10
「おう、弥次郎。入るで」
ガラガラと響いた音は、田舎の祖父母の家のようだった。その音だけで、初名はどこか懐かしい気持ちになった。
風見に従って店の敷居をまたぐと、これまた見たことのない古風な光景が視界に飛び込んできた。
入ってみると、店の中は20畳ほどはあった。外観との差に驚くも、そこに並ぶ品々を見ればその広さも頷けた。
入り口近くの棚には、木工細工や装飾品などの比較的小さな品が、少し奥へ行くと花瓶や丈の低い棚や陶器、それに着物がかかった衣桁が、さらに奥まで行くと箪笥など大きなものが鎮座していた。
だが肝心の店主の姿は、どこにも見えない。先ほどまで座っていたのであろう木製の椅子が寂し気にぽつんと置かれているだけであった。
「おかしいな。どこ行きよったんやろ」
一瞬、風見を探しにまた地下街へ出ているのでは、と初名は思ったが、黙っておいた。口にする前に、風見が行動に出たからだ。
「おーい。誰か、弥次郎呼んできてくれへんか? お客さんやって言うてきてくれ」
風見は店のど真ん中でそう叫んだ。いったい誰に向けて言ったのか。首をかしげていると、カタン、と音がした。
はじめは店の入り口付近から。そして、次いで反対側の棚から。その次は衣桁がガタンガタンと揺れ始め、触発されたように陶器類が、最後には箪笥までが大きな音を立てて主張し始めた。その音は、揺れているから鳴っているのだと初名は思っていたが、よくよく聞いてみると、違った。
店内では、こんな音が聞こえてきた。
「やじーやじーお客さんやでー」
「やじさーん、呼んでるでー」
「やじさん、出て来てー風見さんやー。やじさーん」
”音”ではなかった。”声”だった。
「賑やかやねぇ」
和子は、にこやかにそう言ってのけた。
初名にとっては”賑やか”では済まされない状況だった。口をパクパクさせて狼狽えている初名に向けて、風見は言った。
「あー……ここはあやかし者の集まる横丁やて言うたな?」
「は、はい……そう聞きました、けど……」
「つまり、この店もそういうこっちゃ」
「そういうこっちゃってどういうことですか!?」
風見は若干居住まいを正して、ごほんと咳払いをした。
「ここは『古道具屋のやじや』。店主も商品も全部が付喪神っちゅう世にも珍しい店や」
「つ、付喪神……!?」
付喪神とは、人間が使い続けた道具などが、100年経つと意志を持ち、動いたり話したりできるようになったあやかしだ。「付喪神」とも「九十九神」とも書く。
土佐光信によって描かれた『百鬼夜行絵巻』には、琵琶や傘などに手足が生えて、目や口がついた姿としてに描かれている。
ここに並ぶ物は、手足も口もなく、どうやらどこからか声を発しているだけのようだ。
それでも一斉に喋られると只事ではない声量となる。それに、びっくりする。
もはや騒音と化しているそれらの声に向かって、風見が大きく手を叩いた。
「やかましい! 全員やのうてええねん! 代表一人が喋れ!」
一人と言われてしまうと、今度はしんと静まり返った。よくある、”譲り合い”の空気になってしまっている。
「何で静かになるねん!」
「うるっさいのぅ……聞こえとるわ、アホ」
きつい言葉とは裏腹に、苛立つ風見を宥めようとするかのように穏やかで静かな声が、店の奥から響いて来た。声と共に、その主が姿を現した。
長い黒髪に切れ長の瞳、きゅっと引き結んだ唇が涼し気で、どこか厳格そうな印象の、長身の男性。紺地の着流しを纏い、『やじや』と染め抜かれた前掛けを着けたその男性……弥次郎は、両腕を組んで店内を見回した。
「お前らもうるさいで。お客さんの前では行儀良うせんかい」
弥次郎に窘められると、店内のそこかしこで、またも声が聞こえた。口々にごめんと言う、なんとも元気の抜けた声が。
彼らの謝罪を一通り聞いた弥次郎は、くるりと振り返った。そして、和子の前まで歩み寄り、その頭をくしゃくしゃと撫でまわした。
「よう来たな」
「うん、約束守ったよ」
そう言うと、和子の姿はふわりと消えた。
「!?」
正確には、消えたのではない。先ほどまで確かに70過ぎの高齢の女性であったはずだ。
それが今、初名の隣で、弥次郎の前で、ふんわりと姿を変え、初名と同じぐらいの年の……若い女性の姿になってしまっていた。
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