第38話

「今戻った」


 脱出のため出入り口近くまで戻ってきたところで耳に飛び込んできたのは聞き覚えのある少女の声。さっと物陰に隠れてそっと声の聞こえたほうを覗き込む。


「ん? あの娘は―――先ほど会った奴じゃないか、なんでここに? 捕まったとかでは無さそうだが…」


 そこにいたのは先ほど出会ったばかりの戦闘少女。意外な場所での再開に疑問が浮かぶ――――しかしその疑問はすぐに解消された。それは少女と近くにいた獣人の男性との会話からだ。


「あれ? お嬢じゃないですか。今お帰りですかい? 随分と不機嫌みたいですがどうかしたんですか?」

「―――ん、今戻った。 前から言ってると思うけどその『お嬢』ってのやめてほしい」

「良いじゃないですかお嬢は団長の娘さんなんですから分かりやすいですよ、愛称ですよ愛称」

「…その特別扱いされてるのが嫌」

「ん? 何か言いました?」


 どうやら少女はこの団の団長であるさっきの大男の娘であるらしい。こう言っては何だが全く似ていない、いや似なくて良かったというべきだろうか。もしくは義理という可能性もあるのだが。


「はいはい、そんなところで騒がないでくださいよ、サシャ様」


 会話に割り込んできたのは先ほど団長と話していた長身の男性だった。その顔には微笑を浮かべている。偶然ではあるが彼女の名前も知ることができた。少女サシャはやってきた青年に目を向けると口を尖らせる。


「…クラン。だからやめてほしいっていってるのに」

「とりあえず帰ってきたんですから帽子はとりましょうか」


 青年との会話の途中で新たな事実が発覚した。青年に言われてサシャが帽子を脱げばそこから現れたのは肩までかかるかという綺麗な金髪とそれと同じ金色の毛並みの恐らくオオカミの耳。どうやら彼女は獣人の少女だったらしい。ただ人間に見えた団長の娘とのことなのでハーフの可能性もある。人間より身体能力の高い獣人であったことに先ほどの戦闘で見た動きの良さにを思い出し納得もいった。


「そりゃあ長の娘となれば気を遣わざるおえませんから。団長は今偵察から戻ったアル達に報告を受けてましたよ。それにしても今日はいつも以上に噛みついてきますね、よほど不機嫌に見えますがどうしました? それに怪我をしてるように見えますが何があったんですか?」

「お父さん? ―――ん、団長にはあとで会いに行く。怪我は気にしないで良い、狩りの途中で狼たちに囲まれて…ちょっとしたハプニングがあっただけ。 ――――あの小動物、次は逃がさない」


 言葉の終わり、誰に聞かせるわけでもない呟くような小さな決意の言葉も強化した聴力により俺には聞き取れた。サシャが不機嫌な理由、ほぼ間違いなくのことであるようだ。そのことに気づき嫌な予感に駆られる。


「獣に囲まれて? 御無事で何よりです、というか無茶はしないでほしいですが…」

「無茶はしないつもりだった。変なのに介入されなかったら特に何も問題はなかった」」


 会話を聞きながらもこっそりと話している二人の背後を駆け抜けようとそっと一歩踏み出した―――だが。


「変なのですか?」

「人の言葉を話す小動物、魔物ではないと思う…なんて説明すれば良いか…そうちょうどそこにいる動物みたいな…――――って、あ」


 会話の途中で獣耳が少し動いたかと思えば小首を傾げたサシャの視線に止まってしまった。見つめ合ったまま止まる時間。野生のカンともいうべきか、こちらの存在を察知されたようだ。


「いたっ!」


大声をあげた少女から逃げるように俺は視線を切って走り出した。


「待って! 今度は逃がさない!」

「―――――サシャ様!!」


 後ろから追いかけてくる少女の気配を感じながら森の中へと駆け込んだ。






「さすがに森に入ってしまえばこちらのものだろう…ってなに?」

「―――ぜったい逃がさない!」


 森の中までくれば諦めるかと考えていたのだが甘かった、少女は恐るべきといえる追跡能力を発揮して追いかかけてくる。魔法を発動することも考えたが少女が片手に持つ魔法道具を見つけて思いとどまる。


