第23話

 森の中を子ユニコーンの背に乗り駆け抜けていく。あの躾の甲斐あって俺の言うことを聞くようになったユニコーンに乗り今までとは段違いの速さで山脈へと向かっていた。


 通常の馬であれば木々が立ち並ぶ森の中をこの速度で走り抜けるのは難しいはずなのだが、幻獣であるユニコーンにとってはどうってことないようだ。


『親分こちらで宜しいんで?』

「うむ、問題ない」


 あれ程俺に敵対的だったユニコーンが今では俺を親分と呼ぶまでになっていた、相当あの躾が堪えたらしい。

 

それともう一人先程までと様子が違う奴がもう一人――


「わぁ~!! 早い早い!!」


……お前は誰だ?


 ユーリが予想外なほどにはしゃいでいる。普段と違うその年相応な姿に少し面食らってしまう、予想外なことにユーリは動物好きだったらしい、ユニコーンの背に乗り走れることを純粋に楽しんでいる。


『ユーリ!! そんなに暴れないでください!!落ちちゃいますよ?』

「大丈夫!! 大丈夫!!」

『私が大丈夫じゃないんですよ!!』


 ユーリの肩に必死にしがみついているアリアが悲鳴をあげている。ユーリが興奮して動き回るので振り落とされそうになっているのだ。


「大丈夫だって!! ね?ユニコーンさん」

『ヒヒーン』


 ユーリの声に調子に乗って派手な行動をしようとするユニコーンに軽く電撃を流してやめさせる。そんなことをすれば本当にアリアが落ちかねなかった。


 ちなみにこのユニコーンの本性についてはユーリには伝えていない。俺とユニコーンがやり合っている間にルナがどういうことかを問い詰められていたらしいのだが―――アリア曰く


『あんな残念な情報は知らないほうが幸せですよ!!』


とのことで教えなかったらしい。


『かわいこちゃんを乗せてるんだ張り切っちゃうぜ!!』


 …確かに今も残念な言葉をつぶやいていたことからその判断は正しかったのだろう。そうでなければこんなにはしゃげなかったと思う。







『親分、ここから先は奴らの縄張りです』

「そうか」


 ユニコーンに乗って駆けること半日、本来歩けば5日ほどかかる道のりを早くも走破していた。森の抜けた先、目の前には険しい山脈が広がっている。


「この先なのね…ルカと村のみんなのために頑張らないと…」


 先程まではしゃいでいたユーリも目的地に近づいたことで気を引き締め直している。


『皆さんの容態はまだ大丈夫そうです』


 ルナが村の人たちの容態を報告してきた、まだ大丈夫なようだが急がないといけない。


『親分、目的は聞きましたが月下草が生えているのは山の中腹より上ですぜ。さっきも言った通りこの先は奴らの縄張りですがどうするんで?』


 ユニコーンの奴が山の上空を見上げながらそんなことを聞いてくる。その視線の先には奴らがいた。『奴ら』とは、グリフォン達の事である。奴らは山脈全域を縄張りとしているらしい。

 

 今も上空を何匹ものグリフォン達が縦横無尽に空を駆けている。グリフォンは馬すら捕まえて捕食する獰猛な肉食のモンスターである。魔獣とは厳密には違うが同じく危険なことに変わりはない。


 ユニコーンの件もあり今の俺なら会話も可能かもしれないが簡単にはいかないだろう。時間がない今は選択肢に登らない。






「お前はここで待て」

『了解です』


 日の暮れた頃になって行動を開始する。図体の大きいユニコーンをこの場に残して身を隠すように慎重に山を登り始める。グリフォンに見つからないように進むことにしたのだ。


「月下草ってどんなのなの?」

『淡い黄色の花を咲かす大体15cmほどのお花のようですよ』

「黄色の花なんてたくさんあるわよね…」


 慎重に進む中、目的の月下草の特徴についてユーリが聞いてきた、それにルナが答えるがイマイチ分からなかったようだ。首を傾げるユーリに補足で一番の特徴について伝える。


「今夜は月が出てるからな淡く光を放ってるはずだ」

「光?」


 月下草の一番の特徴とは月明かりの下で淡く光るということだった。今回、日が暮れるのを待ったのは隠れやすいだけでなくこのことも関係していたのだ。

山を登り始めてから一時間程が経過していた。


 慎重に行動していたおかげでグリフォン達に見つかることこそなかったが、人が滅多に足を踏み入れることのない領域ということもあって道は険しく中々思うように進まなかった。


