8

 視界が、ぼんやりしている。明るいのか暗いのか、それさえも曖昧だ。

 うっすら目を開けると、見覚えのない天井が見えた。だがすぐに、目に飛び込んできた灯りの眩しさに目を閉じる。

 とはいえ、恐れるほど眩いわけではなかった。薄く黄色がかった温かみのある電灯の光だ。ということは、ここは室内らしいという考えに、やっと思い至った。

 どうして見知らぬ部屋で目覚めるのか。ぼんやりした頭では判然としなかった。

 考えを巡らせていると、うっすらと声が聞こえてきた。一人ではない。二人、三人、いやもっと大勢いる。

 初名はまだぼんやりとする視界を動かし、そっと声の聞こえる方を窺い見た。

 真っ先に視界に入って来たのは、長い銀の髪と真っ白な着物。

(さっきの……風見さん?)

 次に視界に入ったのは、風見の隣に座る黒い髪と紺地の着物の広い背中。おそらく、風見から弥次郎と呼ばれていた男性だろう。

 そういえば会合がどうとか言っていた。これがその会合なんだろうか。

「あれ、起きたん?」

 神妙な空気が流れる中、呑気な声が耳元で響いた。目を開けると、先ほどの気絶の原因ーーミイラ男が初名の顔を間近で覗き込んでいたのだった。

「ひやぁぁぁぁぁ!!」

 思わず飛び退り、壁際まで逃げた初名に、ミイラ男は近づいて来た。

「大丈夫? 頭打ってへん?」

「い、いや、あの……だ、大丈夫です!」

「ホンマに? ちょっと見せてみ」

 一歩下がると一歩近づく。

 ちらりとその背後に目をやると、”声の主たち”の姿が明らかになった。

 風見や弥次郎の向こうにもたくさん人が並んでいた。

 色白で牙が見える美形の男だったり、朗らかで優しそうな女性と寡黙そうな男性が半透明の姿で座っていたり、妖艶な美女かと思いきや腰から下が蜘蛛であったり様々……何よりも、彼らの纏う空気が違っていた。何とも形容しがたいけれども、どうも今まで接してきた人間と大きく違うのだった。

「いやぁ……この子、うちらのこと見えてるん?」

「へぇ、珍しいなぁ」

 蜘蛛の女性がそう言ったのを皮切りに、その場に集まっていた異形の者たちが全員興味を示して寄って来た。

「ひっ……!」

 思わず悲鳴を漏らす初名に、ミイラ男が眼前まで近づいて、ほんの少し眉をしかめた。

「そんな怖がらんといてや。さすがに傷つくやん」

 伸びてくる包帯まみれの手。そして続々近寄って来る人間じゃないモノたち。部屋の隅にまで追い詰められた初名は、ひりつく喉をかろうじて開き、何とか声を絞り出した。

「あ、あの……ここって……あなた方っていったい……?」

 訊ねると、にじり寄っていた者たちは、顔を見合わせていた。”きょとんとしている”という表現が合うだろうか。

 そんな顔をされるとは思っていなかった初名は、知らず知らず、似たような表情を浮かべていた。

 そんな両者の間に、真っ白な影が差した。風見だ。

 風見は、初名と彼らを遮るように立っていた。まるで境界線を引いているように。凛とした立ち姿からこぼれる声もまた、厳かで同時に澄んでいた。

「ここは梅田の地下のさらに地下……俺ら人ならざるあやかし者が肩寄せ合って暮らす場所……あやかし横丁や」

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