第41話

「盗賊団を解散させる?」


ノーマの話を聞き終えた僕は混乱していた。彼女の話によるとガロンの計画とはこの盗賊団を解散させるというものらしい。その表情はいたって真剣なものであり嘘を言っているようには見えない。


「ええ。貴女の村を襲撃するために向かっているというのは建前ね。団員のほとんどはまだこのことを知らないもの。貴女に騒がれて知られるわけにはまだいかないの。実は村に私たちの協力者がいるのよ。解散した後の処理について手伝って貰うために向かっているというのが真相ってわけ」


 続けられた説明に僕の混乱は深まるばかりだった。内容が内容だけに前もって秘密を約束させられたのも納得は出来たがそれ以上に驚きのほうが大きい、さらに自分の村に盗賊団の協力者がいるというのも大きな衝撃を僕に与えていた。


「若い団員を説得するのは苦労しそうだけど、村に被害が出るようなことはないわ。ちゃんと団を率いるものとして責任は取るつもりだからね。----というわけで騒がないでね、もちろんこのことは秘密よ」


 僕はその言葉にコクコクと頷くことしか出来なかった。





その後、日が傾き今から送るのは危険だというガロンの判断から今晩一晩はガロンの執務室で過ごすことになった。すでにガロンとノーマは退室しており部屋にいるのは僕ただ一人だけだ。

 渡された毛布に包まりながら光が落ちた暗い部屋で僕はただひたすらに悩んでいた。それはもちろん先ほど聞いた計画とやらについて。


正直なところその話をいまだ完全に信じきれていない。だがガロン達の様子を見る限り完全に嘘というわけではないだろうとも感じていた。

 それが僕を更に悩ませる。もし話通りに村が無事だというのなら下手に動かないほうが良いだろう。ノーマたちに釘を刺されたように僕が動いたことで周りに情報が漏れたりすれば計画自体が破綻しかねない。そんなイレギュラーが起きれば村に危険が及ぶかもしれないのだ。

 だが、本当にただ大人しくしていれば村が安全なのかという疑問も内心では燻っている。


 そんな板ばさみの思考に支配された状態では眠気が来るわけもなくただ時間だけが過ぎていった。



 「ん----なに?」


 気づけばいつのまにか寝てしまっていたようだ。そんな僕わ起こしたのは部屋の外から聞こえてきた喧騒だった。

 バタンッ--と扉が勢いよく開けられる。寝ぼけ半分で目元を擦っていた僕はその音に驚き一気に覚醒した。


「ちっ、全く計画通りにはいかないものだな!」


「薄々感づいていながら対処しようとしなかった私たちにも原因はあるでしょうね。それより今は動かないとね。お譲ちゃん起きてる?」


 開け放たれた扉を恐る恐る伺っていると中に入ってきたのはガロンとノーマの二人だった。険のある言葉とその険しい表情から何か良くないことが起きたのだけは嫌でも察せられた。


二人に急かされるままに身支度を整えて部屋から抜け出す。部屋から出てまず気がついたのはもくもくと流れてくる煙と怒号、そして金属を打ち合うような音だった。


「えっ火事? それよりこの騒ぎってーーー」


「うるさいっ!! 今は黙ってついて来い」


 異常事態に気づき思わず声をあげてしまったのだけど直ぐにガロンの怒鳴られ黙るほかなかった。 二人の後を沈黙を守ってただただついていく、そして人目を忍ぶように陣から脱出して森の中まで来たところでようやくその歩みが止まった。


 急いでここまで来たことで僕の息が上がっていた。肩から大きく深呼吸をしながら抜け出してきた陣の方向を向けば轟々と燃え上がる天幕が見て取れる。やはり火災が起きていたようだ、だがあの様子を見る限りただ火事が起きたわけではないように僕には感じられた。ただ慌てふためいているのではなく剣呑とした雰囲気というか、緊迫した状況のソレであった。


「わかっている。ちゃんと説明してやるからちょっと待て」


 現状を正しく把握しているであろうガロンへと視線を向ければそんな言葉が返ってきた。ガロンはノーマと二言三言、小声で交し合うとこちらへと向き直った。


「本音を言えばお前には何も聞かずに自分の村へと戻って貰いたい。もちろん道案内にノーマをつけてやるーーーーがそれでは納得出来ないのだろ?」


「うん、当然でしょ」


 僕がはっきりと頷いたのを確認したガロンは、ため息をつきながらも言葉を続ける。


「わかった。だが話を聞いたら帰ることを約束して貰うぞ。-----今の状況を端的に表現するならばクーデターだ。恥ずかしい話ではあるが俺をトップの座から引き摺り下ろしたい奴らが反乱を起したのさ」