 周りに気を配りながら進んで行くが月下草らしきものは見当たらない。


「はぁ――― はぁ―」

「大丈夫か? 少し休んでも良いと思うが――」

「大丈夫よ!! それより早く探しましょ」


 山へと入ってから一度も休憩を取ってないこともあって息を切らせているユーリに声をかける。休憩が必要ではないかと思ったのだが断られてしまった。


『すみませんユーリ…』

「気にしないで、アリアちゃんは見逃しがないか周りに気を配ってくれてれば良いわ」


 現状、小鳥の姿のアリアは飛ぶと見つかる危険性が上がるためにユーリの肩に乗っていた。そのためにユーリに負担をかけていることを謝っていたようだ。




 その後も月下草は見つかることはなく山の中腹を越えようとしていた。


「もう結構登ってきたわよね? 一体どこにあるっていうのよ!!」

「まぁ待て、そろそろ中腹を越えたあたりだ、確か情報だとこの辺りのはずだぞ――― っと拓けた場所に出るな」


 見つからないことに癇癪を起こしそうになるユーリを宥めながら進んで行くと木々が途切れた場所へと出る。


「…崖? 落ちないように気をつけないと…」

『そのようですね』

「―――待て。 崖にも気をつける必要があるがそれとアレもだ」


 慎重に足を踏み出そうとしていたユーリを制止する。

 

 山肌が崩れたらしきそこは岩肌が見えており崖のようになっていた。それだけでも危険なのだが―――


「ぐるるぅ~」


 何かの寝息のようなものが聞こえていた。それが聞こえてきた方向、崖の下を見れば暗闇の中月明かりに照らされて3匹程のグリフォンが横になり寝息を立てている。


「あっちにも気を配らなきゃいけないわけね… それにあんな場所だと襲われたら逃げようもないわ」

「ああ――難所だな。だが進まないわけにはいかないだろう」


 ユーリの言葉に同意しながら進み始めようとした時――


『―――――待ってください!!』


 今度はアリアに止められてしまう、今度は何事かと思い視線を向ければアリアはある方向を示しながら言葉を続ける。


『あそこ、あの淡い光が集まってる辺り!! あれが月下草じゃないですか?』

「「えっ」」


 興奮げに続けられた通りアリアの示した方向。今度は崖の上の方の少し飛び出した岩肌に何か淡く光を放つ一帯がある。


 目を凝らして見ればそれは情報通りの黄色い淡い光を放つ花だった。あれが月下草で間違いないだろう。


「やったわ!! これでルカを助けられるじゃない!!」

『ようやくですよ!! まだ容態は安定してますので十分間に合いますよ!!』


 目的のものが見つかったことで喜ぶ二人を横目で眺めながら思案に耽る。


「さっそく採りに行きましょうよ!!」

「どうやるつもりだ?」

「えっ? どうやってって?」


 今にも飛び出して行きそうなユーリを押しとどめる。見つかった事は素直に俺も嬉しい、ただ問題はアレをどうやって取りに行くかだ。


『私が飛んで行って取ってきましょうか?』

「村の人たちの数を覚えているか? 一回で運べるのは一本くらいだろう、そうなると何度も飛ぶ必要があるぞ。見つかる可能性が高すぎる」


 アリアが自分が飛んで行き取ってくることを提案してくるがそれを却下する。一度でも魔法を使えば運べるかもしれないがそれも見つかる可能性が高くなる事に変わりはない。


「それなら歩いて行くしかないじゃない」

「だな」


 そう、あとは歩いて行くしかないだろう。幸いにと言っていいのか足場は悪いが何とか登れそうだった。


「じゃあ私が――――」

「いや俺が行こう」


 名乗り出ようとしたユーリの言葉を遮るように名乗り出る。


「貴方が? 私でもいいわよ」

「いや色々な条件を考えれば俺の方が良いだろう」

『…すみません。 私もそう思います』


 俺の考えに遠慮がちながらもアリアが同意してきた。その条件が何かを続けて問うてくるユーリに説明をする。


「まず純粋に今の俺の姿の方が小さいからな。それに毛も黒いから見つかりにくいだろ」

「…別にそれくらいの理由なら私でも…私が言い出した事なんだし」


 今回のことを言いだしたのが自分なことから危険な役割を他人に任せるということに抵抗があるのだろう、元々責任感が強いというのも関係しているのとも思うが。なおも言い募ろうとするユーリに対して今度はアリアが説明を続ける。


『ユーリ、実は私がご主人様の方が良いと言った一番の理由は最悪の結果に陥った場合を考えてなんですよ?』


 やはりアリアの考えは俺と同じだったようだそのまま説明を任せる。


「最悪の結果?」

『はい。今は夜で視界も悪いですから崖から滑り落ちてしまう可能性もありますよね? その場合ユーリには身を守る術がないでしょ。その点、ご主人様であれば魔法がありますので命の危険は減ります。 もう一つグリフォンに襲われた場合も同様です。」

「……」


 アリアの説明を受けてユーリは返す言葉を失ってしまったようだ。そのユーリへと俺は最後のとる。


「納得してくれたか?」

「……それを言われたら何も言い返せないわよ。 分かったわ――ただし!!」

「ただし?」

「無事に帰ってきてよね…。 あなたなんかでもいなくなってしまったら目覚めがわるいわ」


 どうやら心配してくれているようだ、相変わらず素直でない言い回しではあったが。


『そうですよご主人。先程はああ言いましたが一番は何も起きない事なんですから、くれぐれも気をつけてくださね!!」

「ああ―分かっているさ。じゃあ行ってくるよ」


 心配してくれる二人へと返事をして今度こそ崖の方へと足を踏み出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る