「お風呂ありがとうございました。凄く気持ち良かったです。」
丁度出来上がった野菜炒めを皿に移していると、ホカホカと湯気を立てた彼が脱衣所から出てくる。
やはり獣人というのは見た目が麗しい。
彼が男の子と分かっていても、少しドキッとしてしまう。
「そ、そうか、そう言ってもらえて良かったよ。丁度ご飯も出来たから、そこの机に座って待っておきな。」
「ご飯……」
そう彼が呟いた瞬間、「グゥー」という可愛いお腹の音が聞こえた。
パッと横を見ると顔を真っ赤にして俯いている彼の姿がある。
「アハハハッ!もう少ししたら持って行くから、待っときな。」
「はい……、すいません……」
俺はそう恥ずかしそうに机へと向かう彼の後姿を見て、また微笑む。
こうして見たら、本当にただの少年だ。
少し歯ぎしりをしながらも、俺は食事の準備をする。
「よっし、出来たよ。」
机に野菜炒めでパンパンのお皿を持って行く。
それに加え、お米でパンパンの茶碗も。
「……こ、これ、食べていいんですか?」
「あぁ、勿論。あんまり豪勢な食事じゃないけどね。」
「いやいや、僕からしたら十分です!ありがとうございます!」
まるでフルコースを目にしたかのような様子で顔を輝かせる彼。
「……じゃあ、冷める前に食べようか。」
「はい!」
「それじゃあ――」
『いただきます』
そう言った瞬間にガツガツと野菜炒めを胃にへと入れていく。
……それほどまでにお腹が空いていたのか。
「あぁ、そんなに慌てなくても別に誰も取らないからね。」
「す、すいません。あまりに美味しくて。」
「……そうか、良かったよ。」
俺はそう言う彼の姿を横目に見ながら、彼のためのお茶を取り行くのだった。
「いやー、凄く美味しかったです!ごちそうさまでした!」
そう笑顔で言う彼の前には、野菜の切れ端1つもない皿。
……結構な量作ったんだがまさか完食するなんてな。
余ったら明日にも回そうと思っていたんだが、……まぁいっか、元気になったのならそれで良し。
「はい、お粗末様でした。元気になったようで良かったよ。」
「こちらこそ、こんな僕にお風呂と食事をくださり本当にありがとうございました。」
「いやいや、礼には及ばないよ。さっきも言ったけど君は今1人の獣人だ。これは君が受けるべき権利で本来あるのだからね。」
「……そう言ってくださったのは貴方が初めてです。本当にありがとうございます。」
涙を浮かべながら、そう頭を下げる彼。
その様子に俺は辛くなる。
「そうだ、君はこれから何処かに行く当てはあるのかい?」
「……正直に言うと無いです。」
「そうか……。それなら俺の家で働かないか?」
「えっ……?」
「困惑するのも無理はない。だが、少し話を聞いてくれ。俺は今仕事が忙しく家事が全くできていない。今日はたまたま早く帰ってこれたが自炊するのも稀だ。だから、君にはここで家事をしてもらいたい。勿論奴隷のような扱いではなく、こちら給料も住む場所も提供する。まぁ、住む場所と言ってもこの家の空いている部屋なのだが。どうかな?」
言い切って、ふぅと息を吐く。
考えていた以上にスラスラと言葉が出た。
まるでマシンガンのようだ。
そしてこれを受けた彼はと言うと、ポカンとしている。
多分、今頭の中で俺が言ったことを整理しているのだろう。
「そ、そんな訳にはいきません!ここまでお世話になったのに、お仕事まで頂くなんて。」
「でも、どこかに行く当てもないんでしょう?それなら良い話だと思うんだけど。それに俺は絶対に”前の奴”のようなことはしない。神に誓っても。」
ふと袖の隙間から見えた、痣。
これだけで前でどのような扱いだったか察しが付く。
俺のその力強い言葉に、彼はハッとした顔をする。
そして俯く。
考えているのだろうか。
また顔を上げる。
今度は凛々しい顔だった。
「……ここまで言ってくださっているのに、受けないのもどうかというもの。」
「それは……、了承してくれたという事で良いのかな。」
「はい、こんな不束者ですがよろしくお願いします。」
「あぁ!こちらこそよろしく。」
「今回受けた恩をしっかりご主人に返せるように頑張っていきたいと思います!」
心からの笑顔でそう言う彼。
そうして、俺の家では1人の獣人が働くことになったのだった。
********
「………………ご主人、…………ご主人、………ご主人様!」
何か枕もとで呼ぶ声が聞こえる。
「起きてくださいよ、ご主人!どうして、いつものように起きて「おはよう」と言ってくださらないんですか!」
この声は………彼か。
「まだ……、まだ早いですよ……。僕はまだご主人に恩もお礼も何も返せていないです……。」
……そんなことは無い。
君は本当によくやってくれた。
十分なほどに。
これはただ単に俺の死期が予想していたよりも早かっただけ。
……病気のことちゃんと話しておけば良かったな。
何年も俺の元で働いてくれてありがとう。
君に出会えて良かった。
「ご主人……、僕を1人にしないでくださいよ……。まだ、話したい事、遊びたいことがあったのに。」
あぁ、また君の事を1人にしてしまう。
そんな罪深い俺の事をどうか許しておくれ。
君と生きたい。でも、歩めない。 御厨カイト @mikuriya777
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます