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梅田駅より徒歩十分ほどの場所にあり、かの有名な曽根崎心中の題材になった心中事件の起こった場所であることから、同作の主要人物・お初の名を冠して「お初天神」とも呼ばれる。
その境内にはいくつかの境内末社が存在する。安産などを祈願する水天宮金刀比羅宮、商売繁盛などを祈願する開運稲荷社、そしてその他にも祀られているものがある。
菅原道真公が祀られている「天満宮」「天神」と呼ばれる神社には必ずと言っていいほど存在する、撫で牛像だ。
風見は、そのことを察したようだった。初名はそれに頷いた。
「露天神社の撫で牛さんにお願いしたら早く治るって教えてくれたんです。だから二人で行って、御守りも買って、撫で牛さんに必死にお願いしたんです。そうしたら……」
「そうしたら?」
初名は少しだけ緊張しながら、風見の顔を見た。怪訝な表情など一切なく、好奇心に満ちた目で先を促していた。
「そうしたら……声が聞こえたんです。私だけ」
「自分だけ?」
「お兄ちゃんには聞こえなかったらしいんです。その声が『そんなに試合に出たいんなら、早よ治さんとね』って言って……撫で牛像の足を撫でなさいって言いました」
「ほぉ、それでどうなったん?」
「言われたとおりに撫でたら……治ったんです。次の日の朝に。試合の当日にです。試合にも、出られたんです」
「そうか。それで試合はどうやったんや?」
「勝ちました。皆と一緒の最後の試合で」
「ふぅん……そうか、そうか」
風見は、一つ一つ言葉を飲み込むように、静かに頷いた。こんな反応をする人は、初めてだった。
「あの……驚いたり笑ったりしないんですか?」
「何で? ええ話やん」
「”ええ話”ですか?」
「ええ話や。友達との思い出を大事にしようとするんも、妹の気持ちを大事にしようとする兄貴も、それを叶えてやろうとするんも、それが結果に繋がって錦を飾れたことも、全部全部、ええ話やないか」
そう言った風見の顔を、先ほどのように綺麗だとは思わなかった。今は、どうしてかわからないが、剣道を一生懸命稽古していた自分を褒めてくれた時に師であった祖父が見せてくれたような、優しく慈愛に満ちた笑顔のようだと初名は感じていた。
「もしかして……さっき言うてた”会いたい恩人”て、その撫で牛か?」
「そ、そうです。お礼を言わないと。正確には恩
「ははは、確かに恩人やのうて恩
「……あいつ?」
まるで知り合いのような呼び方に初名は首をかしげたが、風見は答えなかった。その代わり、何やらうんうん頷いて、急ににっこりと笑った。
「そうか……そうかぁ、うん! すまんかった」
「え?」
「そういう事情なら、何としても探し出さなあかんな」
風見は、強引なまでに初名の腕を掴んで、再び歩き出してしまった。だが……。
「ち、ちょっと待った! どこ行くんですか!」
「どこて……まだ探してないところやろ」
初名は、静かに腕を持ち上げ、風見が指し示した方向と逆方向を指した。
「まだ探してないのは、あっちです」
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