異世界追放 獣化の魔王はどこへ行く?
虎太郎
第1話プロローグ
―――俺がその場所を訪れたのは雲一つない快晴の日だった。
セレナリア王国北西部。人々が去ってから長い月日が経っているであろう廃村の一つ。辛うじて残っている朽ちた建物には今なお分かる確かな戦いの爪痕が残っている。ここはかつての大戦によって焼かれ人々に捨てられた場所だ。
未だ窺える戦いの痕跡を眺めながら中を進んで行くと、村の中心に当たる位置に今回の目的地である一つの建物があった。他の建物が朽ちて崩れ去っている中で唯一、原形を保っているそこは村の教会だった場所だ。
表舞台から姿を消して久しく、隠遁生活を送っていた俺が気の進まない『教会』に訪れたのは、ある人物からの呼び出しを受けたからだ。その人物とは重要な契約を交わした相手であり。いくら気分が乗らなくとも、かの人物の呼び出しを無視することは流石に出来なかった。
「まさかこの俺が教会を訪れることになろうとはな…」
教会の手前で一度立ち止まる。見上げた先にあるのは教会の象徴たる紋章、屋根の上に掲げられたそれは『とある女神』への信仰を示すものでもあった。自然と視線は厳しいものとなり睨みつけるようになってしまう。
この世界で最も信仰される女神セレナス。他の多くの人々の心の拠り所となっている『彼女』ではあるが、俺にとっては決して相容れることのない天敵に他ならない。沸々と湧き出る敵外心、暴れだしそうになる感情を抑えることは難しい。
「駄目だな…ただのシンボルなど睨みつけたところで意味などないのに。まあいい、それよりアイツは中か?」
我知らず零れたため息を首を振り掻き消してから扉を開けて中へと入る。
教会の内部は意外なほど整ったものだった。外から差し込む光を浴びて輝くステンドグラス、床に敷き詰められた赤いカーペット。それはここが廃村であることを忘れそうなほどで、この場所だけ時間の流れが違うのではないかと疑いたくなる。
入ってすぐその真正面に見えるのはこの教会が信仰しているかの女神の神像。そして、その像の前に祈りを捧げる一人の青年がいた。
金髪碧眼の整った容姿をしたその人物は高位の神官のものと思われる白い布地に金の刺繍が施された豪華な衣装を身に纏っている。
俺を呼び出した人物とは違うが彼もまた俺のよく知る人物であった。決して友好的な関係とは呼べないものであるがこの場にいる以上無視も出来ない。
数歩足を進めて中程まで来たところでその青年へと声をかける。
「久しいな、あの戦い以来か?」
「そうですね。ご無沙汰しておりました」
青年はゆったりとした仕草で振り返り言葉を返してくる。こちらへ向けたその顔には微笑が浮かんでいる。俺を呼び出したアイツの仲間であり、かの大戦にて何度も対峙した相手。最後まで俺に対する敵意が揺るがなかった男でもある。そんな相手の落ち着き払ったその姿に若干の違和感を感じ取るがその正体まではつかめない。
青年の姿を認めたあと周りを見渡すが、やはり教会の中には青年以外の姿は見つからなかった。
「アイツはどうした? 俺はアイツに呼ばれたからこんなところまできたんだが…」
「申し訳ありませんがあの方はいらっしゃいませんよ。貴方は私が呼ばせていただきました。 …このために」
俺がその告白に驚く暇もなく、青年は言葉とともにいつの間にか取り出していた巨大な杖をこちらへと向けてくる。それは古めかしくも豪華な装飾のされた杖だった。伝わってくる波動によってその杖が秘めた力の強さが察せられる。
杖の先に嵌められた宝玉らしき物が淡く光った―――その瞬間。
何かの魔法か、とてつもない重圧が俺の全身を襲ってくる。これは恐らくは重力を操る魔法の一種だ。ただその威力が桁違いだった、俺をして一切の動きが封じられる。徐々に強くなるその圧力によって立っていられなくなりついには片膝を地面についてしまう。