 ガロンの言葉に耳を疑い驚きの何も言えないでいる僕にガロンはさらに言葉を続ける。


「簡単に言えばそういうことだ。悪いがもう時間がない、俺はこれから会いに行かなくてはならない奴らがいるのでな。詳しく聞きたいならノーマにでも聞け。 ノーマ、今更隠す必要もあるまい。聞かれたことは答えてやれ。---ではな」


 そういい残すとガロンは状況についていけずに呆然とする僕にに背を向けて陣の方へと歩き出していった。そんな彼に向けてノーマは深々と頭を下げている。まるで戦いへと赴くものを見送るように。



ノーマに背を押されて森の中を歩いてゆく、最初は頭の中を整理するのにいっぱいいっぱいで黙り込んでいたのだけど意を決して口を開く。


「あの…」


「ん?」


「クーデターってなんでなんですか? 解散させるって話と対極に位置することのように思うんですけど…。」


 表面上はなんら変化のないノーマに若干、気圧されながらも何とか言葉を続ける。それに対してノーマは苦笑いを浮かべた後に説明を始めた。


「まあガロンが答えて良いって言ってんだから話してもいいのかな、事の始まりはガロン、団長の変化によるものからなのよ」


 ノーマの説明によれば、ガロンが変化、つまり心変わりしたことによって起きた問題との事だった。その変化とは簡単に言えば「甘くなった」の一言に尽きる。その理由についてノーマは語らなかったが、前の彼であれば僕もも見つけた時点で切り捨てられていただろうとのことだ。

 

 それほどまでに冷徹で敵に容赦をかけることのなかった彼が変化したのはここ数年5、6年のことだった。今まで獲物を狙うと苛烈に容赦なく目撃者を含むすべての人間を消していたのが、突然に被害を最小限に留める方針へと変化した。それを受けて団の古参でも過激な思想を持つ者は袂を分かち、去っていった。今いるノーマを含む古参のメンバーはそんな変化を受けてもガロンについていくと決めた者だけである。


 過激な者が去った後も過去の名声を知る若い者たちが入ってくることで不満が溜まっていった。それを受けたガロンが苦渋の選択として選んだのが例の計画である団の解散であるとの事だった。しかし不満が募っておりいつ爆発するか分からないと自覚していながら対処しなかった結果、計画の前にクーデターが起きてしまったのだとノーマは自嘲しながら語った。


 クーデターの理由を聞き終えた僕が次にした質問はそんな状況で当事者であるガロンがどこへ行ったかについてだった。


「…なぜ起きたのかは分かりました。じゃあガロンさんはどこへ向かったんですか?」


「それはもちろんクーデターを起した団員たちのところね」


「それって危険なんじゃ…」


 さも当然なように返された答えに驚き思わずといったように聞き返してしまった。するとノーマは笑いながら補足をする。


「あら、心配してくれるの? 私たちには団のトップとしての責任があるの。無関係な貴女を逃がすために私は選ばれてしまったけど、他の味方は陣で反乱に抵抗してくれているのよ。とはいえ相手はこんな事を起すくらいなんだから準備は万端でしょう、だから厳しいことになっていそうね」


「だったら!!」


「何にせよ貴女には関係ないことよ」


 説明の言葉を聞きだったら尚更と言いかけた僕をノーマはぴしゃりと言いとめる。


「心配してくれるのは感謝する、貴女の村に危害が及ぶことはないから安心して」


「それを心配しているわけじゃないよ。なんでそんなに平然としてるのかと思って…あの人本当に大丈夫なの?」


「なぜって彼も伊達に団長なんて務めててないわ、何人が相手だろうが不覚を取ることはないわよ」


 その言葉にはガロンに対しての信頼が見て取れた。


「だから私がやらなきゃいけないのは後始末くらいかしらね、それも必要になるとは思えないけど…それこそイレギュラーが起きないくらーーー」


 ふいにノーマの声が不自然に途切れる。見るとノーマの視線はある方向で止まっている。そちらのほうへ視線を向けてみるとーーーーーただ一人陣地へ向かって馬を走らせる自分と同い年くらいの少女が目に入ったのだった。

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