 どうやら少女は追いかけてくる際に例の魔法道具を持ち出してきたらしい…あれがあっては例え魔法で遠くまで逃げたとしても追いかけられる可能性が高く、それではルカの家に戻れない。


「サシャ様!!」

「クラン? どうして追いかけてきたの?」

「団長に頼まれまして」


 さらに厄介なことに追手が増えてしまった。さきほどの男、クランが何人かの手下を連れて追いかけてきたのだ。思わず舌打ちをしそうになりながら足へと力を入れて逃げ切ろうとする。

 

木と木の間を飛び移り敵をかく乱しようと動き回る、そんな時だった。


「―――――ん? あれは?」


 目に留まったのは幕営地に侵入する際に見かけた見張りのひとり、あのどこかへといなくなった一人だった。

 どうやら誰かと話しているようだが相手の姿は見えない。なぜこんな場所で話し合いをしているのか。


「手伝ってくれるっていうなら使う! クラン先回り!」

「分かりました」


「ッち――もう来たのか」


 何か引っかかるものを感じたのだが自分を追う声に追い立てられてその場を去る他はなかった。




「……ようやく撒けたか」


 ようやく追手を撒くことができた、ホッとため息をつく。少女のみであれば撒くのはどうということはなかったのだが遅れてやってきた増援が曲者であった。さすがのチームワークというべきか、挟み撃ちにされそうになったこと数回、距離を稼いだのちに気配を消して大樹の根元に潜り込み、追手がいなくなるのを辛抱強く待つことでようやく逃げ切れたのだった。


「さて、ここはどこかな…」


 散々逃げ回ったことで自分の位置を把握できなくなっていた。とりあえず隠れていた大樹の天辺まで登る。この大樹は周りの木々より二回りほども高いものであったので周りがよく見渡せる。ここから100mほど先に見覚えのある天幕が目に留まった。


「あれは、盗賊たちの陣地だよな…思ったより離れてなかったのか。うむそれなら方向は大体掴めた、太陽の位置から言って村はあっちの方向だな。早く戻ってルカたちに教えてやらんとな…まあいざとなれば俺が出張ってもいいんだが――――っとあっちにあるのは何だ」


 大体の方向を掴めた。まずは盗賊団の情報を伝えるために村に戻らなければ。

だが大樹から降りようとした直前にあるものが目に留まった。それは何台かの馬車だ、盗賊団の陣地から少し離れた位置にあるそれは盗賊団のものとは違うようだ。

 ここであることを思い出した、それは村から盗賊の二人組を追いかけていた時のことだ。あのときに探った情報の中で察知した集団は二つあった。そのうちの大集団だったのがあの盗賊団だったとしてもう一つあった集団の事を思い出したのだ。


「念のために行ってみるか…村に戻るのはその後でも良いだろう、あの様子なら賊が動くまでにはまだ時間もありそうだったからな」


 現状における猶予はまだあるだろう、不確定要素を無くすためにその馬車へと行ってみることに決めた。




 



 ――――――例の馬車を肉眼で捉えられる位置までやってきた。身を隠して様子を窺う、どうやら5台ほどの馬車あるようだ。その中で一台だけやけに派手に飾り付けられた大きな馬車がある。そしてその横側にはでかでかと文字が書かれていた。


「なになに―――クラウン・サーカス団か」


 どうやらこの馬車はサーカス団のものらしい。この時、村で聞いたサーカス団の話を思い出した。確かその時に聞いた名前がこれと同じだったはずだ。それと同時に盗賊団の陣地で聞こえてきた会話も思い出していた。