「なんのつもりだ? まさかとは思うが今さら俺を倒そうというのか。我らとの契約を忘れたわけではあるまい。お前たちと俺が再びぶつかるようなことになれば戦乱の世に逆戻りする可能性すらあるのだぞ…アイツがそんなことを是とするとは思えないが?」
重圧に晒されながらも青年へとその真意を問う。いくら友好的でないとはいえ俺には彼がこんな行動を起こす理由が思い当たらなかった。それに対して青年は自嘲ともとれる苦笑いと共に口を開く。
「私の個人的な私怨ってやつですかね、あの方は何も知りません。それに私だってまた戦争を始めようなんて思ってませんよ。私がいなくなって欲しいのは貴方一人だけです。貴方が近くに居てはあの方のためにならない」
「私怨とは聖職者らしからぬ言葉だな」
「まったくもってその通りです。自分でもそう思いますが…もう我慢ならない。あの方と貴方が近づくなどあってはならないことのはずです!」
穏やかだった口調から一転しての感情を吐露したような叫び、その答えはアイツと俺の危うい関係性を思えばある意味で納得できる部分もあった。しかし、だからといって大人しくやられてやるつもりはない。
「それでどうやってこの俺を倒すつもりだ?」
動きこそ封じられはしたがそこまでであり、到底俺を倒しきるまでには至らないのだ。
「全く…教会に伝わるこの杖の力を借りても貴方の動きを止めることしか出来ないとは、さすがと言うべきでしょうか。仕方がありませんね」
ただ、それでも青年の余裕のあるような態度は変わらない。それに訝しげる俺の前で青年は杖を持つのとは逆の手で懐から水晶らしきものを取り出した。その水晶を見た瞬間に感じたのは強烈な悪寒。とっさにその行動を阻もうと体を動かそうとするが未だ重力の檻から抜け出すことは叶わない。
青年はそれを頭上に掲げると何かを一言呟く。
「『
その言葉と共に水晶は眩い輝きを放ち始める。それとほぼ同時、足元に教会内全てを覆うほどの魔法陣が現れた。
「大規模魔法陣!? チッ
悪態を吐きながらも何とか抵抗をするため魔力の解放を試みるが間に合いようがない。足元の空間が歪む。
「私では貴方を倒しきるのは無理そうです、なのでこれを使わせてもらいましょう。この次元を歪めるアーティファクトで貴方を異世界へと飛ばさせてもらいます。まあ貴方なら死ぬことは無いでしょう」
身動きの取れないまま、魔方陣の輝きが増すとともに徐々に足元の歪みに呑み込まれ始めた。それはまるで底なし沼に飲み込まれていくかのようだ。
「うおぉ―――っ」
最早無駄だと悟りながらも無理やり体を動かして抜け出そうともがく。
「安心してください、あの方は貴方との契約通りに和平を成立させるでしょう。残された者達の心配はいりません。ではもう会うこともないでしょうがお元気で…『魔王』殿」
体の
♦ ♦ ♦
かつて永い永い戦争があった。『魔王』率いる魔族と
激しさを増してゆく戦いに人々は疲弊し、種族問わず多くの村や町、そして国々までもが焼かれ幾万という命が失われていった。
そんないつ終わるとも分からない戦いの日々だったが『勇者』の出現によって遂に終止符が打たれる。
ある一人の女神によって選定されし人族の一人の少女。
彼女は旅路の果てにバラバラだった他の種族の信頼をも勝ち得て多くの仲間を作った。幾度もの『魔王』との対峙。激しい戦闘の末に多くの犠牲を払いながらも遂には『魔王』は倒された。
悪の権現は打ち滅ぼされ『勇者』は魔王打倒の後に残された魔族とすら和解する…そしてようやく長きに渡る戦争は終わりを迎え世界に平和がもたらされた。
この世界に住む誰もが知る救世の勇者の英雄譚。そしてこれはそんな英雄伝説の『後』の物語。
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