扉の向こうへ


 ゴーン──……ゴーン──……。


「おーし、今日はここまで!! 皆お疲れさん!!」


 グローリアスの鐘の音が鳴り響き、今日の授業の終わりを知らせる。

 訓練場で実践向き魔法の授業を行っていたAクラスの生徒たちは、すでにクタクタになりながら持参したタオルで汗を拭う。

 皆、防御魔法が随分上達してきた。

 これならば自分を守る程度であるならば合格だと言えるだろう。

 1番心配していた、最初の授業でのトラウマにより自らの炎を恐れていたマローも、どうやら少しずつ慣れてきたようで、自分一人を包み込む防御ならばすぐに出せるようになった。

 私が個別に訓練をつけているセレーネさんに至っては、自分の半径1メートル程度までならば防御壁で包み込むことができるまでに成長したのだから驚きだ。


 うん、良い傾向だ。

 皆がそれぞれ力をつけていっている。

 これならば何があっても多少のことならば乗り切ることができるだろう。


「ヒメ、これから皆で街に行くんだけど、あんたも──」

「ヒメ・カンザキはいるか──?」

クレアの誘いを遮って、涼しげな低い声が訓練場を駆け抜ける。


 ──先生。


「は、はい!!」

 思わぬところで先生に会えた喜びと驚きから、私は思わず右手をピンと勢いよく伸ばし、声を張り上げ返事をした。

 一気に集中する視線の矢。

 皆の視線が痛い。


「はぁ…・・」

 呆れを含むため息とともに先生は私の元まで歩みを進めると「君に用がある。これから良いだろうか?」と固い声で伺いを立てた。

 何かあったのだろうかと訝しむよりも先生からの誘いだという喜びが先行した私は、気にすることなく先生に笑顔を向ける。


「は、はい!! 先生と一緒なら海の底までも!!」

「勝手に人を沈めようとするな。……行くぞ」


 先生は私の返事を聞くと、私に背を向け、訓練場から出ていった。

「ごめんなさいクレア。そういうことなので、また!!」

 私はクレアに一言言葉をかけると、慌てて先生の後を追った。




「すまない、突然」

 歩きながら先生がまっすぐ前を向いたまま言葉だけを向ける。


「いいえ。大丈夫です。それよりどうしたんですか? 何かグレミア公国とのことで問題が?」

「……いや、グレミア公国からはまだ連絡はない。が、ちょうど偵察隊に出ていた4番隊が帰還し、全隊長が揃っているのでな。君の説明と紹介をしておきたい」


 そうか。

 そういえば隊長たちには事前に私のことを知らせるって前に言ってたっけ。

 なかなか全隊長が揃うことがなく、ズルズルと時間が過ぎていたのだけれど、ついにその日が来たんだ。


「すまないな。心の準備をさせてやれず」

 申し訳なさそうにアイスブルーの瞳が私を見下ろす。

 あぁもう、この人は。

 そんなの気にすることないのに。


「大丈夫です!! 先生がいてくれるんですもん。なんでも来い、です!!」

 私が胸を叩いて豪語すると、先生の表情がふっと和らいだ。

「あぁ……。頼もしい限りだな」

 旅行から先生のまとう雰囲気は柔らかくなったと思う。


 それを感じるのは私だけかもしれないが、何か少し吹っ切れたようなその様子に、私の方が時々翻弄されるようだ。

 くっ、小悪魔め。


「なぁーに二人だけの世界にどっぷり使ってんだぁ?」

「わぁっ!?」

 ぬるっと私たちの間を割って現れた声に驚いて、私はぴたりと歩みを止める。


「レイヴン!?」

「何驚いてんだよ。俺も一応隊長なんだから行くとこ一緒だろうが」

「あ、そうでした……」


 そうだ。

 この人、魔術師部隊である2番隊の隊長だった。


「隊長の中にはちと面倒なのもいるが、お前なら大丈夫だろう。俺もシリルも、それにレオンティウスだってついてるしな」

 そう言ってレイヴンは、いつもの人懐こいワンコな笑顔を向け、私の頭をガシガシと撫でた。


 緊張は、確かにある。

 姫君プリンシアとして挨拶をするのは初めてになるし、何よりグレイル隊長に関しては、今まで一緒に戦ってきながら隠していたという罪悪感もあるからだ。

 それでもここを乗り越えない限りは何もできない。

 大丈夫。

 レイヴンが言っていた通り、私にはついていてくれる人たちがいるんだから。


 私たちは大きな扉の前で立ち止まると、ゆっくりと先生がその無機質な扉を引き開けた。



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