「ルカが言っていたサーカス団だな…あとそういえば盗賊の奴らがサーカス団を捕まえてたとか話していたがもしかしてこれの事か?」


 頭の中にある推測が浮かんだその時、馬車の中から人の声が聞こえてきた、それは何やら女の悲鳴のようだった。そしてその中から一人の男が女一人を引きずるようにして出てくる、その後ろからもう一人男が現れた。その男たちの顔には見覚えがあった盗賊団の陣地で見た顔だ。対して女の方には見覚えはない、雰囲気からして盗賊の一味では無さそうだもしかしてサーカス団の一人だろうか。その手はロープで縛られ目には涙を浮かべている、男たちと友好な関係とはとても思えない。


「いやっ!! 放して放してよ―――――誰か助けて!!」


「叫んだって誰もこねぇよ、お前の仲間はそこで縛られてるしな!! どうせ死ぬんだ俺たちを楽しませろよ」


 悲鳴を上げ泣き叫ぶ女を引きずってきた男は地面へと突き放す、その顔には下卑た笑いが浮かんでいる。男の手が倒れた女へと伸びる。


 これは十中八九、暴行に及ぼうとしているのに間違いない。Bはため息とともに男を止めるために魔法を発動しようとした――――がその前に一緒に出てきたもう一人の男が止めに入っていた。


 男たちの言い争いが始まる。


「おい、やっぱりまずいって!! 団長にばれたら俺たちの首が飛ぶぞ」


「今良いところだろなに止めやがる!! それに団長に関してならあの計画がうまくいけば何の問題もないだろう?」


「知ってるけどその計画自体が俺は半信半疑なんだよ…あの団長を殺すなんて本当に出来るのかよ」


「今更ビビッてどうすんだよ!! それに計画はもうそろそろ始まるころだぞ、団長サマのことなんてもう気にする必要なんてないんだよ。俺らはこいつらを消してから合流する計画なんだ、少し楽しんでからでもいいだろうが」


 男の話を聞いていた女が「消す」という言葉に反応して短く悲鳴を上げる。静止を振り切った男は女へと手を伸ばしその衣服を破ろうとする。もう様子見の必用はないだろう、今度こそ魔法を発動させる。


「興味深い話だったから聞いていたんだがもう終わりか…ならば雷矢サンダー・アロー


 電撃の矢が女へと迫っていた男と命中する。男は感電し意識を刈り取られてその場へと崩れ落ちた。


「!!―――誰だ?」


 それを見たもう一人の男は腰からサーベルを抜き放つと声を上げる。その男へと素早く近づき取り出していたナイフで男のサーベルを弾き飛ばすと、そのまま首元に刃を当てた。


「ヒッ―――」


「動くな! そのままで聞け」


 俺の脅しの言葉で男はピタッと動きを止めた。少し待ってみるが何か動き出す気配はない、盗賊はこの二人のみのようだ。背後にいるために男からは俺の姿は見えていない、しかし少し離れた位置にへたり座り込んでいた女からは丸見えであった。破かれた服を押さえるその女は俺の姿を認めて目を丸くしている。


「お前に危害を加えるつもりはないから安心しろ。それとほら――」


 女にそう声をかけると風の魔法でその手の拘束を取り払った。それを受けて女は戸惑った様子を見せるが―――。


「とりあえず服を変えてきたら良いんじゃないか? その馬車の中にあるんだろう?」


 続けられた言葉にそそくさと馬車の方へと駆け出して行った。女が馬車へと入ったのを確認した後で動きを止めたままの男へと声をかける。


「さてと―――俺はああいったことが好きじゃないのでね、目の前での愚行を無視できなくてね、止めさせてもらったよ。それで―――だ、さっき気になる話をしていたね『計画』がどうだとか…詳しく教えてもらえるかな?」


 『計画』という言葉に一瞬身を固くした男だったが俺の言葉に込められた圧を感じとったのか首を縦にカクカク振ってきた。


 

それを受けて俺は一瞬ニンマリと笑みを浮かべたのだった。

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