姫君の存在



 今日は朝から教室がとっても騒がしい。

 砂嵐のようにザラザラと聞こえてくるそれは、全てが同じ話題──『姫君の即位』について──。

 突然に国民への発表が為されて、セイレに衝撃が走った。

 先生やフォース学園長たちは、たくさんの問い合わせの対応に毎日忙しそうにしている。


 ……落ち着かない。

 何てったってその話題の本人だから。

 レイヴン、早くきてくれ。居た堪れない空間の中で、私はレイヴンが早く来るように祈りながら友人たちの言葉を右から左にと流していく。


「ね!! ヒメも気にならない?」

「へ!?」

 受け流していたところで突然に振られた話題に、私は肩を跳ね上がらせ、私の机を囲んで話す友人たちに視線を向けた。


「ご、ごめんなさい、聞いてませんでした」

「もーっ。姫君プリンシアよ!! 性別すら謎だったと思ったら突然性別発表と共に王位継承するって!! 王族が公の場に姿を表さなくなってもう何年も経つんでしょう? そんな王家の重大ニュースよ? 皆この話題で持ちきりじゃない!!」

 興奮気味に語るクレアに、隣のメルヴィも前の席から話に参加していたマローやラウルも同意して頷いた。


「は、はは……そうですね、はは……」

反応に困る話題に私は曖昧な返事を返す。


「どんな方なんでしょうね? 姫君プリンシアって。祖父に聞いても何も教えてくれないんです」

 とラウルまでもが残念そうに眉を下げた。

 大司教様は私のことをご存知だ。

 箝口令が敷かれる中、身内であれど教えることはないだろう。


「メルヴェラのところは? 三代公爵家だし、レイヴン先生なら何か知ってるんじゃ?」

 マローの言葉にメルヴィもラウルと同様、残念そうに首を横に振った。

「それが、お兄様もお父様も何も教えてくださらなくて。いずれわかる、とだけ……」


「なんだ、結局皆教えてくれないのか」

 期待した情報が得られずにため息をつくマロー。

 皆してそんなに姫君プリンシアが気になるのか。


「ぁ、でもクロスフォード先生ならよく知っておられるのではありませんの?」

 メルヴィが思い立ったように両手をパチンと合わせ、私に尋ねると、再び皆の視線は私に集中する。


「そうですね。クロスフォード先生は筆頭公爵家のご当主様であり、そのクロスフォード家といえば王家の護衛騎士を代々務める家柄。今の陛下や王妃様には先生のお父君であるシルヴァ・クロスフォード様が付いていましたし、先生ももしかしたら護衛騎士になるのかも──」


 流石に鋭いな、この癒し系メガネコンビ。


 シルヴァ様亡き後、誰が護衛騎士となるのかという話は当然にあったそうだ。

 実際には父母の方が先に亡くなっているのだけれど、それを知る者はごくわずか。気にならないという方が無理だった。

 今公表されているのは、父母はシルヴァ以外を護衛にする気はないので、今のところ護衛騎士はいないということだと、即位するための教育時間でジゼル先生に教えてもらった。


「せ、先生もお忙しいので、その話はまだ──」

 実際はむしろその話、詰めに入ってますけど……!! ──とは言えないので、適当に誤魔化すと、なぁんだ、と友人たち、そして遠くから聞き耳を立てていたであろうクラスメイトたちが肩を落とした。


「どんな人なんだろうなぁ、姫君プリンシアって。確か今20歳、なんだよな? 美人かなぁ?」

 マローがぼんやりと脳内で思い浮かべながら言って、友人たちもそれに続く。


「陛下と王妃様は美男美女でしたし、きっととてもお綺麗な方ですわ」

「確かに。お二人の絵姿を見たことあるけど、すっごい綺麗だったもんね、こりゃ期待大だわ」


 お願いだからハードル上げないでぇぇぇえ!!

 私が姫君プリンシアでごめんなさいぃぃぃい!!


「案外ヒメみたいなのだったりしてな」

 不意に投げられたマローの言葉に、私は表情を凍らせて彼を凝視した。

「ほら、ヒメ……お姫様……姫君プリンシア、なぁんて──って……どうした?」


 冗談めいた言葉が大正解だということも知らずに軽く言葉にするマローは、自分を凝視する視線に気づいて声をかけた。

 マローがこんなに鋭いとか、聞いてない……!!


「い、いえ……。はは……どんな人、なんでしょう、ねぇ」


 ごめん先生。


 私、嘘って苦手だ──……。

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